スケール1 ニューヒーロー
世界大会に向けた最終調整のため、ワンキル館の研究施設の一角で一人黙々と自分に課したノルマをこなしていた城前は、顔を上げた。インカムに走る不自然なノイズがAI管理をしているスタッフとの連絡手段を遮断する。スタッフは鏡越しにこちらの様子を目視できるはずだが、こうもぷつりと音声が途切れると、おそらく外部との通信手段もたたれてしまっているのだろう。電子機器にセキュリティを任せているこの場所である。おそらく城前が開けようとしてもあの扉は開かないだろう。誰かがハッキングを試みたのだ。ソリッドヴィジョンが展開されている以上、ここにいるのは実質城前だけだ。ここ最近ワンキル館ハッキングされすぎじゃね、と思うが、ファントムと会わずに城前に接触したい人間なのだろうと予測はできた。始めこそ追い出そうとしたのだ。でもファントムのカード情報が欲しいからとまさかの館長からのOKである。施設区には入るなと言う誓約の上とはいえ、とんだフレンドリーファイアをかまされてしまったものだ。ワンキル館の居住区はファントムの領域である。城前に接触するなら自動的に施設内で世界大会に向けた、デッキ構築に余念が無いデュエルブースになるだろう。

城前が振り返ると、どこから入ってきたのやら。仮面の男がDホイールを押しながら入ってきた。毎回違うDホイールをもってやってくる蓮である。自慢したいのだろうか。それとも初めてDホイールをみた城前が遊星たちがのっていたバイクのモデルはないのか、と軽率に聞いたのが駄目だったのだろうか。蓮の世界ではかなりの希少種に属するバイクたちだったようで、ライディングデュエルにやたら詳しいのもバイクが好きだからと好意的に受け止められてしまったようだ。間違ってはいない。人より少しだけバイクが好きなのは否定しない。

「朝から精が出るな、城前」

「人より仕事が遅いもんでね。さーて、何の用だよ、蓮。こっから先に行こうってんなら相手になるぞ」

このエリアの深部には地下に続く道がある。蓮は静かに首を振った。

「世界大会に向けた調子はどうだ?」

「どうもこうも、ペンデュラムがないこの世界で、あのカードプールだぜ?《青眼》組めっていってるようなもんじゃねーか。こっちにも《青眼》フリークが居たんだな」

見ろよこれ、と城前は対戦相手に持たせているデッキを開示した。

「《EM》の影に隠れてはいたけど、ぶっちゃけパワーデッキに機動力とサーチ持たせたら強いに決まってんだよ。ただでさえ、専用の魔法罠が豊富すぎるってのに。組めるならおれだって組みてえよ、《青眼》。《征竜》んときもかじったし、《カオスドラゴン》でも使ったからギミックは知ってるしさ」

「ならなぜ組まないんだい?」

「今から組んでたら間に合わねえからだよ。どんだけ金飛ぶと思ってんだ。あーくそ、《青眼》が海外テーマじゃなかったらもっと安価で入手できるかもしれねえのに!」

発売した環境で圧倒的な強さを発揮した海外テーマが上陸時にそのレアリティが格上げされたり、特別な大会でしかキーカードが入手できないというのはよくある話だ。城前の場合は、後者だった。《青眼》に必須級のキーカードの入手法は、今のMAIAMI市の流通事情を考えると法外な値段がつけられているカードの入手しかないのだ。なにせその大会が行われたのは、城前がこの世界にやってくるもっと前。ワンキル館に所蔵されているものもあるのだが、1枚しかない。3枚は必須のキーカードが1枚。どうあがいても構築は不可能だ。
「《SR》も《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》も使っちゃ駄目とか、なんでおれだけこんなにハードモードなんだよ」

「《帝王》を組む選択肢はないんだな」

「《青眼》にワンチャンあるのは《帝王》なんだけどねえ」

たしかに今のMAIAMI市で人気のテーマのひとつは間違いなく《帝王》だ。ワンキル館で沢渡が使用したことで注目度が上がり、赤馬零児がレオ・コーポレーションから姿を消したことで、ようやく海外よりもあまりにも遅いタイミングでの流通となった。カードの流通は入手のしやすさとシングルでの値段に直結する。人気のテーマはなかなか値段が下がらない。遅かった事情を知る城前としては、咎める気も起きなかった。《帝王》はそれだけで構築が完結するテーマだ。新規で買うにはすべて用意しなければならない。《帝王》は海外テーマ故にレアリティが格上げされたことで全体的に1枚1枚のカードが高いタイプだった。エクストラを用意しなくていいのはありがたいが、城前は食指が伸びないらしい。

「《青眼》ならおれの持ってるカード入れられるけど、《帝王》はその余地がねーからな。これだけは譲れねーんだわ」

「そうか。たしか君は元の世界のカードを入れる縛りをしていたんだったね」

「そーいうこと。だからま、どこまで行けるかわかんねーけどがんばるぜ。さいわい、元の世界でみたことあるカードばっかだからな。懐かしすぎて涙がでてくるぜ、くっそ」

一月たつごとに新しいテーマが出現し、次々と環境が上書きされていく、超インフレ時代。《EM》もその長きにわたる蹂躙の歴史から追放される宣告が刻一刻と迫ってきていた懐かしの環境を彷彿とさせるテーマとデュエルすることになりそうだと城前はぼやいた。だからこそ気合いがはいるのだ。もし初戦で敗退することになれば、1年離れていたことで実力が堕ちたことになる。それだけは嫌だった。でも、とも思う。

「あーもう、はやく《EMオッドアイズ魔術師》でデュエルしてーよー!」

そうなのだ。この世界大会という夢のような悪夢の舞台が終われば、きっと城前は1年間我慢を強いられてきた期間からやっと解放される。やっと報われる。好きなカードで好きなデッキが組めるというあたりまえを行うことができる。この世界の遊矢は城前の知らない《EM》や《オッドアイズ》も使ってきた。城前の組んだデッキは数多のキーパーツの規制から、なんの皮肉かアニメの榊遊矢のデッキ構築ともっとも近いと言われているデッキ内容なのだ。あのデッキで遊矢とデュエルできたら、それはきっと楽しいものになる。相手にどう思われているのかは別としてだ。

蓮は笑った。

「ほんとうに君はデュエルが好きなんだな」

「そりゃもう。今のおれにはこれしかねーからな。相手気にしなくていいって素晴らしい。《SR》入れてやろーかと思ってるよ」

「《ライトロード》に《SR》か」

「ユーゴに怒られる気がするけどな、会ったことねーけど。テキストみりゃわかるだろ。手札1枚で《彼岸の旅人ダンテ》立つとか強すぎか。さーて、じゃ、おれはそろそろ《青眼》対策目指してがんばるよ。で?そんな雑談しにきたのかよ、蓮?」

「いや、なに、君があれだけデュエルしろとうるさいからな。結果を残したら考えてやろうと言いに来ただけさ」

「まじで!?なんの風の吹き回しだよ、もしかして蓮ってツンデレ?」

「なぜそうなるんだ。その気になるのは早いぞ、城前。私は君が結果を残したらといったんだ」

「蓮がデュエルしてくれるってことは、ライディングデュエル教えてくれるってことだろ!?そんなの言われなくてもわかるっての!よっしゃがんばるぜ、俄然やる気がでてきた!さんきゅー!」

満面の笑みを浮かべて城前はAI相手にデュエルを再開した。

末恐ろしいな、と蓮は思う。

蓮がその方向性を軌道修正したのは、イブの言っていたデュエルありきの思考回路という言葉がようやくわかったからだ。夢を見ているとでも思っているのだろうか。デッキひとつで世界に放り出され、いろんなデッキのデータを収集することを所属する組織に求められているとはいえ、そこに自由意志はあるはずだ。城前はまだそこまで所属する組織の深淵には入り込んでいない。片足突っ込んだら帰れなくなると本能的に察しているからだ。デュエルすることを求められているとはいえ、世界の命運をかけた闘争にデュエルができるかどうかを基準に身を投じようとしている。あまりにも身軽だ。蓮は自分が善だといいはる気概はないが悪だと自嘲する性分でもない。やるべきことがあるからやるだけだ。それでも蓮から見た城前は自分で自称するとおりの中立だった。遊矢と共に奮闘する機会があると思えば、捕獲部隊に荷担する機会もあり、そして蓮と交流を深める機会もある。何も考えていない、八方美人というよりは、デュエルさえできればなんでもいいのだ、城前は。元の世界に帰るという第一目標の前には、この世界の命運など正直片手間に考えている気配すらある。蓮にこうして好意的なのも、イブが転移装置などのオーバーテクノロジーを持っており、現状城前の悲願を叶えるにはもっとも近い組織だからに他ならない。それが達成し得ないとわかったら城前はあっさり手を引くだろう。

そもそも、城前が今相手をしているのは、城前の思考を読み取ったAIが再現している、かつての環境の人間達なのだ。その完成度は正直ワンキル館の広告塔として設定されるはずだったAIの性能を向上させ続けている。それをみて、蓮は思ったのだ。城前がデュエルをする機会が増えれば、ワンキル館の研究は進み、AIも強化されていく。それはきっと悪い話ではない。時間が無い上に、幾度も悲願達成のためループを繰り返し、最初の記憶の補完が目的だと気づいてしまった蓮たちにとっては、特に。




そして今、蓮は城前の見立て通り、参加者の大半が《青眼》という世紀末環境を目撃している。蓮が今年の世界大会が見応えがある展開になったのは《青眼》のミラーマッチという、弱点をお互い熟知した決勝戦が一瞬で決着がついてしまう試合が少なかったからだろう。《ソウルチャージ》をひいたものが勝つ、そんな試合を誰もが予想していた中、いい意味で裏切ってくれたのが城前だったからだ。




相手はなにもしなかった。きっと、城前の出方を伺っているのだ。ほとんどがミラーマッチという現状のなか、《ライトロード》や《マドルチェ》といったデッキは地雷デッキにもにた脅威である。様子をうかがうのは当然だが、それは封殺デッキに特化した城前の《ライトロード》には悪い手だった。城前は《妖精伝姫シラユキ》を落とすこと、に特化したデッキである。後攻は拾えればいい、程度にしか考えていない。そんな相手に実質先行を与えたも同然だった。

後攻は城前だ。魔法を発動し、デッキを回す。手札がどんどん増えていく。《ライトロード・サモナー・ルミナス》の効果を発動使用としたが、相手は《エフェクト・ヴェーラー》を手札から墓地に捨て、その効果を無効にする。城前はさらに魔法を発動し、手札を増強する。《ライトロード・サモナー・ルミナス》の直接攻撃がとぶ。ライトロードにはあるまじき罠が伏せられた。

そして相手は動いた。魔法を発動し、手札を増強。《銀河戦士》を墓地にすて、表側守備表示で2枚目の《銀河戦士》を特殊召喚。そして、《ドラゴン・目覚めの旋律》を発動。手札を1枚捨て、攻撃力3000以上で守備力2500以下のドラゴン族モンスターを2体までデッキから手札に加える。彼が手札に加えたのは《青眼の白龍》だ。そしてそのカードを開示し、手札から《青眼の亜白龍》を特殊召喚。そして、《青眼の白龍》を墓地に送り、もう1体の《銀河戦士》を表側守備表示で特殊召喚した。2体のレベル《銀河戦士》でオーバーレイネットワークを構築、《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》がエクシーズ召喚された。

城前はすかさず罠カード《迷い風》の発動を宣言。効果は無効化され、攻撃力が半分になってしまった。すでに攻撃表示を選択した後である。棒立ちのかかしができた。しかし相手は止まらない。相手はデュエルモンスターズの世界大会において、2度の世界大会進出と1度の入賞を果たしている強豪である。緊張の余りプレイングミスも多々あるこの環境において、冷静に戦況を見極めている。

《復活の福音》を発動、墓地にある《青眼の白龍》を特殊召喚した。そしてレベル8の《青眼の白龍》《青眼の亜白龍》でオーバーレイ、《No.107銀河眼の時空竜》とエクシーズ召喚、さらに再オーバーレイ《ギャラクシーアイズFA・フォトン・ドラゴン》を特殊召喚。エクシーズ素材を使用し、城前のモンスターを破壊。さらに《No.95ギャラクシーアイズ・ダークマター・ドラゴン》を特殊召喚。デッキからドラゴンを3体墓地に送り、城前のデッキからモンスターを3枚除外を宣言したとき、城前は動いた。デッキからカードを7枚除外し《妖精伝姫シラユキ》を特殊召喚。裏側守備表示を強制することでワンショットを免れた。そして城前の手札には《裁きの龍》が握られる。


エンドフェイズ、墓地にある《太古の白石》のモンスター効果が発動、デッキから《青眼の亜白龍》を特殊召喚したが、一度回り始めた城前の展開は止まらなかった。どんどんデッキを回し、手札を増やし、突破口を模索する。かつて城前が使っていた《征竜》というテーマが世界を包んだ時代には、《クリムゾン・ブレーダー》を通した方が負けだったらしい。それは今回も同じようだ。二体目の《妖精伝姫シラユキ》の効果で裏側を強制された《青眼の亜白龍》を城前の《クリムゾン・ブレーダー》が破壊したことで、次のターン、相手はレベル5以上のモンスターの召喚、特殊召喚を一切許されなくなった。そして、コントロール奪取されるくらいなら、と《裁きの竜》以外フィールドが焼け尽くされる。しのいだとしても、次のターンは回ってこない。このとき相手は《ドラゴン・目覚めの旋律》をひいたらしいが、後の祭りだったとのちのインタビューで悔しそうに話していた。


城前はひたすら食い下がった。そして準決勝はもつれにもつれ、3戦目に突入した。《帝王》と《青眼》の準決勝も似たような流れとなる。結果として、見応えあるデュエルになったのだろう。まさかの《ライトロード》決勝進出である。


そして、二度目の《青眼》使いとのデュエルを迎えた城前である。ここまでくるともう、いいカードが引けるかどうかの勝負になってくる。


相手は魔法で手数を増やす。墓地にある《太古の白石》を除外し、墓地にある《青眼の亜白龍》を手札に加え、手札の《青眼の白龍》を開示して《青眼の亜白龍》を特殊召喚。そしてすかさず《トレード・イン》を《青眼の白龍》をコストに発動、デッキからカードを2枚ドロー。そして《エフェクト・ヴェーラー》を召喚。レベル1の《エフェクト・ヴェーラー》にレベル8の《青眼の亜白龍》をチューニング、レベル9《青眼の精霊龍》を守備表示でシンクロ召喚した。このモンスターがいる限り、お互いに2体以上のモンスターを同時に特殊召喚することはできなくなった。この瞬間に城前の得意なソリティア展開が封殺されてしまう。《ライトロード》と《青眼》、そのパワーの差が如実に表れてしまう展開となった。

城前のターンである。除外しようとしたモンスター効果を止められてしまう。なんとか《青眼の精霊龍》を墓地に送ったが、相手は《青眼の精霊龍》をリリースすることでモンスター効果が発動。エクストラデッキから《蒼眼の銀龍》を表側守備表示で特殊召喚した。その打点を突破できないまま、ターンを渡してしまう。

そして相手は《ソウル・チャージ》を発動。墓地にある4体のモンスターを特殊召喚した。ライフは鉄壁となるが、エクシーズモンスターはランクアップして《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》となる。モンスター効果により城前のモンスターをエクシーズ素材に吸収。レベル8のドラゴンたちで《No.38希望魅竜タイタニック・ギャラクシー》をエクシーズ召喚。エンドフェイズ時のデメリットを踏み倒していく。

城前にとっての最終ターンが回ってきた。魔法を発動しようとするが無効にされる。もう、なすすべはなかった。

次の勝負は先行を得たことで、先手必勝とばかりにソリティアを駆使してモンスターを並べていく。いくら《青眼》のようなパワーカードでも片っ端から展開の起点を潰されてはなすすべがない。ほんの数ターンで全ては終わってしまう。

そして、最終決戦。おそらくメタとして投入したと思われる《魔封の芳香》がぶっささった展開となった。《ギャラクシー・サイクロン》といった対策カードを引くことができないまま、高い打点を突破するための布陣を整えることができない。そのままパワーで押し切られる。《青眼の白龍》のダイレクトアタックを食らった城前は、長きにわたる戦いを終えたのだった。


《青眼》は販売元である海馬コーポレーションがある日本において、広く普及し、知られているテーマである。使い手も多く、そのカードの使い方を熟知している人間もまた多いのだ。海外の代表選手であるにも関わらず、ここまで立ち回れる人間がいるとは思わなかった視聴者は驚く人間も多かったらしい。そんな相手がひしめき合う準決勝から《ライトロード》で勝ち上がり、準優勝という好成績を残した城前の名前が話題になるのはそう遠くの未来ではない。


デッキ公開、記念撮影、インタビュー、いろんなものをこなし、控え室に帰ってきた城前は、に、と笑った。

「どうよ、蓮。これで教えてくれる気になったかよ?」




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