<くびれた腰>
今、目の前に彼の腰がある。
服の上からでも分かるくらいに、細身で無駄な脂肪のない身体。
整った顔立ち、厚い胸板、引き締まった腹部、そこから続くスラリとした長い脚。
まるで絵本に出てくるような王子様だ。
私は誘われるかのように、そのくびれた腰に手を伸ばす。
まるで蝶が蜜に誘われて花に引き寄せられるように。
そっと。
*
とある島のそこそこ大きなバーで、私は働いていた。
「おい、店主。少し聞きたいことがある。」
開店前の店に突然乗り込んで来たかと思えば
、店主を脅すように何かを尋ねている。冷たい空気を纏った男だった。
興味本位で顔を覗いた私は、一目で彼に心を奪われる。
(トラファルガー・ロー...)
ルーキーだと騒ぎ立てられ、これまで幾度となく見た手配書と全く同じ顔だった。
落としてみたい―――。
この島で名前と聞けば知らない者はいない。これまでに落ちなかった男など、一人もいなかった。
そんな自分の目の前にこれ以上ない、いい男がいるのだ。
一度湧き出た欲は止まらない。
泉のように溢れ出す。
そして、私は彼の腰に手を伸ばした。
「痛.........っ!」
次の瞬間、私は床に倒れこんでいた。自分でも何が起こったのか分からない。ただ分かるのは頬に、とてつもない痛みが走っていること。
そして、片側の足にもズキズキと重く鈍い痛みを感じる。
よく見ると10cmのヒールが根本から、ポキっと無残にも折れていた。
目の前には驚いた顔をしてこちらを見ている、いい男。
事が起こる前の記憶の糸を紡ぐ。
手の平に残る温かみと、ごつごつした身体の感触。
(そうだ、私はこの男の腰に...)
「悪い...つい....」
冷たい雰囲気とは裏腹に素直に謝り、手を差し出す男。そのギャップに一瞬ドキっとしたが、名前は恋に落ちたい訳ではない。
あくまでも、落としたいのだ。
「あーあ。私のヒール、折れちゃった。どうしてくれるの?これ、一番のお気に入りなんだけど。」
ときめく心を必死に隠し、差し出された手に手を伸ばす。
もう少しで握られる、と思った瞬間その手はそっと宙で交差する。
「折れてるかもな。」
そっと足にローの指先が触れる。
いつもなら男に触れられるくらい、どうってことなかった。
だが、今はどうだ?
もう辞めてくれと言いたいくらいに、身体の芯から熱くなってくる。胸はドキドキと苦しい。
「だから、折れてるってさっきから言ってるでしょう!?」
その気持ちをかき消すように、大きな声を浴びせる。しかし、それにも動じずにローはどこか深刻そうな顔を見せた。
「靴じゃない。お前の足のほうだ。」
ローはそう言いながら、名前の足首を軽く握る。
「痛いってば!!」
「他に痛いところはあるか?」
「...頬くらいだけど。」
細く長い指がまだ触れている。
この指で弄ばれたら
この指で攻められたなら
あらぬ事情が、名前の頭の中を埋め尽くしていく。