<※オマケ有り>
***は一目散に外めがけて走っていく。普段は何も思わないエレベーターの待ち時間さえ、とても長い。
エレベーターの扉が開き、マンションの入口、擦りガラスの自動ドアが見えた。
そこから覗くシルエット、それは高身長の細身の男だった。
(先生!?)
いや、人違いということもあり得る。***は、はやる気持ちを必死に抑えながら足早に外へ向かった。
自動扉の扉が開き、冷たい風が一気に室内へ流れこむ。その勢いで顔にかかった髪を手でかきあげた瞬間、***の視界に映りこんだもの。
「先生.......。」
「...3分、ちょうどだな。」
左手につけられた時計を見て、ローはニヤリと笑った。
「どうして、ここに...。」
「お前が休んでいたからな。俺もサボった。」
サボった、なんて簡単に片付けてしまっていいのだろうか。そのさっぱりとしたところが、ローらしくも感じられたが。
「先週は悪かったな。」
「え?」
「急に仕事が入ってしまった。連絡しようと思ったんだが、時間が取れなくてな。」
........嘘。仕事なんて嘘だ。
「そんな嘘を言いにきたの!?」
「どういうことだ?」
「私、見たんだからね。あの日、先生が綺麗な女の人と腕を組んで歩いていたとこっ。」
震える声で、途切れ途切れになりながらも***は先週の出来事を伝えた。涙ぐむ***に、ローは溜息をついた。
「あれは上司だ。」
「嘘だ。」
「なんなら今ここで電話して確かめてやろうか?」
携帯を服のポケットから取り出すロー。その顔は、嘘をついているようなそんな顔ではなかった。
「20歳。#name1#。お前の誕生日だろ?***。」
***は自分の耳を疑った。
というより、何も考えることができなかったというほうが正しい。思考は停止し、声も出なかった。ただ涙だけが、***の目からこぼれ落ちた。
「これ、やるよ。」
「え?」
ふわっと宙を舞った小さな箱。
可愛いらしいピンク色のリボンが丁寧に巻かれていて、これじゃあまるでプレゼントだ。
「開けろ。」
***は言われるがまま、手の平に箱を乗せ、もう片方の手でゆっくりとリボンをほどいていく。
そっと蓋を開けると、小さなダイヤのついたリングが***の目に飛び込んできた。重く、かつ上品に輝くダイヤ。
「せんせ...「好きな指にはめろよ。」
「それって...。」
「いらねェなら、返せ。」
「..........いる。」
***は涙で前が見えないのか、震える手で、手探りしながら指輪をはめた。
左手の薬指――――。
***の体が、一回り大きいローの身体に包まれる。冬は近付いてきているのに、とても暖かい。
「20歳。誕生日おめでとう。」
***の頭のすぐ上で、ローの声がした。
*
(夢じゃないよね?本当に夢じゃないよね?)
あれから一週間。
毎日そう考えては、左手の薬指を見つめる。
キラキラと淡い光を放つそれに、嘘じゃなかったんだと***の頬は緩む。
「おい、お前。」
(綺麗...。やっぱり嘘じゃない。)
「おい!」
バンっと机を叩いたような大きな音が教室に響き渡る。それに気付いた***の肩が、びくっと跳ね上がった。
(ヤバ、授業中だった...。)
恐る恐る目を細めながら前を向くと、そこには冷たい視線を向けるローの姿があった。
(あぁ、怒ってる。)
「授業中、ずっと笑っていたな!何が可笑しい、不愉快だ。お前だけ特別に課題を出してやる。」
「そ、そんな...。これには訳があって...。」
「そんなことはどうでもいい。来週までに今日やった範囲を全て、レポートにまとめてくるように。」
「嘘!」
「今日は課題を出しているからな。早めにやったほうがいいぞ。では、これで授業を終了する。」
(お、鬼........。)
たっぷりと課題を出され、涙を浮かべる***を余所にローは笑みを浮かべ、教室を後にする。
「***、頑張れよ。」
その左手の薬指には、指輪が静かに光を放っていた。
Fin.