Promise Flower | ナノ



 ウェンの活躍によって帝都で暴れまわっていた巨大でチキンな怪鳥も海の向こう側に消え、浮気疑惑で2人の関係に亀裂が走ったアースも無事にアーデと仲直りできてめでたし、めでたし……といった風に今日1日は終わらず、波乱の一日はまだまだ続いた。

 太陽が沈むオレンジ色の海を眺め、なにやらいい雰囲気になってきたアースとアーデの前に、真っ青な顔をした黄昏の血団の使者が現れたからだ。

 使者の強張った顔と、緊迫した様子から、血団内で何かよからぬことが起きたことは色々と鈍いウェンにも簡単に想像できる。

――まさか九龍がくたばったとかそんな類の話じゃないだろうな……。


 最悪の事態を予測してしまって心臓が大きく脈打つ。
 フィラ帝国の……というより帝都近辺の血団員をまとめ上げる九龍がそう簡単に死んだりしたりしないのはわかっているが、九龍も人間だ。死なないなんて確証はどこにもない。

 近くの木の陰に隠れて2人の仲睦まじい様子を観察していたウェンは落ち着いていられなくなり、すぐに茂みを飛び出しアース達の傍に駆け寄った。

「アース、その手紙の内容結構ヤバい感じなのか?」


 ウェンは使者から手渡された手紙を苦しげな笑みを浮かべながら読んでいるアースをちらりと見る。
 

「悪いも何も最悪だ」

 アースは不快感丸出しで答えると、くしゃくしゃの手紙に目をやった。

「ついさっき東海岸戦線が壊滅状態に陥り、地上の帝都防衛ラインが突破された。
 現在海上の防衛ライン近くで交戦中だが……破られるのも時間の問題だろ」


 アースがそう言った瞬間、隣でアーデがそう、とやけに落ち着いた声で呟いた。
 手紙の内容を聞き青ざめたウェンとは対照的なアーデ。

 アーデはなんで落ち着いていられるのか。帝都を守る防衛ラインがもし突破されたらどんなことになるかなんて子どもでも簡単にわかるのに。

「時間の問題って、どうにかなんないのかよ!! そこが破られたらここは、ウォルウールはどうなるんだよ!?」

 ウェンは叫んだ。悠長に時間の問題だなとかぬかしている暇があれば今すぐにでも防衛ラインに向かうべきだ、とアースに言おうと、口を開いた。

 そんな頭に血が登ったウェンをなだめるようにアースはウェンの肩に手を置いて、なぜか不敵に笑った。アースがなぜ余裕な表情をしているのかわからなかった。


「だから、その最悪の事態を回避するために俺が呼ばれたんだよ」


 アースはヘラヘラと笑いながら、白い封筒の中からアースの名前が書かれた召集令状を取り出しウェンに見せた。
 おそらく血団内の実力者を総動員して事態の収拾にあたるつもりなのだろう。
 そうでもしないと、劣勢の人類はますます敗北の二文字に近づくことになる。

「ほんと次から次へと仕事、仕事……。ちょっとは暇をくれてもいいのになぁ」


 アースは無理なぼやきをつぶやくと、手紙と令状をポケットに突っ込んだ後アーデと目を合わせた。そしてためらいながら口を開こうとした。

 アーデはアースが何を言いたいのか察したのか、アースの頬に手を添えて微笑んだ。


「別に心配なんかしないわ。あなたは殺しても死なない人だから、大丈夫」

 アースは無言でうなずいて、頬に添えられた手に自身の手をそっと重ねた。

「……君らしい見送り方で安心したよ」

「あなたに帝都の命運がかかっているんですもの。
 あなたが死んだら私もおしまい。まさに運命共同体ってやつじゃなくて?」


 茶化すようにアーデは笑い、アースの背中を押した。早く行けと言葉ではなく行動で思いを伝えた。
 口ではうまく思いを伝えられないアーデを見て意外と不器用な人なのだなと思った。
 そんなことを思いながらボーっとしていると事態を察したのか、テヌートとアレスが木の陰から出てきた。

「東海岸戦線が壊滅した」

 一言アースが呟くと、テヌートは無言でうなずき、アレスに家紋の印が押された一枚の紙を渡した。
 その家紋入りの紙がどんな意味を持つのか平民のウェンは知る由もないが、おそらく緊急連絡用の紙なのだろう。

「アレス、先に宮殿に戻り団長閣下に血団への援軍を出すように伝えてくれ。事態が事態だ。
 貴族連中が反対しても絶対に派遣できるようにしろ!! 俺もすぐに追いかける」

 アレスは無言で紙を受け取ると、すぐに全速力で宮殿へと走り出した。



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