ヘンな夢を物心ついた時から見る。妙に現実味のある夢だ。でも夢の内容はあまり覚えていない。夢は忘れるものだし、覚えておくものではないけど、色濃く記憶に残る夢だったはずなのにそれは霧のように消えていく。覚えているのは断片だけ。でもその断片も曖昧過ぎて、パズルを嵌めるのには足りなかった。
所詮は夢だ。脳が勝手に見せてくる映像に過ぎない。だから気にする必要は無い、と特別気に留めることはしなかった。
「――ねえ」
突然掛けられた声に驚いて、思わずびくりと肩を揺らした。
この塾で俺に声を掛けてくる奴なんていない。同級生も大人も俺を遠巻きに見てくる。だから俺はいつも机に向かってくだらない問題を暇つぶしのように解いていた。馬鹿に関わる時間なんてもったいないし、俺はそれでよかった。
けど、そいつは俺に声を掛けてきた。
身長に顔を上げて相手の顔を見てみると、俺と同じクラスにいる女子がそこに居た。そいつはそっと口元に微笑みを浮かべながら俺を見下ろしてくる。
「……なに」
上げた顔を下ろして、視線をノートの上に戻す。そして持っていた鉛筆を動かして、また問題を解き始めた。会話をする気なんてなかった。こうすれば大抵の奴は何処かに行く。こいつも諦めて俺の前からいなくなるだろう。そう思っていたのに、そいつは声色を変えずに俺に声を掛け続けた。
「ねえ、友達になろうよ」
「……え」
突然放たれた言葉に呆然として、思わず顔を上げてしまった。そいつは相変わらず笑顔を浮かべていて、俺を見つめてくる。それが理解できずに、ただ呆然と目を見開いた。すると、そいつは続けた。
「私、頭が良い人が好きなの」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出る。なにを言っているんだ、と単純な疑問が浮かんだ。
「学校でも模試でも負けたことなかったのに、あなたに初めて負けちゃった」
「……」
そう言って、そいつはにこりと笑う。俺は唖然として、そいつを見つめるしかできなかった。
「だからね、私、あなたと友達になりたいの」
友達になりたい。そう言うこいつが全く理解できないし、その理由も訳が分からない。ずっと微笑みを浮かべている表情も内面を隠すようで、感情が窺えず扱いずらい。
「……ヘンなやつ」
俺はそう言って机に広げたものを片付けるとそのままランドセルを持って教室を出た。その後をそいつは追ってくる。そして俺の隣に並列するように歩くと、俺の顔を覗き込む。
「私、小鳥遊知沙。よろしくね、稀咲」
ちらり、そいつを一瞥する。視線が絡むが、俺はそれに答えることなく視線を前に戻した。その時、ふと隣にいる小鳥遊がぼそりと何かを呟いた気がした。
「……、なに?」
「ううん、なんでもない」
それが気になって聞き返してみれば、小鳥遊は誤魔化すように首を振ってにこりと笑みを浮かべた。それを追求するほど小鳥遊に関心があるわけでもなく、俺はそこで引き下がる。けど、何か引っかかった。
小鳥遊にバレないように視線だけを隣に移して、盗み見る。すると不意にその視線に気づいた小鳥遊が、俺に視線を向ける。そして視線が絡むと、柔らかい表情で首を傾げた。
「なあに、稀咲?」
それが妙に、懐かしい気がした。
――『カウンター≒クロックワイズ』了
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