カウンター≒クロックワイズ | ナノ


2017.07.04 10:12:54  




 今日も稀咲は朝早くから出て行った。まあ東卍幹部ともなれば忙しいのは分かるが、少しくらい休暇でも取ればいいのに、とも思う。でも自分の駒でも信用はしていない、誰も信頼していない稀咲は、誰かに何かを任せることが出来ないのだろう。人を使って動かすところは得意なくせに、とは思うが、これはもう性質だから仕方がない。

 自分も一応東卍の一員であり稀咲直属の部下――と言う名の駒――の一人だが、自分の担当は主に情報系。それに大抵のことは今の立場があれば他の奴でも対応できる。だから自分が出ることは滅多にない。

 昔からの腐れ縁もあり、今は表向き稀咲の愛人≠フようなもので周りには通っている。それも名ばかりで愛人らしいことはなにも無いのだが、まあ稀咲のそばにいても文句は言われない建前は結構便利だ。

 朝、稀咲が出て行った数時間後に目を覚まし、いつものように一人部屋の中で過ごす。適当に作った朝食をテーブルに並べて、やたらとデカい壁に掛けられているテレビの電源を付ける。そうしてぼんやりと世間のニュースを聞き流しながら朝食に付く。けれど、その日は違った。

 流れてきたニュースに動かしていた手を止めてニュースに視線を向ける。流れているのは事故死をした人のものだ。それに警察官が絡んでいたり、東京卍會の名前が流れていたりしても、そんなのは日常的で気に留めるほどのものではない。しかし、流れてきた名前には聞き覚えがあった。

 ――橘日向。

 その名前が木霊した。






 その日の夜、稀咲は早い時間に帰宅してきた。早く仕事が片付いたのか、十九時台に帰宅してくるのは珍しい。


「おかえり、稀咲」
「……ああ」


 ネクタイを緩めながらリビングに入って来た稀咲に、ソファに座ったまま振り返りながら、おかえり、と声を掛ける。稀咲は、まだ居たのか、という顔を一瞬するが、それもすぐに消える。ほぼこの部屋に住み着いている状況に、まだ居るのか、と言っても仕方のないことだろう。

 脱いだジャケットをソファの背もたれに掛ける稀咲に、さっそく声を掛ける。


「ねえ、今朝ニュース見たんだけど」
「それがなんだ」


 稀咲は視線を向けることもせず適当に答える。そんな稀咲の背中に、怖気づくこともせずはっきりとした明瞭な声で女は続ける。


「殺してしまったの?」


 ピタリ、稀咲の動きが止まった。それと同時にこの場の空気が凍り付くような居心地の悪い沈黙が流れた。きっとこの場に部下が居れば顔を青くして震えていただろう。しかし女はそんな様子は一切見せず、ただじっと稀咲を見据えていた。

 ふと稀咲が少しだけ顔を逸らす。


「用済みだから殺しただけだ」


 稀咲は淡々とした声色で答える。


「俺のヒーローも、もう要らない」


 そう続ける稀咲の言葉に、女はその真意を悟る。そして、ああ、と内心で呟いた。

 稀咲はその場からしばらく動かなかった。動きを止め、その場に立ち尽くす。その背中を眺め、女はソファから腰を上げる。


「稀咲」


 声を掛けても稀咲が振り返ることはない。そもそも女もそれを望んでいるわけでもない。女は稀咲の背中に近づくと、そのままそっと腕を広げて稀咲を包み込む。そうしてぴったりと稀咲の背中に顔を寄せる。


「私、稀咲の幸福を誰よりも望んでいるよ。稀咲のこと、好きだから」


 稀咲は身じろぐこともなければ口を開くこともしない。ただ黙って立ち尽くす。そんな稀咲に女は続ける。


「だから、大丈夫。きっと、大丈夫」


 そっと稀咲の背中を指先で撫でて、女は離れる。そうして女は懐に忍ばせたそれを手に持つ。


「だからね、稀咲」


 振り返った稀咲は小さな古い懐中時計を持った女を見た。女はそっと目を細めて微笑んでいる。その表情の意味が分からず、稀咲はただ怪訝な表情を浮かべる。


「――」


 最後に女がなにを呟いたのか、稀咲は聞こえていたのか、はたまたかき消されて聞こえなかったのか、本人にも分からなかった。





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