城前が反応したDホイールの基準がよくわからない蓮である。
ライディングデュエルのルールは、アクションデュエル導入前、もしくは導入直後の時代に試行錯誤を繰り返した時代のものについて詳しい。蓮が現役として活躍したのはもっと後の時代に策定されたものであり、ユーゴもなじみ深いものだった。Dホイールもかねがね同時期に流行したものに対して知識が偏っている。蓮ですらレプリカしか入手ができなかったモデルについて聞きたがったりする時点で、相当マニアの類いなのだろうと思っていたのだが、どうやら城前の世界ではデュエルモンスターズはテーブルデュエルが主流であり、デュエルディスクそのものが存在しない世界だという。あまりにも歪な知識だ。そもそも存在しないデュエルをどうやって楽しんでいたというのだろう。もしかしたら、別次元のデュエルモンスターズについて知識を得る手段が確立していたのだろうか。それならば転移する方法も発展していそうだが、発想はあるのに城前は持っていないし方法をしらないという。こういうものはないか、と提案はいろいろされるのだが、城前がもってないと明言している。知識と持っているものの乖離がありすぎる。話を聞けば聞くほど、城前の世界のことがよく分からなくなる蓮である。
なにせ、蓮の時代に発売されたDホイールの一部モデルについて、異様に食いついたのだ。ユーゴが乗っていたDホイールはもちろん、蓮の愛用しているもの、反応を見るために幾つか見せてみたのだが、城前が反応したのは少数しか製造されず蓮がレプリカしか入手できなかったものだ。なぜか城前は希少価値の高いDホイールばかり反応する。もしかしたら、城前にライディングデュエルの知識を与えたのは、そんな愛機をもつデュエリストなのだろうかと予感すら沸いた。伝説とまで言われたチームがあったのだ。蓮が活躍したのはさらに時代を下るため彼らの伝説は伝聞でしか知らないが、城前に聞けばまるで見てきたかのように話す。
城前の極端に偏る知識を聞いていると、次第にその頭の中が気になってきた蓮である。
その好奇心を合法的に満たすため、城前にライディングデュエルの指導という餌を出す。城前は予想通り食いついた。
「これがいいのかい?」
「えっ、マジでいいのかよ」
「この私を持ってしてもレプリカしか手に入らなかったからね。君が乗りたがるのもわかるよ」
「まじか、まじか、マジでレアなんだな。貸してもらえるなら乗りたい!」
「なら、練習あるのみだ。壊されでもしたら困る。これは私の時代でしか入手できないものだったからな。万が一壊されたら直せない」
「わかった、なにすりゃいい?」
「そうだな、まずはライディングデュエルに必要なデッキの構築だ。知っての通り、ライディングデュエルの先攻後攻はDホイールの走行位置で決まる。君は先行デッキが得意なようだが、私とデュエルするなら後攻デッキにしたほうがいいよ」
「あー、そっか。りょーかい。後攻からでも戦える構築にしとく」
「ああ、そうしてくれ。いつも後攻から始めるのは私もつまらないからな。アクションデュエルは先行するDホイーラーが得られる。後攻はそういった恩恵が受けられないから注意だ。シティチャンピオンだったユーゴはともかく、君は本当に初心者だからな。後攻を前提に組んだらいい。さいわい、プロの常套手段であるソリティアによる焦燥戦法を君はすでに取得しているからな、それをライディングしながらできればきっと君は強くなれる」
「さらっというけど無茶ぶりじゃね」
「この私とデュエルしたいと言ったんだ。それなりにモノにしてもらわないと私が困るんだ。生半可な覚悟で入ってくるつもりじゃないだろう?ライディングデュエルの世界にね」
城前は冷や汗がたらりと伝う。ライディングデュエルに対する意識の高さは垣間見ていたものの、まさかここまでとは思わなかった城前である。
「オートマじゃだめだよな」
「あたりまえだろう、マニュアル一択だ」
「ですよねー!え、まじでどうやんの」
「さいわい、この世界は私の時代と同じ練習方法が使えるからな。城前にはまずライディングデュエルの体感をしてもらおう」
「というと?仮想現実にいくとか?」
「もちろん。ついでに私の世界で行われていたデュエルシミュレーションでも体感してもらおうか」
「運転免許んときにやったやつみたいな感じか?」
「まあ、似たようなモノだよ」
蓮は城前のデュエルディスクにデータを送付する。これをアクションフィールドとして展開するよう指示され、言われるがまま城前は設定を行った。蓮にライディングデュエルの大会の様子を見せてもらったことがある城前である。その会場を再現していることがすぐにわかった。
「君はこれに乗りたいんだったね」
蓮はカスタマイズの設定をしてくれた。もともと用意されていたDホイールが一瞬にしてべつのものになる。
鳥のくちばしのように尖った頭、前輪は走行時は収納されているが、今は駐車されているため黄色い小さな車輪が支えている。人目をひくのはその後ろに設置された黄色いラインが入った巨大な後輪だろう。走行時はこれが主な駆動となる。蓮の時代のDホイールということは、未来の技術が盛り込まれているのだろうか、呼んだら来るとか、長年海に放置されても錆びずにフジツボもつかずに綺麗だとか。蓮の持つこのモデルはレプリカモデルであり、オリジナルである黒や赤は入手困難だったらしい。ヨーロッパチャンピオンが手に入れられないなら仕方ない。レプリカをもっていること自体驚愕に値するのだ、きっと。目の前にあるこのDホイールは白だ。黄色のラインが美しい。なおさら修正テープをDホイールにしたような奇抜なデザインだが、城前は内心に留めた。もともと既存のバイクの常識に全くとらわれない奇抜なデザインだったのだ。これはこれでかっこいい。レプリカとはいえ、どこぞのTG使いが使っていたものと寸分違わぬモデルである。どっちかというと女体化したどっかの女性の愛用していたDホイールに近い気がするが、どっちだっていいのだ。
「なんていうんだ?」
「アルファ・ホーク、と呼ばれていたよ」
「へえー」
女性Dホイーラーの相棒と姉妹機だろうか。かっこいいなあ、と城前は笑う。
蓮に簡単な走行方法を教えてもらう。当然のようにノーヘルで行こうとする蓮に、頼むからヘルメットくださいと城前はお願いした。城前はバイク乗りだがDホイーラーではないのだ。その必死の嘆願に、それもそうか、と蓮は投げてよこしてくれた。よかった、あるんだ。どこぞのDホイーラーが使っていたんだからない方がおかしいのだが、アークファイブだとノーヘルだった気がするし、ちょっと不安だった矢先である。ほっとした城前はヘルメットを装着した。
「では、いこうか」
「えっ、練習なしでいきなりかよ、さすがに無理じゃね」
「だから言ってるだろう、ライディングデュエルを体感してみようと」
蓮は先を促す。わけのわからないまま、城前はDホイールにデュエルディスクをリンクさせる。城前は一瞬強烈なめまいに見舞われた。ぐらりとゆがんだ視界にたまらずうずくまる。しばらくすると奇妙な感覚が城前を襲った。蓮はすでに愛機に乗り込み、城前を待っている。
「慣れたようだね。気を楽にするといい」
「えっと、あれ、え?」
体が勝手に動く。乗ったこともないはずのDホイールに乗り込み、蓮に口答で説明された通りの行動を取り始める。問題なくエンジンはかかり、蓮は先に走り始めた。城前の体は勝手にそれについていこうとDホイールを操作する。なんだこれ!?
『こんばんは。独立型支援ユニット アルファです。操作説明を行いますか?』
「うおっ、しゃべった!?AIかなんか?」
「さすがにいきなりマニュアル走行してもわからないだろう。操作説明は一通り受けるといい」
『そこらへんのAIと一緒にしないでください。操作説明を行いますか?』
「おう、よろしく。ってそうじゃねーよ、蓮!なんだよ、これ!?」
「君の友達を素良がハッキングしたことがあっただろう?それと同じことをしているだけだ」
「えええええっ!?ちょ、蓮、おれやるっていってねえ!」
「シミュレーションをやるといっただろう?」
「おれが想像してるのと全然違うんだけど?!」
「なに、ここは所詮仮想現実だ。いくら練習したところで睡眠学習と変わらない。君は怪我したところで恐怖心が残るだけだ」
「痛くもかゆくもねーってか、すげーなそれ」
『痛いです』
「こいつ、痛いっていってるんだけど、蓮!?」
「君は仮想現実にアバターで来ているだけだ。Dホイールは実体化する際にデータを転送してるからな、AIの記録にはクラッシュの記録は残るんだ」
『そんなこと言われるとできなくなるじゃねーか』
「だから気を楽にするといい。その感覚をものにしてからアクションデュエルを始めた方がきっと早く上手くなれる」
「ほんとに大丈夫なんだろうな?!」
「もちろん。君が体感しているのは、このレプリカの前の持ち主のデュエルディスクのデータだ。私の知る中でも突出した技術力の持ち主だった。だから安心するといい。彼は一度もクラッシュしたことはなかったからな」
はっきりと宣言する蓮の言葉に、今は失われた時代の友人のことを言っているのだ、と察した城前はそういうことならと意識を集中させた。
「なあ、AI切ってもいい?集中できねえ」
「慣れるまでは素直に聞くんだな」
「えー」
ぼやきながらも必死でその感覚を会得しようとあがいている城前だが、どんどん加速していくスピードにだんだん口数が少なくなっていく。真顔になっていく城前の心拍数と脈が上がっていると冷静に伝えてくるAIにうるせえと城前が怒鳴り返すのが聞こえる。怒鳴る余裕があるならまだいけそうだなと言葉を投げれば、ぎゃーという声が聞こえる。今は城前のアバターをこのDホイールの持ち主が借りて走行している状態だ。いくら城前が止まってくれと叫んだところで、止まるわけがない。チューニングの段階に過ぎない走行練習だ。精神ばかりが疲弊していくものの、数日経てばそのうち慣れてくるはずだ。AIの言葉に耳を傾けるだけの余裕ができるまではしばらくはひたすらこの練習である。始めこそぐったりとしてしまうだろうが、こうやって慣らしてしまえば仮想現実で実際に走行する練習をしたらその慣れに気づけるはずだ。転倒しないかという無駄な恐怖をなくすことから始めなくてはいけない。
ようやく周回を終えた城前の体はDホイールから降りた。
「どうだった」
ようやく自由になった城前はその場に崩れ落ちる。蓮は城前を見下ろした。
「おかしい。ぜってえおかしい。なんでおれ平気なんだ。たちの悪いジェットコースターじゃねえか、あっれー?」
「君は車を運転するとき酔うのか?」
「あー、そういう?って、んなわけあるか、いくらなんでもおかしいだろ?!」
「シミュレーションだといっただろう?五感をそのままアバターに投影するほど、私はスパルタじゃないよ」
「そ、そう、いうもん?」
「そういうものだ」
「未来ってすげー」
実際は城前の五感をハッキングして、必要な部分だけつないでいる状態なのだとはいわない。蓮の本命は城前がこの練習をしている間、堂々と脳内ハッキングを行うことなのだから。そうともしらない城前は無邪気に笑っている。
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