会いたい人
イヴが使うモンスターを見る度に城前は自らの首を絞めつづけてきた世界の歴史を垣間見た。世界を滅ぼそうとしてきた強大な敵の使うはずのカードたちをイヴが使うということは、その世界では主人公と呼ばれる人間はいなかったに違いない。その強大な敵を倒してくれたのは時を超えて世界を滅ぼそうとするさらなる敵でしかないと知った人々の絶望すら感じられる気がした。

天に向かって唾を吐いたところで当然の報いを受ける存在ですらないのだ。しっぺ返しにあう、罰が当たる、そんなの歯牙にもかけない。なぜなら天そのものだからだ。

人々は石を投げれば、それはワープして自分のところに返ってくるレベルの理不尽さでGODに飲み込まれてしまったようだ。

その神の眷属となったイヴはだいぶん無理がたたっていたようだ。アイザック、蓮、素良と比べても1番ひどい痣である。

長い間こんな不自然な身体で生活してきたから、いろいろな部分に無理がたまっているんだろう。みかん箱の中のたった一個の腐ったみかんが、周りの元気なみかんを全部腐らせてしまうようなものだ。いつか自分に還ってくるに決まってるのだ、因果応報は。GODではなく、眷属たる彼女にばかり向かっていたようだが。

蟻地獄の砂丘の傾斜をあがきながらズルズルと落ちていく。天上から地獄へ投げ落とされた堕天使のように堕落する。悪夢のように急落する生ける屍のような毎日をひなびた田舎の旧家で送るようなものだ。あらゆる可能性の芽が摘み取られて、何年となく続いて来たこの旅路の果てに、イヴは愛するアダムだけ求めてここにいるのだ。


致死的な渦巻きの中心に向かって緩慢な、しかし避けることのできない接近を続けていた。もう何も失うものはない。断崖に向かって走るレミングの群のように、破滅に向かって突っ走るのだ。

「遊矢の言葉なんて届かねえよなあ......」

かつてはとイヴはいうのだ。希望に燃えたまともな人間だった。高校時代には論文をたくさん読んで研究者になろうと志した。成績も悪くなかった。高校三年のときには「いちばん大物になりそうな人」投票でクラスの二位になったこともある。そして比較的きちんとした大学の理工学部にも入った。それがどこかで狂ってしまったのだ。

城前はテーブルに頬杖をつき、それについて──いったいいつどこで僕の人生の指針が狂いはじめたかについて──少し考えてみた。でも城前にはわからなかった。とくに何か思いあたることがあったというわけではないのだ。挫折したのでもないし、失望したのでもないし、とくに破滅的事象に入れこんだというのでもない。イヴはイヴとしてごく普通に生きていたのだ。

そして大学を卒業して会社に入り、その延長をしようかという頃になって、アダムたちと始めた研究が引き金だったのである。

ある日突然自分がかつての自分でなくなっていることに気づいたというわけだ。きっとそのずれは最初のうちは目にも見えないような微小なものだったのだろう。しかし時が経過するに従ってそのずれはどんどん大きくなり、そしてやがてはそもそものあるべき姿が見えなくなってしまうような領域にイヴを運んできてしまったのだ。

「なあ、アイザック」

「なんだい?」

「ずっと引っかかってたんだけどよ、イヴの着地点はどこだ?」

「うん?君は一体何を言っているんだい?」

「考えてもみろよ、頭のいいお前ならとっくの昔にわかってたんじゃねえのか?イヴの体は限界が近い。GODが完全に覚醒したとき、依り代になるのは明らかにイヴだ。意識を乗っ取られるのは目に見えてるじゃねえか。アダムは間に合うのか?イヴは耐えられるのか?」

「な、何言ってるのさ、城前。アイザックは医者だよ?イヴの主治医だよ?そんな無理させるわけ......」

「さすがだな......全てを犠牲にしてでも会いたい人たちがいる人間はやはり違う......わかってしまったようだな」

「そんな、嘘だろ、アイザック!まさかイヴは......イヴは、会えるかもわからないアダムに一目会うためだけにここまできたっていうのっ!?」

「そのまさかだとしたら?」

「そんな......」

素良は愕然とするのである。それはあまりにも絶望的な旅路にほかならないからだ。

「なるほど......だからデュエルが一向に動かないってのに、どっか余裕がある笑みを浮かべてるってわけだな。どんなに体が限界だとしても、死が目前に迫っているとしても、これが最期だとわかってんなら辛くはねえよな。次を考えなくてもいいわけだから。それだけ疲れてんだな」

「そんな......イヴ......」

「その通りだよ、城前。よくその目に焼き付けておくといい。君がGODの力を追い求めるというのならば、イヴの姿がまさに君の未来の姿なのかもしれないのだから」

城前は口元を釣りあげた。

「素直じゃねーなあ、アイザック。心配なら心配っていえよな。安心しろよ。おれはイヴにはならねえ。なぜなら、生きて、会いたい人がいるからだ」


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