□ターニングポイント


望まずとも、必ず朝はやってくる。
カーテンの隙間から漏れる光を額に浴びた生江は、重たい伸びをした後に渋々ながらベッドから重たい腰を上げた。そして隣で死んだように眠る豪を背に、ベッドの周辺に散乱した下着を手早く広い集めてそそくさとシャワールームへ向かう。
いつもなら自分が身じろいだ際の違和感に大体目を覚ます豪なのだが、どうやら本日はお疲れの御様子であった。ちっとも動く気配がない。
諦めともつかない生江の溜め息が、部屋の乾いた空気に浸透した。



友達とも恋人ともつかない関係を続けて早2年。
お察しの通りである。
切欠は二人の間にこれと言った何かがあった訳でもないし、かと言って一時の気の誤りで始まった関係ですと言い表すには少し語弊があるような気がしなくもない。強いて言おうとするならば、豪の兄に当たる北条凛の元婚約者でもある女性が死を遂げた一件によって、自暴自棄に陥ってしまっているかつては優しかった兄の面影から来る悔しさか、またはそれに類似した想いからだろうか。
何をしていても憂鬱そうな表情を浮かべる豪に、好意という好意があった訳でもけれど、チームに入りたての頃からよくお世話になっていた事実も手伝い、誘われるがままに断る術も無かった生江は、こうして幾度も北条豪と身体を重ねて来た訳である。
いくらチームのメンバーと言えど、決して良い風潮があるとは言えない曖昧な関係を堂々と見せびらかせる筈も無く、深夜の走り込みを終えて皆が引き上げ始めるような頃合いを見計らっていつも連絡を寄越して来る。
先日は深夜から早朝にかけどこぞのおぼっちゃまの練習試合もどきに付き合わされたかと思いきや、今度はこれである。日の境にまともな睡眠を取れていない生江はぱっと見でわかるぐらいにぐったりとしていた。
「皆して私の事情は無視だものね」
何とはなしにポツリと呟いた生江の言葉が、いつの間に目を覚ました豪の耳に入ったらしく、
「なんだ、疲れてるのか」
「…起きてたの」
「今度はどこの男とヤりあった?」
「ちょっと!」
「そっちじゃねえ、馬鹿。峠の話だよ」
生江は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。まるで自分が淫乱みたいではないか。
「あぁ、まあね。例の高橋啓介の件でちょっと」
「ふぅん…。ま、そっちの方も心当たりがあると思っていた方がよさそうだな」
「人聞きの悪い事言わないで」
今度こそそっぽを向いた生江の怒りの鉄槌によって会話は切り上げられた。
そのまま今度こそシャワールームへと歩を進める生江の背中を見つめたまま、豪はどこか自嘲じみたような笑みを浮かべ、
「そろそろ潮時かな」
誰の耳に入ることもないその言葉は、吐き出した煙草の紫煙と共に飲み込まれてゆくのだった。





一種の賭けだったのだ。生江と初めて会った時から。
自分の中に込み上げてくる確かな想いに気付きながら、さも平然とした素振りをし続けていただけで。
その秘めたる想いを伝える術は今の豪はまだ持ち合わせていない。それでも生江に会う口実になるのならと、もしかしたらいつか自分を見てくれるかもしれないなんて言う淡い期待と共に諦めともつかない思いでいたのだ。
だがそれは本当に淡い期待に過ぎず、生江の心が自分に向けられる事は無かった。それはきっとこの先も。心のどこかでそれをわかっているからこそ、それが余計に辛いのである。
自分は一体いつからこんなに弱くなってしまったのだろう。一人の女に振り回される人生なんてまっぴら御免だといつか兄に言い張っていた若き頃の面影は今は無い。それだけ歳を食ったと言うことなのだろうか。
思えば人生の全盛期なるものは全て車と峠に捧げて来た訳である。そしてここが人生に置けるターニングポイントだと言うのならば、今自分がすべき事は何なのだろうか。
ぼうっと物思いに更けているといつの間にやら火種が指先に触れそうになっていた煙草を荒々しく灰皿に押し付けると、豪は何事もなかったかのように二度寝に入ったのだった。
そうして世界に日が昇り始める。

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