スケール29 敗者の部屋
暖かな光が差し込む白い部屋にて素良は目を覚ました。

「ここ、は?」

「大丈夫か、素良!?」

素良は病人の体調を考えない大音量の声に批判めいた眼差しを向けた。思わず耳を塞ぐ。

「……ああもう。う、るさいなあ……っ!頭に響くよ、城前」

「あ、ご、ごめん。大丈夫か?」

「たったいま大丈夫じゃなくなったよ、城前のせいで」

「わるい、ごめん、つい」

城前は申し訳なさそうに手を合わせる。そして近くの椅子に腰掛けた。ベッドに逆戻りしたらしい素良はようやく意識がはっきりして、完全に目を覚ました。城前に手伝ってもらいながら体を起こすとあたりを見渡した。意識が戻らないアイザックや蓮が寝かされている。素良は小さくため息をついた。

「……そっかあ。ボクがここにいるってことは……そっか、負けたんだ」

「らしいな、イヴから連絡を受けた時にはびびったぜ」

「そうだ、イヴは!」

飛び出さんばかりに城前に近づいた素良は体が痛むのか顔を歪めた。

「あーあー無理すんなって。寝てろっていってたぜ、イヴ。今、遊矢がイヴんとこ向かってるらしい。おれは待機だ」

「そうなんだ。うまくいった?」

「なんだよ、その顔は」

「痛っ」

「黒咲たちを人質にするのはうまくいったけど赤馬には完膚なきまでに叩きのめされたわ。あっはっは、アイツの地雷踏みまくりな自覚あったけど《ライトロード》に《スキルドレイン》ねーだろ、《スキルドレイン》は!それ一番やっちゃダメなやつだから!」

「あはは!《サイクロン》とか引けなかったの?」

「ひけてたら負けてねーわ、しっつれいな!

「なんだよ、城前。あれだけ啖呵きってたのに負けちゃったのかよ!」

「うるせえな、ユーリに二敗したやつに言われたかねーわ。最低限の仕事はこなしたつもりだぜ。GODが目覚めるための下準備は完了したわけだからな」

「……余計なお世話だよ」

「あ、わりい」

素良はため息をついた。

「ボクあいつ嫌い。ボクのこと、美宇のこと、なにもしらないくせに無茶苦茶なこといっちゃってさ。言われなくてもボクが一番わかってるっての。余計なお世話だよ」

「おれもアイツ苦手だわ。カーチャンかてめーは」

「あはは!わかる、そんな感じする!」

「笑うなっての。まだノルマの野菜ジュース残ってんだぞ」

「うへ」

二人は苦い顔をした。

「だいたいさ、元気な美宇とあいたいからボクはここにいるんだよ。あんなこと言われる筋合いないじゃないか」

ぽつりと素良は不満を漏らす。

先天性の病で外で過ごすより病院で過ごす方が長かった妹。一緒にアクションデュエルしたいと約束しながら外では一度もできなかった。約束よりできないことの方が多かった。素良の時代には治療法が確立しておらず、さまざまな方法を試したが死にたくない怖いと泣きながら妹は死んでいった。GODの力を借りたとき、素良が願ったのは元気な美宇と会うことだ。

ただ、あまりにも残酷だった。

元気な美宇の隣には素良はいない。双子として生まれなかったことがその病の発症率を下げたのだ。つまり美宇を苦しめているのは自分だったと気づいてしまった素良は苦しんだ。そしてもう一度を願ってしまった。

素良がいる世界線の美宇は程度の違いはあれど病弱だった。素良は美宇の願いを叶えられる世界線を探した。そしてたどり着いたの素良のいた世界に一番近いこの世界だった。この世界線ではまだ紫雲院美宇も素良もいない。ワンキル館がもっとサービスを展開して病気のリハビリにまで手を伸ばし始めた頃が本来の出会いの日なのだ。

できれば美宇の病気を治してからにしたかった。そうすれば長い旅路は終わるはずだったのだ。残念でならない。

「なにが妹と地獄に落ちろだよ。並行世界とはいえさ、何百回もボクのわがままで美宇も別世界のボクも苦しませてきたボクが美宇と同じとこにいけるわけないじゃないか。それくらいわかってるっての。ばーか」

「なあ、素良」

「なに?」

「手足のしびれとかはねーか?」

「ああ、アイザックたちの病気のこと?心配してくれるんだ?んー、今のところないかな。ボクと比べたらみんな途方も無い数の世界を渡り歩いていたわけだし。ボクの意識がもどったってことはまだそのときじゃないんだよ、きっとね」

「ほんとか?」

「やだなあ、嘘ついてどうするんだよ」

「ま、たしかにそうか」

素良は笑った。

「さてさて素良くんよ」

「なに?」

「おれこの空間のコントロールの仕方ぜんっぜんわかんねーんだわ。イヴたちのデュエルそろそろ始まるはずだし見せてくれ」

「……城前って、ほんとぶれないというか、空気読まないよね」

素良は深い深いため息をついた。

「ボクに貸しひとつなの忘れてない?」

「ばっかいえ、おれが何のためにお前ら側にいると思ってんだよ。一枚でも多くのカードやデュエルログを確認するためだ」

「はいはい、わかったよ」

素良は苦笑いしてなにもない空間に手を伸ばす。

しばらくして二人の前には巨大なモニタが出現したのだった。


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