33

 戦国時代の成人は、私が想像していたよりもはるかに大変なことだった。成人したら、次は初陣、そして結婚。初陣は平気だった。血のにおいが気持ち悪かったが、人を斬ったわけでもないし我慢できないわけではない。兄上と志道が嬉々として選んだ兜がオクラ――ではなくて父上っぽい具足(兄上曰く安定感があっていいらしい)も我慢できる。

 ただ、結婚だけは無理だ、絶対無理。女だとばれる可能性があることと、妻との不仲が原因で家同士の関係が悪くなるなんてことは絶対に避けたい。だから私は一生独身を貫くと決めた。

 でも、時々思う。子供は欲しいと。

「叔父様、どうして冬は葉っぱが落ちるのでしょう……?」

 ぽわん、と兄上と同じ雰囲気を持った甥が、私に問う。彼は、少輔太郎。兄上の嫡子であり、後の毛利家の主になる子。

 この子は顔も性格も兄上によく似ていて、かわいい。ただ月夜丸とほとんど年は変わらないが、少し子供っぽいところがある。長男はこんなものだろうと思いつつ、私はこっそり将来を心配している。

「少輔太郎様は、どうしてだと思いますか?」

 彼は分からないことがあると私に質問にやってくる。でも、私はすぐに答えを出すことはしない。少しでも自分で考えることができる子になってほしいから。いわゆる私は教育熱心な叔父さんと言ったところだ。本当は私ではなくて兄上に聞いて欲しいのだけれど。

「……寒かったら、着込めばいいのに、どうして葉っぱを落とすんだろう?」

 うーん、と考え込む甥を見て私はほのぼのとした気分になる。人の子がこんなに可愛いのだから、自分の子供はどれだけ可愛いのだろう。

(やっぱり、子供は欲しいなぁ。養子をもらう手もあるけど、親やきょうだいと引き離すのはちょっとかわいそう……)

 二人真剣に全く違うことを考えていると、ぱたぱた足音が聞こえてきた。少輔太郎は気付かずにうんうんと頭を悩ませている。この軽い足音、子供だ。数は二人以上だろう。まったく、私の部屋は幼稚園ではないのだけれど。私はこっそり壊されてはいけないものを仕舞っていく。破かれては困る書物を机の下へ隠したところで、部屋の戸が勢いよくあいた。

「叔父上っ、みてみて、亀つかまえた!」

 息を切らせて少輔次郎が私の部屋へ入ってきた。その後ろには可愛と徳寿丸もいる。

 彼らは少輔太郎のきょうだいたちだ。つまり、私の甥と姪なのだが、このきょうだいたちが性格が全く違っておもしろい。

 少輔次郎はインドア派が多い毛利家の中では珍しく溌剌として元気のいい少年だ。体格も良いので皆から武将としての将来を有望視されている。もう少し落ち着きがあるとなお良し。

 徳寿丸は上の子を見て育ったからなのか、きょうだいの中で一番しっかりした子。要領が良いのだが、少し我儘。これからの課題は我慢を覚えること。

 可愛はきょうだいの中で紅一点。男のきょうだいの中で育ったせいか、おてんば娘で兄上を困らせている。器量良しだからどこに嫁に行っても大丈夫だと私は思っているけれど。

 彼らはとても仲がいい。今も、少輔次郎が捕まえた亀を囲んで何やら話し込んでいる。やはり、きょうだいは一緒に育った方がいい。養子は無理だな、と考えているとなぜか私のすぐそばで亀が動いていた。

「まだ冬眠から覚めたばかりではないか」

 ぎこちなく動く亀を捕まえて、甥たちを見た。私の部屋で亀を歩かせて遊ぶのは止めてほしい。少し土がついている。顔を出したところで捕まってしまったのだろうか。逃がして来い、と言いたかったが甥たちはそんな気は全くないようだ。

「叔父上様、亀って何食べるの?」

「ひも付ければ、にげないかなぁ?」

 楽しそうにはしゃぐ子供たち。この亀を飼う気なのだろう。命の大切さの教育にはいいかも、なんて考えている私はかなり教育好きなのだろうか。

「飼うのであれば、興元様に了承をとりなさい。最後まで面倒を見て、途中で投げ出さないよう……」

「あっ、わかってるよ!」

 私の話の途中でそそくさと少輔次郎たちはばたばたと逃げ出した。私の説教は長いとよく言われるから。結局、部屋に残ったのは少輔太郎だけだった。ふう、と私はため息をついた。彼はクスクス、笑っている。

「ところで、冬に葉が落ちるのはなぜかわかったのですか?」

 嵐が去って、私が話を戻すと少輔太郎は、はっとした様だった。まだまだ子供だ、一度に二つ以上のことはできないらしい。彼はあまり策士向きではないな、などと考えながら、私は肘をついた。たぶん、答が出るまでもう少しかかるだろう。

「答への手掛りはあちこちに転がっているのだがな……」

 ポツリと呟いて、私は机の下に隠した書物をもとの位置に戻しながら、頭を悩ませる甥の姿を眺めていた。


[33/49]
[/]


[しおりを挟む]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -