番外編 愛弟子の憂鬱
「城前兄ちゃん、準優勝おめでとー!世界で二番目に強いんだよね!すごいや」

「お、さんきゅー。がんばったぜ」

「ネットで見たよ!すごかったね!」

「まーな!ナオにはうれしい世界大会だったんじゃねーの?《青眼》使う決闘者一杯いたし」

「うん!《アークブレイブ・ドラゴン》使ってる人一杯居てうれしかったよ!」

「あ、その様子だと決勝戦はおれじゃなくて相手応援してただろ、ナオ」

「えっ!?そ、そんなことないよ!?」

「だって《アークブレイブ・ドラゴン》使えるのは《青眼》だけじゃねーか。おれが苦戦した相手ばっか」

「う、だ、だってえ。ボクのエースだもん」

「まあ、ナオにおすすめしたのはおれだし。おれの用意したメタに対する回答が《アークブレイブ・ドラゴン》なのは想定してたからいーけどよ。ちっとはおれのこと応援してくれよ」

「応援したよー!」

「ほんとかよ」

「ほんとだよ!学校でみんな言ってたよ、城前兄ちゃんすごいねって。《ライトロード》かっこいいねって。《妖精伝姫シラユキ》ってかわいいのに強いねって。使いたいって。ボクうれしかったよ」

「とかいって《青眼》つかってみたいなーって思ったんだろ?」

「お、思ったけど、城前兄ちゃんのことも応援したもん!もー、城前兄ちゃんの意地悪!」

「あはは、ごめんごめん。怒るなよ」

拗ねてしまったナオの頬をふにふにすると、くすぐったいのかすぐにへにゃりと笑う。くすぐられそうな気配を感じ取ったのか、あわてて離れた。そして警戒するように城前を見上げる。こちょこちょ、と指だけ動かすと、高い笑い声を上げながら逃げていく。ちょっと離れて様子をうかがうナオとカバディもどきの攻防ののち、ちょっとつかれた二人は遊ぶのをやめた。


「なあ、ナオ」

「なに?城前兄ちゃん」

「ナオじゃない誰かがナオの体つかってデュエルするって、思ってる以上にきついんだな。気づいてやれなくてゴメン」

「なにかあったの?」

「あーうん、まあな。それでひとつ聞きたいんだけどよ」

「うん」

「あのとき、ナオじゃない誰かの思い出とか、思ったこととか、流れてきたりしたか?」

「え?うーん、どうだったかなあ?ボク、何にも聞こえなくてね、見えなくてね、真っ暗なのかもわかんないところにいたんだ。寝てたのかな。怖いとか、何にも思わなかったんだよ。でもね、城前兄ちゃんがボクのこと呼んでくれたでしょ?返せって怒ってくれたでしょ?そのとき、初めてボク、ナオだって思い出したんだよ。城前兄ちゃんが思い出させてくれたんだ。それでね、周りが明るくなって、城前兄ちゃんとデュエルしてるボクを後ろから見てたんだ。変だよね。でも、やだったから、返してって一生懸命いってたら、もとのボクに戻れたんだよ。だから、ボクの中にいる誰かのことは、あんまりわかんないや」

「そっか」

「城前兄ちゃんは分かったの?」

「どうだろうなあ」

「えー」

不安げにナオは城前を見上げる。

「ねえ、城前兄ちゃん、なにかあった?大丈夫?」

「どうしたんだよ、いきなり」

「だって、城前兄ちゃんの声、前よりすごくはっきり聞こえるよ?」

「えっ、まじで?」

こくん、とナオはうなずく。

以前は波長の合わないラジオのように、ひたすらノイズが混じり合う雑音の中、時折はっきりと聞こえてくる程度だと言っていたはずだ。目を閉じて耳を澄ませて意識を集中させないと聞き取れないほどのものだったと聞いていた城前は、どれくらい?と聞いてみる。

「蓮さんて城前兄ちゃんの友達?ボクとどっちくらい友達?」

「・・・・・・なあ、ナオ、それって声なのか?おれの声?」

「うん、そうだよ?」

「そっか。聞こえちまったもんはしかたねーな。みんなには内緒な」

「うん、男と男の約束!」

「あっはっは、そうだな」

くしゃくしゃになでた城前は、笑う。

「しっかしなんでいきなり聞こえるようになったんだろうな?」

「わかんない」

「おれだけ?」

「うん、ここまで聞こえるの、城前兄ちゃんだけだよ」

「そっか。うーん」

城前は考え込む。

城前の大きな変化と言えば、世界大会の準優勝に輝いたことでメディアの露出が増えたこと。ライディングデュエルの練習を蓮の指導の下行っていること。それぐらいである。素良がナオの精神を乗っ取り、シンクロしてしまうという事故があったことで、おそらくナオはサイコデュエリストの片鱗が開花してしまった。蓮が言うには似たようなことをしている、ライディングデュエルの練習。だが城前はサイコのサの字も芽生える気配はなく、ちょっと残念に思ったのは事実だ。才能がなかったということだろう。霊感だってからきしなのだ、想像はできていた。

「ナオはなんかあったか?」

「ボク?ううん、ボクはなんにもないよ。黒田兄ちゃんとお兄ちゃんのお祝いでね、みんなで食べに行ったんだ。城前兄ちゃんも来たら良かったのに」

「まじかよ、もう済ませちまったのか?はえーな」

「おいしかったよ、ケーキ。××ってとこのケーキ。城前兄ちゃんいったことある?」

「うっわ、こないだできたとこだろ。まだいってねえよ、ずりーな、ナオ。おれだけ仲間はずれすんなよ。気になってんだよなー。そっか、なんもねーか。やっぱおれのせいかな、うーん?そーいや、声が聞こえるだけか、今んとこ。カードからモンスターが出てきちゃったりしねーんだ?」

「えっ、そんなことできるようになるの!?」

ナオはきらきらした目で問いかけてくる。

「できる奴を見たことあるけどさ、うーん、やめといた方がいいぜ?いつ出てくるかわかんねーし、どうやって戻るかわかんねーみたいだったし。いきなり《アークブレイブ・ドラゴン》がナオの部屋ん中で出てきたらやべーだろ?」

「ボクの部屋?」

「そ、ナオの部屋。カードに触っただけでカードからモンスターが出てくるんだ。教室とか、自分の部屋とか、デュエルしようってなったときならまだいいぜ?でもデッキ作ろうってしたときに出てきたらどうする?あとはカード落っことしたときとか」

「うわああ」

想像したのだろう、繰り広げられる大惨事にナオは大げさなくらい青ざめた。ナオのデッキは《巨神竜》、文字通り巨大な竜たちのデッキである。実体化したら大騒ぎになることは日の目を見るより明らかだ。突然現れた怪獣に街がぐちゃぐちゃにされて、それをやっつけるヒーローモノがすきな年頃でもある。想像するのはたやすかったらしい。

「どうしよう」

「声が聞こえる以外はなんもねーんだろ?」

「うん」

何度も頷くナオに、じゃあ大丈夫だろ、と城前は笑う。

「なんかあったら教えてくれる約束だもんな。連絡なかったってことは、おれと会うまではそんなに心の声がめっちゃ聞こえるなんてなかったんだろ?ならへーきだって。おれがナオに嘘付けなくなるだけで」

「えっ、城前兄ちゃん、ボクに嘘つくの?」

「つかねーよ」

「黙ってることも一緒だよ!」

「おいこら、さっそく有効活用すんな」

「だって城前兄ちゃんの声、目をぎゅっとしなくても聞こえるもん」

「おいおい、まじか。そこまでいくとデュエルできなくね?」

「えっ」

「だってそうだろ、相手のやりたいこと丸聞こえじゃねーか」

「だ、大丈夫だよ、だって離れたら聞こえないもん。あのとき、これくらい離れたけど、もう聞こえないモン」

「ほんとかー?」

「ほんとだよ!これくらい離れたらデュエルできる距離だから大丈夫だよね?ね?」

「んー、そうだな。じゃあデュエルしようぜ、ナオ。ほんとか確かめてやるよ」

城前の挑発に、ナオはほんとだよー!と叫んで、デュエルに応じる。

これが終わったら、ワンキル館にある専門部所にナオを見てもらわなくてはならない。この時代にはあるまじき技術力を備えているワンキル館の研究機関は、サイコデュエリストについての研究がかなり進んでいる。おそらく城前の知る中でナオの現状についてもっとも詳しい人間がいる場所だ。心の声が聞こえる、それはマインドスキャンに似た決闘者に最も警戒される力だ。初心者のナオがその力をうまくコントロールできなければ、だれもデュエルをしなくなってしまう。それだけは駄目だった。ナオの現状はある意味城前が招いた事態でもある。できるかぎりの協力は惜しまないつもりである。

ナオは城前を呼んだ。

「ね、城前兄ちゃん。ボクはね、城前兄ちゃんにデュエル教えてもらえたらそれでいいんだよ?だからね、気にしないで?」




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