「これを君にあげよう」
「これは?」
「君が言うアダムの因子だ」
赤馬は目を見開いた。
「どういうつもりだ」
「私はGODを封印するのにエネルギーを使いすぎた。あいつが完全に実体化したら消滅するし、カードに押しとどめるのにはこの因子というやつを維持しなければならない。その場合も消滅する。どのみち実体を保っていられるのは時間の問題なのだ。私、君、そして榊遊矢にアダムの因子はあるのだから」
「何故私なんだ」
「それは君の父親から託されたからだ。私は赤馬零王と榊遊勝にしかアダムの因子は託していない」
「なんだと!?」
「なぜなら2人はこの世界線においてもっとも世界の人々に希望を与える運命だったからだ。GODは予め英雄が生まれないように工作をして、あるいはこちらに取り込んで、世界が希望を知る前に偽りの安寧を与えることで世界を滅ぼしてきた。狙われるのは目に見えていた。だから助けようとしたんだ。私が見る限りGODに対抗しうる存在だったから」
「......だが、父さんは私に世界の存亡を託した」
「それはきっと榊遊勝も同じだったはずだ。自分の子供たちに全てを託した。私は子供がいないからわからないが、親にとって子供は最後の希望らしいね」
「......父さん」
赤馬はアダムの因子を受け取った。
「だが、なぜ私なんだ」
「今、榊遊矢がGODと戦っているだろう。きっと彼は勝つ。父親の最後の希望だからな。そうなった場合、榊遊矢は間違いなくGODを破棄するだろう」
「......そうだな。あいつはそういうやつだ」
「だがキミはちがう」
赤馬は目を見開いた。
「君は私と同じ匂いがするんだ。決闘者である前に君は研究者だ。君ならば間違えた私と違ってGODを調べることが出来るんじゃないだろうか。父親から託されたアダムの因子による制御ができるとしたら」
「それはほんとうなのか」
「ああ、だからイブは君たちに戦いを挑んだ。自分たちだけでは制御が出来ないからね」
「お前はほんとうに人を愛してはいけない人間だな」
「イブにはほんとうに可哀想なことをしてしまったよ。私のことなど忘れてしまえばよかったのに、GODを制御すれば私が帰ってくるのではないかと信じて研究するだけの力があったばっかりに」
「言う相手を間違えていないか」
「間違えてはいないさ。時間が無いからね」
うっすらと消えかけているアダムを前に赤馬は先を促すのだ。
「赤馬零次くんだけでなく、君たちを助けたのは気がかりがあるからだ」
赤馬は振り返る。そこには城前克己に敗北したためにGODの作り出す世界に閉じ込められていたはずの黒咲と沢渡がいたからだ。
「どういうことだ」
「城前#克巳#くんのことだ」
「そうだ、GODを研究したがっているのは私以上にやつが適任ではないのか?やつの後ろ盾にはワンキル館というこの上ない組織がある。しかもデュエルモンスターズを作り出した会社の系列企業だ」
アダムは首を振った。
「城前くんはダメだ」
「なぜ?」
「彼はもとの世界に帰りたがっているだろう。今、GODを完全に覚醒させたら自分の世界が射程圏内に入るかどうか確かめるために、わざと自分からGODに力を使わせている」
「なんだって!?」
「だから沢渡くんや黒咲くんもGODの世界に閉じ込められてしまったんだ。イブたちはそこまでのことはできなかった。GODは城前くんの思惑に乗ってるんだ」
「それで、どうなんだ?」
「みるかい?」
「ああ」
アダムはGODと一体化したイブと遊矢のデュエルが加速していくにつれてGODの封印がとかれ、完全体になるのをみた。世界はまさに地獄絵といえた。静かな世界の終焉が迫ってきている。誰もいない世界が広がり、空にはたくさんのシャボン玉がある。
シャボン玉が水銀のように光る。次から次と南極点からシャボン玉がが噴水のように吹き出し、かたまった雪のような石けんの泡が世界中にどんどん広がり、空を埋めつくしていくのが見えた。洗剤のあぶくのかたまりが、雲のようにひしめき流れてくる。海の上にはりついているシャボン玉もあり、海面が一面に泡だって、千切れ千切れに吹き飛ぶのがみえた。
幻想的なのだがあまりにも恐ろしい光景だ。 何となく憧れるような、やってみたいと思わせるノスタルジックな魅力がある。
だが、赤馬たちは悪寒が止まらないのだ。今まさに世界中を埋めつくしていくシャボン玉の数だけパラレルワールドが生成されていているのだ。しかもシャボン玉の中には無限に広がる球体空間があって、閉じ込められた人間の世界が広がっていて、GODの影響をうけて都合のいい世界、自分の願望が全てかなう、誰にも邪魔されない世界があるのだ。何億人、何十億人もの閉じ込められた人々がいるにちがいない。ゾッとしてしまう。まさに世界は終わる寸前だった。
だが。
たったひとつだけ、消えた。飛ばずに消えた。生まれたパラレルワールドがひとつ、空に浮かぶ前に消えてしまったではないか。それはただちに転移してしまう。その魔法陣といい、転移装置特有の光やゲートといい、イブ側の人間がつかったのは明らかだった。
「......ダメだったようだな」
「やはりそうか。城前くんの世界はGODでも座標が特定できない世界のようだね」
「......つまり、城前の悲願は果たされないことがこの瞬間に判明した」
「彼はどう思うだろう。絶望するかもしれない。嘆くかもしれない。いや、怒る?」
「一通り全部やるだろうな。だがずっとじゃない。やつは最後には笑い出すに決まってる。それでもやつは止まらない。この程度で諦めるやつじゃない」
「そう、そうさ。彼はイブから聞いてしまったはずだからね。GODは人工的な神であり、イブたちが転移装置を作る上で参考にしたゲートを作りあげたと」
「まさか」
「そう、そのまさかさ。城前#克巳#くんはこう考えるだろうね、きっと。GODを作りあげた文明の人間に接触することが出来れば元の世界に帰ることができる技術を見つけることが出来るんじゃないだろうかと」
重苦しい沈黙がおちた。
「おい、おいおいおい、なんだよそれ。こんなやばいやつを作った人間がいるだって!?」
「しかも城前はそいつらと接触をするつもりだというのか!」
黒咲と沢渡の言葉にアダムはうなずいた。
「城前はお前が関与したわけじゃないのか」
「ちがう。ちがうよ。それだけは保証する。私が関わったのは因子を2人に渡すことだけだ」
「......なるほど。城前のことだ、GODを作ったやつらが城前の出身たる世界の座標を特定するための点にするつもりで転移させたんじゃないかと考えそうだな。やつの狙いはこれか」
赤馬はアダムをみた。
「警告と願いというわけか」
アダムはうなずいた。
「もちろん、城前くんはすでにワンキル館のためにGODのデータを持ち帰っているだろうね。転移装置があればイブたちの研究データの輸送は秒で終わる。あとは」
「ゲートのお出ましを待つか、ということか」
「ああ。素直に破棄なんてしないだろう、君」
「はっきり言われるのは甚だ不愉快だが、そうだな。私はGODのカードを破棄するつもりは微塵もない」
「よかった。だからこそ私は君に託すんだ、私のもつ因子をね」
「......そうなれば榊遊矢はデュエルをしかけてくる。そうなればゲートが開かれる」
「城前くんがどうするのかはわかってるんじゃないかな」
「......ああ」
「警告はしたよ。あとは、頼んだ」
アダムは笑う。
「もう時間のようだから、イブたちの本拠地に送ってあげるよ。どうかあとはよろしくね」
赤馬は返事をしなかった。
「城前のやつー!なに考えてるんだ!あのバカは!」
「目を覚まさせてやらねば。いくぞ、赤馬零次」
ただ、ため息をついたあと、呆れたように笑ったのだった。
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