私たちの生きるセカイ

「……ねぇ、シルド」

「…………何だ」

 シルドは俯き、スウィートはぼんやりと前をむいている。
 ヴァーミリオン兄弟とレヴィは別行動していて、あと少しで合流時間だ。

 しかし一向に動く気にならないスウィートとシルドは、座っていた。知ってしまったのだ、スウィートとシルドは。

「未来を変えたら消えるって……それじゃあ、私たち、太陽のあるセカイで、暮らすこともできないのかな」

「…………。」

「私たちは、昔は当たり前だった、その、風景さえ、望んじゃ駄目だったのかな」

 ぽたぽたと、スウィートの頬から涙が零れ落ちる。シルドはそれを見るとすぐに目を逸らした。

 タイムパラドックス。これが、未来をかえる代償。
 その代償は、とても重いもので。スウィートとシルドのやる気を削ぐには最高の素材だった。そして、気力さえも奪ってしまう素材であった。
 スウィートは静かに涙を流し、シルドは俯いたまま。

「なんで、駄目なのかな。当たり前、だったんだよ……?」

「…………。」

「昔は、太陽が昇って、空が青くて、風が吹いてて……それが、当たり前で。……どうして、それは、今じゃ駄目なの」

 小さくスウィートの口から嗚咽が漏れ始める。肩は小さく震えて、スウィートは膝に顔をうずめた。まるで、何かから自分を守るかのように。
 シルドだって泣きたい気持ちはある。ここまで必死にやって……自分たちがやっていることは、最終的に自分たちを消す行為だなんて、考えていなかった。信じられなくて、辛くて、悲しくて。
 それでも、立ち止まることは、許されない。

「ふっ……何で、何で駄目なの……!? どうして、」

 スウィートの心底 辛そうな声が場に響く。その疑問に対する答えは、どこからもこない。
 これをまだ自分たちが幸せになれると思って行動している仲間に、伝えなければならない。それも辛かった。

「ねぇ、シルド。私、間違っちゃったかな」

 ついにスウィートがこんなことを言い出した。今更、やめることはできないのに。
 シルドがスウィートを横目で見ると、まだ膝に顔をうずめたままで、顔は見えない。ただ泣いているのだけは分かった。

「皆が、みんなが幸せになりますように、って思って、行動してたのに。私、間違えちゃったかな。……みんなが消えたら、幸せもなにも、ないのに」

 あぁ、そういえばこんな奴だったな。
 今更ながらシルドはそう思った。そして目を瞑る。

 誰にでも優しく、自分のことより他人について考える。誰かを助けるためならば、自分の身など投げ出そうとするほどに危ない。
 そんな、早死にしそうな人間。それがスウィート・レクリダだ。
 彼女が時を動かすのは、両親の意思を引き継ぐため。自分の仲間や、このセカイの人間やポケモンたちに幸せな未来をもたらす為だった。
 しかし、消えてしまえば、未来などない。死ぬことは、誰もが嫌がることだ。

「……わたし、まちがえちゃったかな」

 どんどん小さくなり、情けない声になる。
 このままでは駄目だ。シルドもそう分かっているのに、どうやって言葉をかけていいか分からなかった。自分も、ショックを受けているから。

 暫く黙ったままでいると、スウィートが立ち上がった。シルドは見た瞬間に、目を丸くした。
 涙の跡は、くっきりとついている。しかし、もう涙は流れておらず、スウィートはしっかりと前を見据えていた。
 スウィートは、泣きそうで、辛そうで、それでもどこかしっかりしたような声で言った。



「……後悔なんてしてる場合じゃ、ない。ここまできて、逃げるなんてことは、しない。しちゃいけない」



「私たちは消えちゃうけど、その代わりに、代わりに、新しい明るい未来ができて、皆が幸せに暮らせるはず、なんだ。犠牲を無駄にしちゃいけない」



「進まなきゃ、前に」




「私は、変える。絶対に。このセカイを、変える」




 確信めいた言葉を言うスウィートに、シルドは何も言えなかった。
 彼女の背中を見て、その小さな背中にどれだけの荷物を背負っているのかが、分かった気がした。
 そう、その荷物を渡された彼女は、最後までそれを運ぶ義務がある。

 そして、それは、自分にも。

「……あぁ。そうだな」

 そして、シルドも立ち上がる。
 するとスウィートはニコリと微笑んだ。お世辞にも、綺麗といえる笑顔ではなかったけれど、見ていて元気がでるものだった。






私たちの生きるセカイは
(辛くて残酷な現実ばかりが私たちを襲うけれど)



それでも、進もう。それでも、使命を果たそう。

残された私たちが意思を告がなければならない。

これからも辛いことが沢山あるはずだ。これからも泣きたいような出来事が沢山あるはずだ。

それでも立ち止まることは許されない。

残された私たちは、立ち止まっては駄目なんだ。進まなければならないんだ。消えてしまった命を無駄にしないためにも。


「変えよう、このセカイを。暗いセカイから、太陽が昇るセカイに」


諦めず、弱音を吐かず、しっかり前を見据えて進もう。

この暗いセカイを変えるために。

この暗いセカイを壊すために。


きっと、私たちの代わりに、誰かが幸せになってくれるはずだから。


今日も今日とて、私は、私たちは進む。













この後も多分スウィートは「この未来のポケモンと人間全てを消して未来をかえる」ということに抵抗を覚えて、何度も悩むと思うんです。
けれど色々考えて、そして決意をする。心の中で謝りながら。
……そんな主人公になってるといいな←




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