カウンター≒クロックワイズ | ナノ


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 久しぶりの休日に知沙をマンションに呼び、二人でゆっくり過ごしていたその日。夕食も済ませて二人でソファに腰を掛けながらコーヒーを飲んでいると、知沙が口を開いた。


「明後日も仕事なの?」
「ああ、まあな」


 知沙の質問に俺はすぐに頷いた。久しぶりに休日が今日取れただけで、流石に近日中にもう一度取るのは状況的にきつかった。俺ばかりが休めば九井に負担がかかるし、そこばかりは仕方がない。すると知沙は、ふうん、と曖昧な相槌をする。


「ふうん……最近忙しいのね」
「年明けだしな、意外とやることが多いんだよ」
「経営者は大変だね」


 そう言って知沙はカップに口を付けた。

 九井と二人で会社を回していると言っても、俺たち二人にかかる負担はやはり大きい。これは自分たちがあまり周りに仕事をさばかないせいでもあるとここ最近反省しているが、やはり自分たちの手でやってしまう。そのせいで俺たちは常に忙しい日々を送っている。おまけに今は年明けで、連休中の仕事が溜まり、これから来る春の新入社員のことも考えなくてはいけない。やることが一杯だ。


「……夜には、帰ってくるんでしょう?」


 コーヒーを飲もうとしたところで、知沙は続けて聞いてくる。視線を向けてみると知沙はカップを口元に寄せながら視線をこっそりとこちらに向けていた。


「ああ、流石にそんな遅くはならないはずだ」
「ふうん……」


 知沙はまた曖昧に相槌を打つ。そして視線をカップに下ろして、また口を付けた。それをなんとなくじっと眺めた。


「……どうかしたか?」
「ううん、忙しいなって思っただけ」
「そうか……」


 なにかある気はしたが、かと言って疑わしいというわけでも無く、首を振った知沙に少し納得がいかない気持ちはあるものの俺は誤魔化すようにもう一度カップを傾けた。





   * * *





 その日、仕事が終わったのは二十時過ぎだったと思う。深夜と言うほど遅いわけではないが、今日も相変わらず仕事に追われて夜が更けたころに終わった。流石に疲れた、と内心でぼやきながら凝った身体を解すように肩を回す。そうして疲れを吐き出すように息を吐いて、マンションの玄関を開けた。

 玄関に入ると、部屋に明かりがついていた。加えて足元には見慣れた靴が揃えられている。それを確認しながら後ろ手で扉を閉めると、タイミングよくリビングから知沙が出迎えるようにこちらへやって来た。


「おかえり、稀咲」
「……来てたのか」
「うん、お邪魔してるよ」


 知沙には合鍵を渡してある。だから時々知沙は俺が居ないときに合鍵を使って部屋に上がっていることがあった。今回もそれだ。知沙はマメというわけでもないし、いつも連絡を寄越すタイプじゃない。だから突然のことでもあまり驚きはしなかった。

 靴を脱ごうとすると知沙は手早く俺のバッグやコートを手に持って、リビングに向かう。気の利いたそれを有難く思いながら、俺もその後に続いて暖房の利いたリビングに入る。そして一休みをするようにドサっとソファに腰を下ろした。


「夜遅くまでお疲れ様。夕飯は食べたの?」
「まあ、軽く済ませたくらいだ」
「ふうん……そう」


 知沙の質問に答えながら眼鏡を取って目頭を指で押さえた。今回は徹夜をしているわけでもないし、ひどい時と比べればまだ大丈夫だが、それでも疲れたものは疲れた。溜め込んだ疲労に思わずため息が出る。

 荷物を置いた知沙は一度俺の隣に腰を下ろしたが、俺の返答を聞くと知沙は再び立ち上がって何処かへ行ってしまう。ぺたぺたと素足で歩く足音に少しばかり耳を澄ませていると、その足音はすぐにこちらへ戻って来て、また俺の隣に座る。ソファが少し揺れたのを合図に閉じていた瞼を開けて知沙の方を向くと、突然眼前に何かを差し出された。


「誕生日おめでとう、稀咲」
「は?」


 眼前に差し出されたそれに目を丸くした直後、知沙が放った言葉に素っ頓狂な声が零れる。思わず呆然としていると、そんな俺を見た知沙がふふっと目を細めて揶揄うようにそっと笑んだ。


「忘れてたでしょう、自分の誕生日」


 そう言われて、今日が何の日だったのかを思い出した。もともと誕生日に拘るタイプではなかったし、この歳にでもなると誕生日も気にしなくなる。だから全く気付かなかった。


「一応夕食とケーキも準備してあるけど……取り敢えず、これ」


 知沙はそう言って、眼前に差し出したそれを再度俺にずいっと差し出す。それをほぼ反射的に受け取り、俺は呆然としたまま綺麗にラッピングをされた箱を見下ろす。それをしばらくじっと見下ろしていれば、徐々に最近の知沙のことが思い出されて行き、納得した。


「俺の予定を聞いてきたのはこういう事か……」
「まあ、そういうこと」
「言えよ、そういうことは」
「稀咲、こういうのあんまり興味ないかなあって思って」
「……」


 あっけらかんとする知沙に、俺は少し眉を顰めた。するとそれに気づいた知沙が子供みたいにふいっと視線を逸らして知らん振りをする。大人びていることの方が多い知沙だが、こういうところは子供っぽい。

 しかしまあ、知沙の言っていることも正しい。だから知沙も敢えて口にしなかったのも理解できる。それでも少し、言って欲しかった、という気持ちを拭えなかった。


「……開けていいか」


 渡された箱を改めて見下ろして、知沙に聞く。すると知沙は少し居心地が悪そうに視線を彷徨わせながらぼそぼそと口を開いた。


「いいけど……あんまり良い物じゃないから……」


 そう言って視線を彷徨わせる知沙を見るのは新鮮だ。知沙は基本的に顔色を変えることはなく、微笑みで感情を隠すことが多い。そんな知沙がこうも感情を表に出すのは珍しかった。それに若干気を好くしながら、俺は綺麗にラッピングされたリボンを解き、ゆっくりと箱を開ける。

 箱の中に入っていたのは銀色のピンだった。シンプルなデザインだが、それでいて存在感のある綺麗なものだ。


「ネクタイピンか……いいデザインだな」
「……そういう実用的な方が、稀咲は好きそうだから」


 俺がそう言うと、知沙は視線を逸らしながらも少し頬を緩ませて呟くように言った。昔から一緒に居ることもこともあって、俺の好みは把握しているらしい。知沙らしい選び方だ。


「ありがとう、知沙」


 顔を上げて俺は知沙の目を見ながらそう言った。その言葉に知沙は驚いたようで、目を丸くしている。そうしてしばらくすると気恥ずかしくなったのか、知沙はきゅっと唇を噤みながら顔を逸らした。そんな愛嬌のある態度を取る知沙に、思わずフッと笑みが零れる。

 気を取り直すように箱の蓋を閉じて、それをテーブルに置いてソファから立ち上がる。


「夕食の準備してくれるか? 風呂入ったら一緒に食おう」
「え、でも食べて来たんでしょう?」
「軽くな。それに、祝ってくれるんだろう?」


 まだソファに座ったままの知沙を見下ろしながら、俺はそっと目を細めた。そうして問うように首を傾げる。すると知沙はまた目を丸くした後にきゅっと唇を噤んでほんのりと頬を染めるから、俺は今度こそ声を上げて小さく笑った。




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