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 兄上は、過保護だ。私はもう元服を終え、社会的に見ても大人。精神的にも、体の年齢の約二倍の年月を生きている。それなのに、兄上はいつまでも私を子ども扱いしている節があると思う。

 私には『バサラ』と言う一般人にはない力がある。私が女で、体力や体格で男性に劣るとしても、そこらの兵卒には負けない自信がある。でも、兄上は私を戦場に出そうとしない。出してもらっても陣から出ることは禁止されている。私はいまだ、人を斬ったことがない。

 私はもっと、兄上の役に立ちたい。人を斬るのが怖いなんて言ってられない。いつだって現実を受け入れられる準備はできているつもりだ。私が毛利を守らないと。この力は毛利を守るためにあるのだから。

 しかし、私は兄上の命令には従わなくてはいけない。この国で兄上に逆らうのは謀反だから。私は社会的には大人で、自分の行動に責任を持たないといけないから。

 しょうがないので、私は頭を使って兄上を手助けしていこう、という結論に至った。私の力は『バサラ』だけではない。経久様に鍛えられ、そのあとも努力で養ってきた謀の力。前世の私が記憶しているこの世界では得ることのできない知識。使える物はいくらでもあった。

 そのうちに私は裏方に徹して、なるべく軍が有利に戦えるよう策を練る、参謀のような存在になっていった。


 私が16になって、兄上から多治比の城を返してもらっても、兄上の過保護は変わらなかった。変わったことと言えば、志道がちょっぴり出世して本家へ戻ったことくらいだ。志道は使える人材だから分家にはもったいないと思っていたし、今なら多治比は私一人で何とかなるし、彼にとってもよかったと思う。彼はよく多治比へやってきては私に小言を言いにくるので寂しくはない。郡山城だってすぐ近くだから、皆に会おうと思えばいつでも会える。多治比は静かだから、何か考え事をするにはちょうどいいのだ。


 静かな生活を続けていたある日、多治比の兵が大怪我をした。喧嘩をして、片一方が真剣を持ち出して相手の腕を斬りつけたらしい。兵を死なせて、私の監督不行届きで志道の小言を聞くのも嫌だったので、慌てて行って応急処置をして、医者を呼んだ。怪我をした兵は死ななかったが、結局私はたっぷりと志道にお小言をもらった。

 その時ふと気づいたのだが、兵士たちは応急処置が雑すぎる。おそらく、正しい処置の知識を持っていないからだ。もしかしたら、彼ら十人のうち一人でも正しい処置の知識を持っていたなら、戦で怪我をしても命が助かる確率がぐっと増すのではないだろうか。応急処置が大切だと、私の前世では中学生でも習った。知識は種、結果と言う実を結ぶにはまず種をまかなくては。

 だが、私がいちいち教えていったとしてすべての兵が正しい知識を習得するのにいったいどれくらい時間がかかるだろう。鼠算のように知識を持った者が増えれば早いけれど、もし途中で伝言ゲームのように情報が捻じ曲げられていったら、それは知らないのと同じこと。大きな組織で、全体に一貫性のある行動をとらせたいならば、マニュアルを作るのが一番良いのかもしれない。

 ああ、面白いことを思い付いてしまった。思いついたら、いてもたってもいられなくなって、さっそく私は片っ端から医学書を集めて読み漁った。

 最初は仕事の合間にゆっくりと進めるつもりだったのに、だんだんと私はその作業にのめり込んでいった。誰でも分かるように、文字ばかりではなく図をいれたり、前世の知識をこっそり混ぜたり、作業が楽しい。誰にも相談せずに始めたことだったので、制作中に家臣たちが私がまた引き籠ったと騒いだのはいい思い出だ。多治比に志道がとんできて、紙に埋もれている私を見た時の彼の顔は忘れられない。その時は志道も兄上に負けず劣らず、過保護だと思った。

 結局、いらぬ心配だったと悟った彼はさっさと帰っていったが、それから彼はたまにやってきて私の作業を手伝ってくれた。

 そうして、志道のおかげもあり、無事に私の思い描いていた指南書が出来上がった。思いつきで始めたことだけれど、指南書を作って本当に良かった。何となく、周囲の私に対するよそよそしさが消えてきたような気がする。彼らが私に対して何を思ったのかは分からないけれど、私のイメージが良くなったことだけはわかった。勉強熱心な兵と会話することも多くなり、志道とは今まで以上に親しくなれた気がする。

 彼はいくつか写本を作って、一つ兄上にさしあげたらしい。私が作ったものを兄上に見せるのは何となく気恥しかったが、兄上は大層喜んでくれた。

「元就は、私たちが思いもつかないような策を練れるし、私たちが知らないようなこともたくさん知っている。私は誰かを助けたり、守ったりするために元就の力を使ってほしい」

 兄上が、そう言ってくれたのが私にはうれしかった。やっと兄上の考えていたことが分かった気がした。私の中にはきっと大きな可能性が眠っている。私の力が、誰かを殺すためではなく、何かを壊すためではなく、誰かを救い、何かを守れるなら……それはとても、素敵なことだと思った。


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