親は無くとも子は育つ
「アンタは、親を恨んでないのか?」
そう聞かれて、首を傾げた。
私の目の前に立っているのは、確か……女のみたいな名前をした男の子だ。この子はよく騒いでいるから覚えている。4ヶ月前にここに入ってきた子だ。
私が住んでいる場所は孤児院だった。
ここは捨てられた子どもや、親が亡くなって行く場所がない子どもが暮らす場所。ここに子どもは十数人いる。
私は親に捨てられて、ここにいる。
……彼も捨て子だっただろうか。いや、彼は親が虐待してくるから此処に逃げてきたんだっけ。
いつまでも答えない私にイライラしてきたのか、彼は眉を顰めた。
まずい、と思って慌てて言葉を繕う。
「え、っと……それは、どういう意味で?」
「は? 決まってんだろ。アンタ捨て子だろ? 捨てた親を恨んでないのかって聞いてんだよ」
かなりイライラされているようで……。
私は階段に座っていたんだけど、彼も私の隣に座ってきた。……できれば遠慮してほしかったなぁ。
どうやら私が答えない限りどこかに行くつもりがないようなので、その質問に答える今年にした。彼は短気なのでできれば早めに答えないと。
うーん、と唸ってから考える。
恨む、か。ここの先生たちは凄く優しいから、あまり親のことを気にした事がなかったけれど……どうだろう。
「……恨んでは、ない、かな」
「は?」
凄く意外そうに、彼はこちらを見た。
どうしたものかと思っていると、先に彼が口を開いてくれた。
「何で?」
「何で、って……」
「捨てたんだぞ? 無責任に、育てもせず。普通は恨むことないか?」
彼は、どういう答えがほしいのだろうか。
とりあえず私の意見を言わないと怒られる気がするので、逆に私は彼に問いかけた。
「貴方は、親を恨んでいるの?」
「そりゃ。毎日 殴ったり蹴ったり……うんざりだったし。どうして俺がこんな目に、なんて思うことは沢山あった」
「………………。」
「此処にいる連中は、俺みたいに虐待から逃げてきたか、捨て子か、親が亡くなっていく場所がない奴かって聞いた。
……でも、みんな普通に笑ってるから。だから、親のことを、恨んでないのかなって。それで聞いて回ってたんだ。親が亡くなっちまった奴には聞いてねぇけど。意見はそれぞれだけど……恨んでない、なんてきっぱり言ったのはお前だけだった」
あぁ、だから彼は驚いた顔をしたのか。納得した。
でも正直に言ってしまえば、絶対に恨んでいないとは言えないかもしれない。皆は、そんな複雑な心境の中で答えたんだろうけど。
「で、どうして恨んでないとか思うんだよ」
「うー……ん……」
何て答えたらいいだろう。
でも、親をはっきりと恨んでるなんて言えないのだ。何でだろう。どうしてなんだろう。……別に、お金に困ってるから捨てられたわけでもないのに。
少し悩んでから、彼の質問に答えた。
「私たちって……お母さんのお腹の中から、生まれたわけだよね」
「あぁ? 当たり前だろ」
ゴロツキみたいだ、と思った。彼の将来が少し心配なので今度からきちんと指導してあげよう。
彼は続きを目で促しているので、そのまま続けることにした。
「その期間って……決して短いわけじゃないでしょう? 2,3日で終わるわけじゃない」
「おう」
「先生が言ってたんだけど……その間、お母さんはすごい痛いものに耐えなきゃいけないんだって。お腹にいる私たちを生かすために、好きな食べ物も、嫌いな食べ物も、ちゃんと食べなきゃ駄目なんだって」
「……おう」
「それで、最後はすっごい痛いのに耐えながら私たちを出産するの。中には痛くない人もいるみたいだけど……涙が溢れるくらいの痛みに、耐えなきゃいけないんだって」
「…………。」
ついに、彼からの返答がなくなった。
彼は、もう続きを話してほしくないのだろうか。でも、聞いてきたのは彼なのだから、止めてくるまでは続けることにしよう。
「本当に私たちがいらなかったら、お母さんは産まないよ。……そんな痛みに耐えてまで、私たちを産まないよ。きっと、途中でお薬かなんかで、殺すの」
「…………。」
「本当にいらなかったら、私たちは今ここにいないよ。こうやって、話すことも出来ない。世界を見ることも、できないよ」
上を見上げる。あぁ、窓から見る空は今日も綺麗だ。
「私は、痛さに耐えて私を産んでくれたお母さんを、そんなお母さんを支えたお父さんを、恨むことは出来ない。捨てられた理由はわからないけど……それでも、恨むんじゃなくて、私は2人に感謝する。
だって、私という存在があるのは、2人が私という存在をつくって、産んでくれたからだもの」
そういい終わって彼を見ると、下を向いて何かを考えているようだった。
もしかして、不快だったかな。やっぱり途中で止めておいた方がよかったのかな。気分を、悪くしただろうか。
そんなことを思っていると、急に彼が顔をあげた。
「……お前、面白い発想するんだな。確かに、その通りだ。……何ていうか、ちょっと俺の考え方、変わった」
「え、そ、そう……?」
「お前、名前は? 俺は――」
親が産んでくれなかったら、こうやって友達をつくることもできず、ずっとずっと孤独のまんまなんだよ。
だからせめて、産んでくれたことに感謝しよう?
親は無くとも子は育つ(けど、親が無くては子は生まれてこない)「っていう小さい頃のことを思い出したの。ねぇ聞いてる?」
「あー、もう煩ぇな。んなガキのこと覚えてるわけねぇだろうが」
「……初めて話した記念なのに」
「……いや、どんな記念だよ」
親の立場になったら分かるよね。どんな思いだったのか。
でも、安心して。私は、どれだけ辛くてもきちんと彼と一緒に育てるから、ね。
両親へ。産んでくれてありがとう。私は今も幸せです。
……いや、ちょっと子どもと親について考えただけなんです←
最後は「私」と「彼」が大人になって、結婚して、子どもが「私」のお腹の中にいるという設定。
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