Promise Flower | ナノ



 テヌートは走り去っていくアレスの背中を目を細めながら眺めていた。

「……こちらも最善を尽くそう。だからお前も死ぬな」

 テヌートはそうアースを睨みながら吐き捨てると、アレスの後を追い走り出した。

 最善を尽くす、とテヌートは言ったが、血団と騎士団の関係は良好ではない。
 血団の団服を着用していたにもかかわらず、牢獄にぶち込まれたウェンがいい例だ。
 それにもし騎士団が出撃する満々でも日和見主義の議会の議員が騎士団派遣を全力で拒否するだろう。
 噂によると騎士団の人員を私的に割いている貴族議員様が大勢いるらしい。
 なので、もし騎士団が戦線にでも向かえば議員の皆様の雑用係が減って困り果てることになるだろう。

 その他にも様々な大人と偉い人の理由により、いくら帝都に危険が迫っていたとしても簡単に援軍が派遣されるとは思えないのが現状だった。


「本当は今すぐにでも死んでてほしいのに、無理しちゃって〜」


 ケラケラと場違い感満載の脳天気な笑い声を上げると、アースはアーデの額にキスをした。
 そして別れを渋るアーデにテヌートと共に行くように促した。

 アーデは名残惜しそうにアースから離れると、何故か空気なウェンの前にやってきた。

「今日付き合ってくれたお礼。じゃあまた会いましょう、ウェン」

 そういたずらっぽく笑いながらウェンの手の中に革でできた小さな袋を置いて振り返ることなくテヌートの後を追いかけて行く。

 今思い返せば、ついさっき起こったアース殺人未遂事件がものすごく平和な事件だったと思えるほど事態は急転していた。


 気を引き締めてウェンはアースから下される指示を待つ。

「俺はすぐに状況確認のために東海岸の拠点に向かう。
 ウェンはクーロンさんに怪鳥についての報告……って言いたいけど、そんな悠長なことはしてられないのが現状なんだ。
 ……まだ餓鬼みたいなお前に本当はこんなことは言いたくない……ただそれだけは理解してくれないか」

 アースはうつむいて口を閉ざした。その様子を見てアースが何を言おうとしているのかすぐにわかった。

 アースは壊滅した東海岸戦線に向かうように命令しようとしている。

 壊滅状態でも生存している団員はいる。しかし、帝都防衛線が今にも破られそうな今、彼らを戦線から離脱させるために裂く人員はほとんどないのだ。だからウェンのような新人に戦線に向かわせる。
 実戦経験もほとんどない人間が年間戦死者数第1位を維持し続けている場所に向かわせるなど死刑宣告にも等しい無茶な命令だ。苦渋の決断に違いない。

 それにアースじゃなく九龍でもおなじようにウェンに命じるだろう。
 新人だから引っ込んでろというような状態ではないのだから。

 ウェンは情けないことに堕天使に復讐をしまくれるという気持ちの高揚よりも恐怖という感情のほうが勝っていた。

 血団に入団した以上、いつかは戦線に出なくてはいけないことは理解していた。
 けれど正直もっとしっかりと訓練を積んでからのことだと思っていた。
 そんな今までのような生ぬるい考えを払拭しなければ、死ぬ。

 両手を握りしめてウェンはうつむいたままのアースを見つめた。

「早く命令してくれよ、アース“さん”」

 少しでも強気になろうと思い、ウェンはわざとアースをさん付けで呼んでやった。するとアースは顔を上げ困ったように笑う。

「さん付けはやめろ。気持ち悪いだろ?」

 アースはそう茶化すように言った後、大きく息を吐くとまっすぐ赤い瞳でウェンを射抜くように見つめ、覚悟を決めたように口を開く。

「ウェン、これからお前には東戦線の敗戦処理にあたってもらう。油断することなく任務を遂行するように」

「了解しました!!」

 ウェンは背筋を伸ばし右手を額に添えて、満面の笑顔でアースに返事を返した。
 それなのにアースは浮かない表情で、ただ申し訳なさそうにウェンを見ていた。

 そんな辛気臭い顔すんなよ、と言ってやろうかと思ったが使者が、しゃべってばっかいないでいい加減動けよ言いたげな目をしていたので、ウェンは何も言わずさっきアーデがしたようにアースの背中を押した。

「ウェン……もしかして今のアーデの真似か?」

「あぁ、そうだけど?」

 ウェンがそう答えた瞬間、曇っていたアースの表情が急に晴れ晴れと輝き出したのと同時に、ウェンの頭には拳骨の雨が降り注いだ。

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