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 いくら体調が悪いとはいえ食べたら眠るという生活を続けていると、何と堕落した生活をしているのだろうと思う。流石に何時までもこんな生活をしていたら確実に駄目になる。私はいつまでも横になっている自分に嫌気がさしたので、体の怠さは抜けないが無理やりにでも起き上がることにした。

 女中に頼み、着物とさらしを持ってきてもらう。久しぶりにさらしを巻くと、胸が圧迫される感覚に息がつまる。でも、それ以上に安心した。私が女であることをすっぽり隠しているような気になれるから。着物を着て、帯を締めると私が男であると嘘のサインが増えていく。たったそれだけのことだが、私はこうする以外に自分自身の守り方を知らないから。これで、人前にでても安心だ。

 私はそっと部屋を出る。久しぶりに日の光を浴びて、眩しかった。

 もし、歩き回って疲れて帰れなくなるのが怖かったので、私は部屋の前で日向ぼっこをすることにした。適度に日の光を浴びるのは体にいい。縁に座り、ぽかぽかと日光にあたっていると、何となく満足感を得ることができた。ひとつ何かできると、次は何をしようかと考え始めてしまう。次は風呂に入りたいものだと思っていると誰かが近づいてくる気配がした。ぎしぎしと大きな音をたてて歩くその気配に私はそっと振り返る。

「おっ、あんたもう起きて大丈夫なのか?」

 子供のように笑う長曾我部が私に声をかける。私が返事を返す前に、彼は私の隣にどっかりと座った。長曾我部は遠慮というものを知らないのだろうかと私は視線を送っていたが、彼は不思議そうな顔をしただけだ。

「……あのような生活をしていては、体が鈍る」

 まあ、ここは彼の城なのだ。彼が勝手気ままにふるまったところで何も問題はない。それに私も勝手にやらせてもらっている手前、文句は言えなかった。長曾我部は今日は機嫌が良いようで、いつもより楽しそうだ。

 改めて長曾我部をよくよく見てみると、なかなか精悍な顔つきをしていると思った。表情がころころとかわるし、怒ったりするとき以外はへらへらとしているイメージがあったので、締まりのない顔をしているような気がしていた。図体ばかりでかいと思っていた体も、無駄な肉はついていないようだ。腕も太くて、胸も厚く、男らしい。

 きっとモテるのだろうな、と思ったところで思考を止めた。何故私がこんなことを考えなくてはならないのだ。恥ずかしくなってぶんぶんとかぶりを振る。いったい私は何がしたいのかと、我ながら呆れた。

「どうした、どっか悪いか? また無理するとみんな心配するぞ」

 長曾我部は相変わらず少しズレたことを聞いて、晩夏の日ざしに目を細める。みんな心配する、と言った彼の言葉を私は反芻した。その言葉が、私には引っかかる。

「何故我を心配するのだ。我が死んだところで、そなたらは何の不利益もない」

「……あんた、頭良さそうなのに案外ぬけてるよなぁ」

 長曾我部は胡坐をかいて、呆れたような顔をして言う。貴様に言われたくはない、という言葉は話がややこしくなりそうなので飲みこんだ。

「利益とか関係なく、心配しちまうもんだろ? そういう感情は心の奥から勝手に湧き上がってくるもんなんだからよ」

 長曾我部の言葉は半分は正しい。彼が荒れた海に出て行ったときの私のそわそわイライラしたあの感情は心配したと言っていいものだと思う。でもそれは私が今長曾我部に死なれては困るからで。あれは多分、打算的な考えも私の中にあったから。だからあれは、違うのだ。

「意味がなければそれは無駄なものだ」

「あのなぁ……」

 長曾我部は頭をガシガシとかいて、私を見た。

「無駄じゃねぇよ。それがあるから確かに人は強くなれる」

 自らの胸に手を押し当てて、彼は言う。

 心とか、気持ちとか、優しさとか。彼はそういうものを重要視するのは十分に分かっている。でも私は何故彼がそれで強くなったのかが分からない。根本的に私と彼は考えが違う。だから、理解できない。

「我はそなたの言うことは理解できぬ。何事にも、理由が欲しい」

 私は理由や理屈がないと不安になってしまうから。それがないと、怖くて怖くて立っていられなくなる。分からないことばかりで、生きにくい世界だと目を閉じてしまいたくなる。

「何故、人は自らの利益にならなくとも心配をするのか」

 自らの利益が理由にならないのなら、いったい何が人の心を動かすのか。長曾我部ならば、この答えを私に教えてくれるような気がした。

「強いて言えば」

 彼はそこで言葉をきる。2、3秒の沈黙があった。

「……あんたが大切だから、だろ」

「我が、大切?」

 出てきた答えはまた私には理解しにくい物で、少し混乱した。

「我は中国の人間よ。何故、いや……」

 何故、ばかりで会話がうまく成り立たないと思い、口をつぐむ。私が下を向くと、長曾我部は私の背中をたたいた。私は驚いて、彼を見上げる。

「そんなの関係ねぇだろ。俺はあんたがいいやつだって知ってる。あんた俺たちを助けてくれたし、俺たちはあんたを信頼してる。これじゃ理由にならねぇか?」

 長曾我部は真昼の太陽のように笑った。それは降り注いでくる晩夏の日ざしよりも眩しい。彼の人の熱で私は溶けてしまいそうだった。

「……我が、大切……と」

 大切だから、心配する。信頼している、と言われたのは初めてかもしれない。私が誰も信じることのできなかった世界で、私は信じられている。

 胸の奥がじゅくじゅくと熱い。唯の言葉のはずなのに、私はそれを嬉しいと思った。私は彼の言葉を信じてしまった。どうして、私は長曾我部の言葉を信じてしまうのだろう。もしかしたらそれは私が信じたいと思っているからなのかもしれない。

「……ならば、あまり無理はせぬようにしよう」

 私の言葉に、長曾我部は満足したように頷いた。


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