「くあーっ!っしゃああっ!やあっと勝ったぞ、このやろぉー!」
Dホイールから降りるやいなや、フルフェイスのヘルメットを投げ捨てるように脱いだ城前の咆哮がアクションフィールドに響き渡る。思いっきりガッツポーズを振り上げ、それはもううれしさしかないといった様子である。すっかり汗でへたってしまっている髪型など気にする様子もなく、興奮冷めやらぬ様子で城前は満面の笑みを浮かべたまま座席に座り込んだ。もう笑いしか出てこない。ついさっきまで行われていたライディングデュエルのログをすぐさま確認するため、別のモニタを起動する。にやにやしながら見つめる先には、一進一退の白熱のライディングデュエルがそこにはあった。すげえ、おれがライディングデュエルしてる、という今更過ぎる感動がそこにはある。まるで一視聴者のような感動に浸りきっている城前は、背後から近づいてくるDホイールの音に気を配る様子もない。
「さっそく何をしてるんだ、城前」
「そんなの決まってるだろ、おれの活躍っぷりを確認してんだよ!」
「ん?君はネットに上がってる大会は見ないといってなかったか?」
「そんなのと比べモンになっかよ、こっちはライディングデュエルだぞ!しかも蓮にやあっと勝てた大事なリプレイだって、そんなの今すぐ確認してえに決まってんじゃねーか!!」
「そうか?」
「そうだよ!」
「やはり60回目にしてやっとの勝利はひとしおみたいだな」
「あったりまえだろ!そっちの手加減はあっけど、勝利は勝利だしな!へへ、やりい!これをもっと見まくって、もっと確実に勝てるようになりてえな!」
「調子に乗りすぎてないか、城前」
「う、うるせえな!いーだろ、ちょっとくらい調子に乗ったって!スタンディングデュエルしてくれねえ蓮が悪いんだよ!」
「私のせいにしないでくれないか。ここまで上達させてやったんだ、感謝こそすれ文句を言われる筋合いはないな」
「つれねえなあ。褒めるとこだろ、そこはよー」
やれやれ、といった様子で蓮は愛機を隣に止め、城前のDホイールにやってくる。見る?見る?と言いたげな城前に、素人のビギナーズラックを視聴するほど暇ではないと一蹴する。なんだよーと城前は大げさに拗ねてみせた。素人のビギナーズラックと称する境地に達するまで、その期間はゆうに半年を超えている。ソリッドヴィジョンの体感設定を弄り、本来の時間よりずっと多くの時間を過ごしてきたシミュレーションによる訓練も加えればもっとエゲツナイことになるだろう。蓮はその運転席の横に備え付けられているデュエルディスクの端子に、データを送付してくる。きょとんとしている城前は、新しく表示された画面を見つめた。
「これって、MAIAMI市だよな?」
「ああ、今表示しているのが今のMAIAMI市に張り巡らされているレオ・コーポレーションのネットワークだ。そして、これがソリッドヴィジョンの展開できる範囲」
「うっわ、ほんと街丸ごと範囲になってんだな。すげえ!ってことはだな、えーっと、この真っ黒に塗りつぶされてるちっちゃいとこがワンキル館の敷地内?」
「そうなるな。素良がいってただろう?さながらガラパゴスだとね」
「マジでガラパゴスじゃねーか、あはは。で?今度はなんの訓練ですか、せんせー?」
おどけて聞いてくる城前に、蓮は肩をすくめる。
「今までは私の先導があっただろう?今度は決められたコースを一人で走ってみるんだ。指示はインカム越しに私が出す」
「え、でもアクションフィールドでよくね?わざわざ外に出るのかよ。この街、ライディングデュエルに対応してねえって言ったの蓮じゃねーか」
「君はバイクの講習の時、自動車学校の敷地内の走行だけで試験資格を得たのかい?」
「それを言われると違うけどよ。たしかに街に出たり、高速道路走ったりしたぜ?でもとんでもねえスピードでんのに公道は走れねえだろ」
「誰も公道を走れとはいってない。今、私が見せてるじゃないか。これが君の走行するべきコースだ」
「・・・・・・おいおいおい。まさかとは思うけどよ、共同溝走れってかあ!?おれに死ねっていいたいのか、蓮!もしなんかあったらヤバいじゃすまねーんだぞ!?」
城前が動揺するのも無理はない。蓮が城前に見せているMAIAMI市のネットワークの回線は、電気、ガス、電話、水道といったライフラインをまとめて道路などの地下に埋めている設備と同じところにあるのだ。質量を持たせた実体化という側面を持つソリッドヴィジョンをどこでも実現するためには、当然その施設は電柱上に設置されるより、地中化する方が景観の向上のほかに安全性の確保にもつながるとして推奨されてきた経緯がある。万が一、そこでデュエルすることになったら、間違いなく大惨事になるだろう。
「さすがに共同溝を走れとはいわないさ。第一狭すぎるだろう」
「びっくりさせんなよ」
「地下水道を走るといい」
「一緒じゃねーか、なにかあったらどうすんだよ!自動的にレース場がセッティングされるような場所じゃねーんだぞ!?」
「安心するといい、今のところ問題は起こっていないようだからな」
「へ?」
「君の部屋に不法侵入を繰り返している彼らは、そこで私とのライディングデュエルに向けた訓練を積んでいるようだ」
「ちょっと待て、え、遊矢たちが?」
「それはどっちに対する疑問だい?」
「え、どっちもだけど、とりあえずは地下水道の方で」
「MAIAMI市はアクションデュエルをするために生まれたといってもいい都市だ。いや、生まれ変わった、が適切か。普通なら初期建設のコストは地下鉄並みだとも言われている。高すぎて普及は部分的が限界だろうに、すべて地中化してるんだからな。私が見る限りだと地下水道はライディングデュエルをしても問題ない構造をしているようだね」
「そ、そうなのか。なあ、蓮。たしかにこいつは長いこと海に放置されててもちゃんと呼ばれたら来るとんでも性能してたぜ?でも、水の上は走れねえだろ」
「だから問題ないといってるだろう、城前」
「まさかユーゴたち、水上走ってるとか言う?」
「そのまさかだ」
「まるで意味がわからんぞ、なんだそれ」
「はは、君はまだDホーイルの本当のすごさを知らないようだね」
「知っててたまるかっつーの、オゾンの下なら問題ねえってか、この野郎」
「本当に君のDホイールに対する知識は偏りが酷いな。私の時代の説明書、渡そうか?」
「今更!?」
「まあ冗談だが、マンツーマンでずっと付き添ってきたんだ。そろそろ一人で走ってみたいだろう?」
「そりゃそうだけどさー、よりによって地下水道かよ。もしかして嫌だからついてきてくれねえとかいう?」
「面白い冗談だね」
「うっわ、マジだ。マジでこの人実地試験で水の上走らせようとしてやがる。マジ怖い」
「心配しなくても今の君のライディング技術なら問題ない。万が一クラッシュすることになったら、私が介入するから安心するといい」
「それっていつぞやの脳内ハッキングでは」
「事故って死にたいなら拒否してもいいんだぞ」
「お願いします」
城前は真顔で頼み込んだ。蓮はそれでいいと笑うと、城前の前の画面を指さし、設定を切り替えるよう指示を出す。言われるがままタッチパネルを操作する城前は、なにをどうしているのかさっぱりわからない。なにせ蓮はヨーロッパチャンピオンだった男だ。当然活躍する舞台はヨーロッパ。この世界が共通語で会話ができるとはいえ、書く言葉が違うと面食らう。しかも城前は英語があんまり得意じゃなかった。なんとなくのニュアンスを聞き取ることができる程度のリスニングとヒアリングしかない。蓮は設定を確認後、インカムを渡してくる。
「アーテステス、本日は」
「君の声を私が確認してどうするんだ」
「あ、そっか」
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