□終着点にて


手前で待ちかねていたFDの窓が下がり、手合図で促されつつ生江は黙って後ろに続いた。
その流れでFDに引っ張られるままお約束通りに近くのファミレスへと足を運んだまでは良いが、雰囲気で察するここからの懐事情を考えると生江は一発で帰りたくなった。何が嬉しくて峠でやり合った男と朝っぱらから優雅にモーニングなのだ。そもそもこの話は単なる談笑ついでの雰囲気づくりでは無かったのか。さぞ御大層な計画の元に成り立つチームに従える身柄だけに日々多忙を極めている筈で、こうした茶番を本当に行動に移そうとするフットワークの軽さだけは褒めても良いが、それとこれとは全く別の話である。
かと言って今更何を言おうと取り付く島も無いのだけれど。
生江は案内されたテーブルを挟んでよいせと腰を下ろした啓介のおよそ恵まれた部類の見てくれにうんざりと息を吐いた。さっきから店内ですれ違う女性客の視線が刺さっているような気がしてならない。
「一体どういう関係なんだ」
言葉にして言われた訳でもないけれど、なんだか無性にそんな風に言われているような気がしてしまって、悲しいかな一度そう感じてしまうともうしれ以外無いような。好みはさて置き恵まれた部類であろう顔立ちもこういう時は些か腹立たしい。
少し遅れて席に着く生江も啓介に続いて取り敢えず適当にドリンクを注文し、会釈で店員を追い払いつつ啓介はそのまま窓の外へと視線を動かしたのでそれがつい先程まで馬鹿な試合にお付き合い頂いた互いの愛機に向けられたものだという事は直ぐにわかった。
「…傷でも見つけた?」
若干の皮肉を込めてそう呼ばわると啓介が肩を竦めて可笑しそうに笑う。
「逆だよ。無傷みたいだったから」
「え?」
「あれだけ派手に回ったのに擦り傷一つ見つからねぇんだわ」
「あぁ…悪かったわね、期待外れの腕で。そういう事を言いたいんでしょう?別にはっきりそう言ってくれたって良いのに」
「褒めてんだよ。嫌味で言った訳じゃねぇって」
「そうには見えないけどね」
「妙に勘繰るな、おまえ。そんな事で他人の腹が見えたら苦労しないぜ」
「別に良いけど…」
結局根負けした生江はそこで目を切った。言い方こそ穏やかでは無いが、投げられた言葉から他意は感じられなかったから。
丁度ホールスタッフが二人分のドリンクをサーブしに来たところで会話を一旦中断し、適当に朝食のオーダーを取って下がるホールスタッフを見届けてから今度こそ生江は本題を切り出した。
「確かあなた達、群馬の方から遠征に来てるって聞いたけど」
「それが?」
「こんな所で油を売ってて大丈夫なのかなって」
「今日は非番だから問題ないけど」
「ああそう…非番にまでわざわざご苦労様」
「良いんだよ。来たくて来てるから」
「折角の休みを無駄にする事もないんじゃないの」
「そうでもないぜ?お陰で下見ついでに滅多にお目に掛かれないような突っ込みまでご披露頂けた訳だ」
「こっちが限界速度で突っ込んでも結局直線が続けばそれなりの差になっちゃうでしょう、必然的に。だから無駄な減速はしたくなかったし」
「自ら進んで後追いを選んだ割には随分とご謙遜を」
「後ろから煽られるのって好きじゃないのよ。もっとも、今回に限っては前に居られただけでも相当邪魔だったけど」
「なんなら抜かして行ってくれても良かったんだぜ」
「私が手加減したと思ってるならそれこそ見当違いよ。あなたが速かった、もしくは私に進歩が無かっただけ」
生江が肩を竦めてどこか自嘲を帯びた色で曖昧に笑う。
それを見た啓介は一瞬何かを言い掛けたがしかし結局俯きがちに視線を落としただけだった。
そしてそっと言外に言われたような気がした。自分が思うにそれは後者だろう、そんな感じの何かを。
去りとてこの件に置いては自分だって全く自覚していないという訳でもないのだ。
今やチームの先頭を走り続ける大宮から昔、どこぞのチームで一緒に走らないかとのお誘いを受けたのは果たしていつの事だっただろうか。不本意に自分の手元に渡ってきた車を一体どう扱ったものかと苦悩した挙句走り屋の真似事ついでにと転がしたのがいけなかったのか何なのか、この峠の界隈を所謂道場破りのような形で席巻している新参が居るとそんな風な噂を意に介さず広めつつあって、それに手を焼くうちに持つべきものはなんとやら、必然的に地元負け無しを張り続ける大宮の元にまで届くのにやはりそう時間は要さなかった。彼と初めて一戦を交えたのも確かにそれが切欠であったようにも思える。所詮人の口に戸は立てられぬのだ。同業である事を除いた打算と思わぬ巡り合わせのお陰でここに今の自分が成り立つのは間違いないなのだけれど。
幾ら若者の遊びと言えどつい喧嘩腰で鼻につく走りを見せられれば、そしてチームの看板を背負う者なら尚更、プライドもくそもあったものじゃない。それらを理解していながらついつい馬鹿げた真似を繰り返してしまう自分にも落ち度があったのはわかっていたし、それでお咎めがあるだろう事くらいは言わずとも何となく予想がついた。
しかし別段おかしな態度を取られたりだとか、今までの素行を咎められるでも無く、しがない自分語りにただただ頷いてくれた彼の中にも思えば自分とよく似た何かがあったのかも知れない。
他のメンバーよりも長く、その頃からずっと傍に居ただけにわかることがあり過ぎた。歳を食った今でもふとした節にそう感じられる時があるくらいには。
走りを始めた当初よりの意向と言うか、技術に磨きを掛けて今よりもまだまだ上を目指す腹に変わりはないけれど、最近は時折投げられる大宮からの視線に何かそう言った類のものが感じられない訳でもないのだ。おまえはまだその車をトップエンドまで回しきれていないのだと。
今日また改めて眼前にその問題を置かれたような気がした。
ずっと前から何とはなしにそんな気がして居ていつか行き詰まる時が来ると覚悟はしていたつもりだったけれど、いざそういった場面に直面してしまうと人間にっちもさっちもいかなくなるもので。
そして言うまでもなく、今自分の置かれた状況がそれに他ならないから。
二人して黙りそれとなく意志の疎通を交わしていると二人分の朝食を運んできたホールスタッフがこちらに向かって来るのを気配で感じたので生江は身体を起こして背を預けた。
やっぱり自分の引き際は此処では無い。
今日のところの収穫は取り敢えずそれだけだ。

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