<雪華>
風に吹かれた落ち葉が目の前を通り過ぎていった。
すれ違う恋人たちは幸せそうに笑って、横を通り過ぎていく。明るい音楽に包まれた街は人々の心を惹き付ける。街のイルミネーションが、小さな儚い雪片を照らしていた。
今日はクリスマス。だけど俺は一人、道を歩いている。
空から舞い落ちる雪華。誰もがその雪を見つめるなか、その欠片に一人の女の姿を重ねる。
ショーウィンドウに飾られたプレゼントの箱。プレゼントなんていらない。たった一目でもいい、お前に会いたい。そしてこの気持ちを伝えることができたなら...。
< 雪 華 >
つい数時間前のことだった。
“今、仕事終わった。”
“本当に大丈夫なの?”
“大丈夫だ。後は残りの奴らに任せる。とにかく、今から行くから。”
そんなメールのやり取りをして、俺は白衣を脱いだ。やっと***に会える。柄にもないが、会えることが嬉しかった。
「先生、今から帰宅ですか?」
「ああ。」
「クリスマスですもんね。って、さすが先生。そのプレゼントの数、半端ないですね。」
一人の研修医が隅に置かれたプレゼントを見て驚く。それは今日、患者や看護師たちが渡してきたものだった。受け取る気など無く断っていたが、気付けば勝手に積み上げられていた。
特に問題なのが患者からの贈り物だ。病院の決まりで禁止しているはずなのに。
「俺はいらねぇ。お前らで片付けて置いてくれ。」
「えぇっ!」
「後は頼んだからな。」
今日は俺にとっても特別な日だ。かけてあったコートに袖を通す。そして、ポケットの中に入れていた小さな箱。それを俺は握りしめた。
待ち合わせはモミの木の下。あいつに会ったら、まずは予約した店に行って食事をしよう。それから街をゆっくり歩くか。コレはいつ渡そう...。
トクン――ッ。
胸に手を当てた。緊張しているのか、脈がいつもより早い。難しい手術でさえ緊張しない俺でも緊張することがあるのか、と思うと可笑しかった。
ローから小さな笑みがこぼれる。
「今日は雪が降りそうだ。」
街の光に照らされた空を見上げる。吐いた息が静かに消えていった。肌を刺激する冷たい風に、思わずコートの中に顔を埋める。
この角を曲がれば、もう少しで待ち合わせのモミの木だ。
ブブブブブ―――ッッ!
あいつからか?着いたという連絡なんだろう。俺ももうすぐ着く。
だが、取り出した携帯のディスプレイに表示されたのは“病院”の文字。嫌な予感しかしない。今日は、今はやめてくれ。どうでもいい要件であって欲しい、そんな望みをかけながら通話のボタンを押した。
「先生っ!?」
切迫した研修医の声。その後ろでは、慌ただしい看護師たちの声と機器の音が聞こえる。急患か。研修医が言わなくても分かる。
「すみません!急患なんですっ!!」
「対処できないのか?」
「先生じゃなきゃ無理です!!」
「症状は?」
「症状は...っ。」
俺は医者だ。***と急患。比べるまでも無く、どちらを取るかなんて決まっている。「戻る。」そう伝えて電話を切った。
この角を曲がればすぐだったのに、なんてそうも言ってられない。
“悪い、急患が入った。”
愛想のないメールだけを***に送った。そして俺は来た道を走って戻る。幸せそうに楽しそうに流れていた音楽は、もう聞こえない。綺麗に瞬くイルミネーションすら見えなかった。
頭の中は空っぽだ。