スケール0 ワールドチャンピオンシップ20××
『まだかよ、遊矢』

「だーから、今考えてるって言ってるだろ。ちょっと待ってってば」

『もうすぐ始まっちゃうぜ?』

「あーもううるさい!ユーゴも考えてくれよぉ!」

『わかんねえよ、そんなの』

城前の自室に置いてあるパソコンとにらめっこしながら遊矢が必死で考えているのは、サインインするためのパスワードである。パスワードをリセットするディスクは見つからなかった。管理者アカウントを知るためだけのためにハッキングを仕掛けて騒動を巻き起こしている時間は無い。オンラインで変更しようにも、ワンキル館のネットワークは独自回線と同グループ系列のシステムを使っているため、そもそも普通の端末からはアクセスしようがない。途方もない労力を掛ければ可能だろうが、今はそんな時間あるわけなかった。ちらちら掛け時計を見ながら必死で思いついた単語を打ち込んでいるがヒットしない。パソコンをセットアップしてアカウントを再習得もちらつくが、このパソコンのデータをまるごと削除しなければならない。それこそ却下だ。

「今気になってるテーマカテゴリとかわかるわけないだろ、城前の馬鹿!」

ワンキル館はデュエルモンスターズの歴史が学べる資料館だ、そこで広告塔をしている城前が今気になっているカテゴリなんて範囲が広すぎる。私室を物色したとき、どうしてもサインインできなかったこのパソコン。城前にパスワードを聞いてみたら、最大のヒントとして教えてくれた。この時点で遊矢が知りたいことは何一つこのパソコンにはないと悟った遊矢だが、今は別の理由でどうしてもこのパソコンが使いたかった。

『少し落ち着け、遊矢。今気になっていると言っていただろう?城前が最近デュエルしたテーマはどうだ?』

「思いつくやつ片っ端から入れてるよ!でもだめなんだ、あーもう」

『世界大会に出そうなテーマはどうです?世界大会に出るなら間違いなく気になるでしょう』

「あ、そっか。ちょっと待っててくれよっと」

さっそく遊矢は自前の端末から世界大会の公式ホームページに公開されているカードプールを確認する。デュエルモンスターズは世界中で展開されている。海外テーマの上陸にラグがあるように、すべての環境を同じにするのは事実上不可能だ。そのため世界大会では一部の地域にしか普及していないテーマは除外され、すべての地域で供給されているテーマの中でカードプールが設定される。世界をとるには、もともと愛用しているテーマを手放し、一からデッキを構築しなければならない決闘者も多いのだ。城前の使用するライトロードを軸としたカオスデッキは環境にあるデッキではないため、その影響を考慮する必要は無い。だから城前が注視するとしたらほかの参加者が組むであろうデッキである。サイドデッキやデッキ構築に影響するからだ。

「んー、こいつかな?」

4,5とこの国の環境デッキと見比べながら入力してみるが、違うようだ。

「なんでー?まじで城前なんのテーマなんだよー」

電話してやろうかと一瞬思うが、きっと選手控え室に入った時点で貴重品は鍵付きロッカーの中だろう。きっと気づいてくれない。

『城前が興味を持ちそうなデッキですか・・・・・・知らないカードには食いつきが良かったですね』

『でもよ、あいつが知らないカードなんて、俺達だって知らないだろ』

「ほんとにな」

『あいつの知識は思わぬところで穴があるからわからないな』

ユーリの使用する《捕食植物》のモンスター群を知っている癖にその効果を知らなかったり、知っているテーマでも知らなければおかしいモンスターの名前や効果をしらなかったりする。さすがに機械ではないから忘れてしまっていることもあるだろうが、それにしたって中途半端なのだ。うーん、と遊矢は考える。

「そういえばさ、蓮だっけ。おれが気を失ってる間にきたデュエリスト。あいつってなんのテーマ使ったんだ?」

『《白鯨》というテーマだったな、ユーゴ』

『おう、おれと同じシンクロ使いだったぜ。城前以外に使ってるやつは初めて見たっけな』

「じゃあ、もしかして《白鯨》だったりする?」

『まさか。城前は一度イヴたちと接触してるでしょう。そのときデュエルしそうなものですがね』

『城前なら食いつきそうだな』

『んー、でもよ、もしかしたら当たってるかもしれないぜ、遊矢。あいつ、ライディングデュエルにこだわってたし。城前ってバイクは持ってるけど、Dホイールは持ってなかった。ライディングデュエルしたことなさそうだし、駄目って突っぱねそうだな』

「お、いいとこいくんじゃない?」

遊矢はさっそく入力する。ようやくパソコンがたちあがった。

「やーっとだよ、あーもう時間が無い!」

『急げ急げ始まっちまう!』

「わかってるよ!」

遊矢は一心不乱にキーボードを叩く。

MAIAMI市においてレオ・コーポレーションの範囲外であるワンキル館のネットワークは、アジトを失った遊矢たちにとって居場所を特定されないで安全に行動できる数少ない場所なのだ。場所を特定できなくする工作をしなくていいってすばらしい。しかも、ワンキル館はレオ・コーポレーションと提携を結んでいる上に世界大会のスポンサーである海外資本グループのひとつだ。世界大会の閲覧はほかの一般回線と違った様々な特等席が設けられているようだった。できることならお手製のソリッドヴィジョンを突っ込んで、その会場に飛び入り参加といきたいところだがユーゴによる秘密の特訓中の遊矢はそれどころではない。気を失っている間にライディングデュエルを行う決闘者が勝負を挑んできたという事実は遊矢を戦慄させたのだ。もし、ユートが赤馬零児の殴り込みのときのように遊矢とチェンジできない状況だったら、いろんな意味で詰んでしまう。相手はユーゴをして、強敵だったと言わしめる相手、しかも再戦を期待する言葉さえ残す余裕をみせていた。遊矢たちは特殊召喚をチェンジすることで行うため、今のままだとライディングデュエルの場合ユーゴに何かあったらデュエル続行ができなくなってしまう。チェンジしても参戦を続けられるよう、ライディングデュエルの技術を学んだ方がいい。ユーゴの提案に遊矢は二つ返事でうなずいたのだ。まさかここまでスパルタだとはおもわなかったけど。

世界大会の観覧は、縦横無尽に張り巡らされた地下水道を利用して行っている秘密の特訓から、しばしの逃避をしたいあまりに提案したものだった。ユーゴはユーリと共に城前のところに行ったけどもデュエルができなかったらしく、いつかのデュエルのために少しでも見てきたいとのってくれた。よかったあ、が正直なところである。あきれ顔のユーリとユートには、頼むから余計なことを言わないでくれよと念を送りつつ、遊矢は数日前から不在の家主の部屋に居座っているのだった。

タイムラグなしで動画が閲覧できるようになった。

さすがは軍の工場跡地に建設された展望台を中心とするコンベンション・センターである。ギネスにも載っている1号館が今年のデュエルモンスターズの世界大会の舞台だった。二つの巨大な建物があり、大きな会議、展示などの大型イベントを複数同時展開できるような巨大な施設が青空に映える。この街を代表する途方もない広さのコンベンションセンターらしく、宣伝用の広告が巨大なディスプレイを前に流れていた。実況と解説を行うプロの決闘者が並んでおり、別会場からそのデュエルの様子を観覧するらしい。ちょうど総当たりの予選が終わり、準決勝出場者が決まったところだった。超高層のリゾートホテルが建ち並び、徒歩圏内には有名どころのレストランがひしめき合っている。MAIAMI市と負けず劣らずな大都市だ。収容する数は途方もなく、遊矢がしっているどのデュエルフィールドの観覧者よりも多かった。

巨大なモニタに出場者の名前と映像、そして使用デッキが表示される。ちょうど抽選で対戦相手が決定するところだった。

「あーあ、予選から見たかったのに」

『思い出すのが遅い遊矢が悪いっつーの』

「絶対途中で終わるような雰囲気じゃなかったじゃん!」

『仕方ねえだろ。ライディング・デュエルはちょっと練習しただけでできるようなもんじゃないんだよ』

「そうだけどさ−、いろんなデッキがみられる予選のが面白いよね、こういうのって」

『それは同意するな』

『そうですね、ここまでテーマが重複すると城前のライトロードが浮いている』

「うっわ、城前の対戦相手、どうあがいても《青眼》じゃん」

『確かに強いですからね、あのテーマ』

『個人的には《帝王》の使い手が気になるな』

抽選の結果、城前の対戦相手は《青眼》だった。

「もし、零児がいたら世界大会のデッキも変わったんだろうなあ」

ここにはうなずく人間しかいない。

遊矢は零児の決闘のあと、一度も会っていない。世間では零児が行方不明になったことは表沙汰にはなっていないが、レオ・コーポレーションの分野にワンキル館の後ろ盾である資本家グループがかなり浸食してきているのはわかっている。この時点で、レオ・コーポレーションにはすでに零児はいないのだろう、と遊矢たちは考えていた。なにせ、零児がおそらく販売にストップをかけていたと思われる捕獲部隊の使用するテーマがここのところ新規として次々とリリースされているのだ。効果に多少の変更は加えられているものの、城前がデータを収集し、ワンキル館がデッキを再現できるだけの技術があることはほかならぬユーリとユーゴが目撃している。《RR》や《ファーニマル》は完全新規である。世界大会に参戦できるテーマではないが、沢渡の使う《帝》そのものは最古参のテーマだ。新規カードが強力だったこともり、爆発的に使用者が増えた。既存のテーマだったこともあり、世界中で使用者が増えた。その結果、世界大会で使用可能なテーマとなった。

今年の世界大会は、レオ・コーポレーションが持ち込んだシンクロ、融合、エクシーズの新規カードをもらった古参の地力があるテーマが猛威を振るっている印象だ。《青眼》も《帝》も《ライトロード》も時代は違うけれど、一度は環境を斡旋したテーマ。しかも城前の愛用する《ライトロード》は、本来ならこの時代に世界を征するはずだったテーマでもある。前者2つと比べるとどうしても地力がおちるはずのテーマが準決勝に進出したのは、世界の修正力も働いているのかもしれなかった。でも、遊矢としては、城前の実力であると信じたいものである。アクションデュエルではなく、通常のスタンダードデュエルなのが残念だが、MAIAMI市以外ではようやく浸透しはじめたレベルのアクションデュエルが世界大会を開催できるようになるには、それこそ本来遊矢が生まれ、育った時代まで待たないといけないだろう。まだペンデュラムもアクションデュエルも世界には早すぎるのだ。

動画は全編英語である。決闘者たちの邪魔をしないため、カメラは全て距離がある。使用カードがわかるように別モニタにカードの解説とフィールドが再現され、デュエルの展開をリアルタイムで教えている。

「がんばれよ、城前」

遊矢は固唾を飲んで見守る。城前の気概は本物だった。遊矢がユーゴと共に短時間でライディング・デュエルをものにするためにしていることと同じことをワンキル館の施設でやっていた。簡単にいえば、睡眠学習の強化版、あるいは幽霊に憑依してもらって、同時進行で教えてもらう。ユーゴはきっと怒るが感覚的にはそんな感じだ。質量粒子の仮想現実にフルダイブして、その五感を別の人間の意識と同調させて、同時進行で経験を重ねる。遊矢の居た時代では、仮想現実にアクセスできる一部の人間だけが許された方法だ。遊矢はライディング・デュエルの取得のため、城前は仮想敵である《青眼》や《帝王》使いの思考を再現したAIの思考をトレースするため。方法は違うけれども、同じことをやっていた。遊矢は気心の知れた相手、城前はAIという違いはあるが、城前だってそのシステムを運用するスタッフと一緒だから状況は似たようなものなはず。城前はVR技術を応用して体感時間を極限まで遅くすることで、デュエルを行う時間を長くする、と笑っていたがきっと冗談のつもりなのだ。遊矢が城前と同じように、20年後の未来からきたときっと気づいているのに、相も変わらず嘘をつく。それだけ世界大会で結果を残したいのだろう、なんのために?

強い相手と戦いたい、それだけ?

それが知りたくて遊矢はデュエルを見守った。


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