スケール5-2 水上疾走
遊矢はすっかり馴染んだライディングスーツを身に纏い、ユーゴから借りたDホイールに乗り込む。初めこそ、ソリッドビジョンでいいと思っていたのだ。身分を証明できるものが何もない遊矢が高価なものを入手するにはそれなりに手間がかかる。だからレオ・コーポレーションのソリッドビジョンを利用して、デュエルの間だけでも実体化させればいいのではないかと。それは新たなる敵が遊矢たちよりもずっと未来からきた勢力だと判明した時点で瓦解した。デュエルディスクを介して脳内にハッキングを仕掛けてくるような連中だ。今のところ正々堂々と戦う決闘者しかいないけれど、デュエル中にハッキングしてくるリアリストがいないとも限らない。するかどうか、が問題ではない。できるという可能性がちょっとでも判明した時点で大問題なのだ。遊矢がライディングデュエルをする必要がある、という切羽詰まった状況になった遊矢は、"城前"の好意をいいことに無断で買い物をするようになった。

さすがに"城前"のクレジットカードを無断で使用することはしない。名義を借りるだけだ。この世界では存在しないことになっているファントムは、普通に買い物するのだって一苦労なのだ。せめて外見が大人なら制約もずっと無くなるだろうが、14の時点でそうもいかない。部屋の主は最近忙しいようで、よく出かける。それをいいことにネットで注文したものを代金引換で受け取る、の作業を繰り返した。資金源は秘密だ。

そうして入手したライディングスーツは、遊矢がかつて持っていたものとよく似たデザインのものを選んだ。20年後の記憶が穴だらけの遊矢は、無性に懐かしくなることがあっても、それがなぜなのか思い出せなくてもどかしいことがよくある。このライディングスーツを初めてネットで見たときもそうだった。どれにしようかなーと適当に選んでいた遊矢は、その画像を見た瞬間に吸い寄せられるように見入ったし、欲しいという衝動を抑えきれなくて購入したのだ。実際に受け取ったときのこみ上げる感情について、未だに遊矢は答えを見つけられないでいる。

『なにぼうっとしてんだよ、遊矢。さっさと乗れって』

待ちかねたのか、隣で半透明な状態で実体化しているユーゴが先を急かす。あらかじめ想定しているコースには、ソリッドビジョンによるライディングデュエル用のレーンを想定した設定を構築済みだ。今までだったらこんな大規模なハッキング、一発で赤馬たちにバレてしまうからできなかった。このハッキングの源流はワンキル館のシステムだ。ガラパゴス様々である。この半年間、遊矢たちはこの隠れ蓑にお世話になりっぱなしだった。カードの情報がすべてあちらに流れてしまうことを意味しているが、背に腹は代えられないし、今のところ不気味なほど静観を決め込んでいる勢力まで警戒する必要は無いと踏んでいる。彼らが動くとすればそれはGODが出現したとその時だろう。

そういうわけで、びしゃびしゃと水を踏みしめて、遊矢はDホイールに乗り込んだ。

「わかってるって、ちょっと待ってくれよ。せっかちだなあ」

『遊矢がのんびりしすぎなんだっての。そろそろ仕上げねえとな』

遊矢が意識を失っていた間のライディングデュエル。蓮というデュエリストと、ユーゴにもしもがあったとき、を前提に話があったとき、相当の危機感があったのは事実だが、半年も経つとさすがに気分が緩んできてしまう遊矢である。ユーゴは先攻というハンデを与えられたにも関わらずかなりの苦戦を強いられたあげく、一度も優位に立つことができないままデュエルが中断という屈辱を受けたらしい。そのときの状況は下手につつくと熱弁するユーゴのスパルタな指導が加熱するため、遊矢はうかつに触れることができないでいた。ユーリもユートもユーゴの肩を持つから四面楚歌、3対1で遊矢のライディングデュエル技術の取得は満場一致で可決され、明確な温度差を自覚しつつも遊矢は懸命にユーゴの指導を受けた。

マンツーマンでつきっきりのライディングデュエルである。ユーゴ自身は蓮とのライディングデュエルで感じた絶望的な経験差とマシンの性能をデュエルのプレイングや自身の成長で補うことができるが、遊矢はそうもいかない。もちろんユーゴ自身蓮のデッキに対するメタの構築や走り込みに余念はなかったが、もっぱら遊矢の指導に時間を割いていた。初めこそ遊矢の実力と求める水準の落差にイライラが募り、上手くいかないこともあったものの、それなりに形にはなってきた。それはユーリもユートも認めるところである。

すさまじい水しぶきがあがる。水上を駆けるDホイールは、どんどん加速していく。

遊矢のハンドルを握る手が白む。すさまじい傾きにより、水しぶきが地下の天井にまで跡を残していく。豪快に方向転換した遊矢は大きく息を吐いた。

「やっとまがれたぁっ!」

『喜ぶのはまだはえーぞ、遊矢!もっと飛ばせ!気を抜いたら事故るぞ!』

「えええっ!?まだ上げるのかよ!」

『あのターンじゃロスがデカすぎるんだよ!もっと小さく回らねえと奴にはついていけない!奴は大きく曲がる癖があるんだ。そこを突くのは最低ラインだぜ、遊矢!』

「まっじかよ、もー!」

『しばらくは重点的にここを練習すっか』

「うげっ」

遊矢は嫌そうな顔をするが、ユーゴの中ではすでに確定事項らしい。遊矢の危惧したとおり、Dホイールに表示される本日の地下の特訓コースは、方向転換を要求する嫌らしいコースだった。ノルマとして宣言された特訓をひたすらこなし、気づけばもう1日が終わっていた。最近時間の流れが分からなくなってきたように思う。敵にバレないように地下に潜って訓練しているせいだろう、いつも出歩くのは夜ばかりだった。太陽をまともに見たのはいつだったか、ちょっと思い出せない。体調を崩さないでいられるのは、家主に無断で勝手に生活の拠点にしていても大家が見て見ぬふりをしてくれるからだ。遊矢たちがデュエルをすればするほど、所蔵できないカードのデータが蓄積されていく。それは大きな見返りなのだ、ワンキル館にとっては。それは正直ありがたかった。"城前"も"城前"で忙しいらしく、学校でもアルバイトでもないのに出かけることが多く、以外と顔を合わせる機会が無いのは少々気になるが、ライディングデュエル取得が急務な遊矢はそれどころじゃないのだった。

『しっかし、上手くなったよなあ、遊矢。最初の頃なんかスピード出すのもビビってたのによ』

「まあね!オレって褒められると伸びるタイプだし!ライディングデュエルって慣れてくるとなんか楽しいしな!」

『だろー?アドレナリンでまくりでやっべえだろ?へへ、わかるようになってきたじゃねーか!』

ユーゴはうれしそうに笑う。へばらずに笑う余裕があることが何よりの成長の証だ。

『さて、今日のおさらいと行こうぜ。事故るなよ』

「オッケー!じゃあもう1週といきますか!」

ユーゴがDホイールの後部座席に座る。精神体のため重さは感じないが、目視することができる遊矢にとってはそうではないのだ。後ろから遊矢のライディングデュエルの姿勢、車体の傾け方、スピードの出し方、細部まで慎重に見つめる。水路を二分する水しぶきはすべてユーゴをすり抜けていった。

Dホイールの加速が最高潮に達する。

「ユーゴ、どう?」

後ろを振り向くことができない遊矢は、さっきからずっと沈黙を保っているユーゴが無性に怖くなる。やばい、どっか教えてもらったことができなかったんだろうか。めっちゃ怒ってる流れじゃないこれ?下手に口に出したら集中しろと怒られそうで言えなかったが、さすがにここまで沈黙を守られると気になって仕方ない。一度呼んでみたが返事がない。さすがに水しぶきが大きすぎたのだろうか。遊矢は声を張り上げた。

「ユーゴ?」

『ん?』

「あ、怒ってない?すっげえ静かだからビビってたんだけど!」

『んだよ、人がせっかくあとからまとめて指摘してやろうって思ってたのに。そんなに駄目だしされてえならいってくれよな』

「うっわ、余計なこと聞いちゃった!」

『ご要望にお応えして、しごいてやっから覚悟しろ!』

「たんま、タンマー!オレそういうつもりでいったんじゃないってばー!」

矢継ぎ早に背後から飛んでくる指示に、ひえーっと遊矢は冷や汗を流す。これは本当に余計なことをいってしまった。せっかくこれで終わり、みたいな流れだったのに、これはもう1周、2周と増えていく深夜コースだ。やっちゃった、と数分前の自分を叱責しつつ、もはや後の祭りである。遊矢は泣く泣くユーゴの熱血指導を受ける羽目になったのだった。

(まただ)

ユーゴは唇を噛みしめる。

(また意識が飛んじまった)

拳を握る手が白む。この半年間、ユーゴは遊矢のライディングデュエルの指導に当たってきた。表に出て精神体として側に居る時間が長くなり、自覚できてしまっている。初めこそ一瞬だった。次第にそれは長くなり始めている。意識が飛ぶ、意識が消える、存在を自覚できなくなる、言葉にするのは難しいが、気づくたびにぞっとする恐怖がわきあがってくる。その繰り返しだった。おそらくこの兆候をユーリもユートも感じているから、ユーゴの過剰とも言える指導の肩を持つのだ。原因はわからない。わかったところでこれを阻止できるとは思えない。そうなってしまう前に自分にできることは何だ、と自分に問いかけたとき、ユーゴにできるのはこれしかないのだ。

(まだまだ教えたりないことが多すぎる。もっと、時間が・・・・・・)

「うわっ、なんだこれ?ユーゴ、これ何の反応?」

遊矢の声にユーゴは身を乗り出す。

『どーした、遊矢』

「さっきから変なの映ってんだけど、なにこれ?」

ユーゴは目を見開いた。

『これはDホイールの反応!誰だ?!』

「えっ、えっ、まさか蓮ってやつ!?オレたちの場所、バレた?!」

『いや、んなわけねえ!何のためにレオ・コーポレーションのシステム封印したと思ってんだよ!あいつらはレオ・コーポレーションのソリッドビジョンで場所を特定してた。オレたちの場所を特定する方法はねえはずだ』

「でもワンキル館が手を貸したら?」

『俺達の情報を餌にカードデータをってか?いや、それはねーよ。館長も"城前"も言ってたじゃねーか、あっちがそんなことするのは俺達の利用価値がなくなった時だって。まだ早い』

「じゃあ誰だ?」

遊矢たちのざわめきをよそに、正体不明のDホイールの反応はどんどん遠ざかっていく。まるで興味は無いとでもいいたげに、遊矢たちが走行を予定しているコースを走り抜けていくのがモニタに表示されていた。ますます疑問符が飛んでいく。遊矢たちに、きっと相手も気づいているはずだ。Dホイールを持っている人間を遊矢もユーゴも蓮しか知らない。20年後の世界ならば、"城前"の前任者が使っていたはずだが、彼はこの世界にはいない。

「どうする、ユーゴ」

『いけるか、遊矢』

「まっかしといて、絶対追いついてやる!」

ライディングデュエルに魅せられ始めていた遊矢は、二つ返事でうなずいた。





prev next

bkm
[MAIN]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -