スケール28 アダム
黒咲と沢渡は城前が姿を消してから、その仮想現実から脱出できないでいた。どこまで行っても元いた地点に戻ってしまう。あるいは不自然な時空のゆがみがあり、物理的にその先にいけない。まるでVRゲームクリア後に入れるネタバレ満載、遊び心満点のデバック空間に迷い込んでしまったような感覚だった。非常に居心地が悪い。設定されている時代、環境、建物はそれぞれ異なるが、所詮はその人の過去を勝手に読み込み自己解釈で一番後悔しているであろう世界を再構築。あるいはその人が一番懸念している世界を再構築しただけの世界だ。その記憶で記憶の主が知り得なかった以上の情報は得られないし、新しく空間が創造されるわけでもない。ただ沢渡と黒咲が察したのは、これを世界規模でしでかしたのがGODの力なのだろうという事実だ。ここが城前がGODの力を借りて黒咲たち専用の仮想現実を作り出した、と他ならぬ城前がネタバレしてくれた。ここは仮想現実である。黒咲たちも電脳体のはずだ。それもセキュリティが一切入っていない無防備なプログラムに等しい。そんな中、記憶を改変されてここが現実世界だと思い込んでしまったとしたら、ここが仮想現実で閉じ込められているなんて誰がわかるだろうか。下手したら仮想現実で一生を過ごし、デュエルをした分エネルギーをGODに供給することになるのだ。恐ろしい話である。

「ここもだめか」

黒咲はとうとう打つ手がなくなってしまい、途方に暮れる。暗算コンテストの決勝戦から始まる世界である。ステージから降りて脱出しようと試みたが、そもそもその向こう側を設定されていなかったようで窓も扉もびくとも動かず、カーテンは鉄の塊のように動かない。設定されていること以外は一切できない。ほかの人間に話を聞こうにもRPGの登場人物のように同じ言葉しか言わない。時間経過によって少しずつ台詞は変わっていくが、黒咲の知りたい情報を得ることはできなかった。

「あとは……」

物理的に出ることは不可能だとわかった。外部との連絡を取ることができるとしたら、電子機器しか思いつかない。プロジェクターは黒咲がいくら妨害しようがフラッシュモブのように進んでいくから横取りしてしまうのは物理的に難しい。下手したら冒頭に戻されると黒咲は学んでいた。コードが伸びている場所を探した。ここは10年近く前に設定されている世界だ。今より時代が前だからコードレスはまだまだ普及前だったはず。目を皿にして薄暗い床からコードを探していた黒咲はコードの束が伸びているのを発見した。

「ここか」

そこはステージのライトや空調、放送設備などが整っている部屋だった。当然裏方のスタッフたちがせわしなく動いている。黒咲が出入りしても深刻な進行の邪魔をしなければ一切反応しない。黒咲は慎重にあたりを見渡す。勝手に弄くれそうなパソコンを探した。ようやく探し当てたそれを拝借し、黒咲はさっそく外部と接続できないか確認する。

「……!!」

それはどこかの映像だった。無数の球体が浮いていて、濃霧が立ちこめている世界。中央には巨大な木がある。そして浮遊する無数の球体のひとつから見えた景色に、黒咲は悟るのだ。
「外の景色か!?」

そう、今まさにパソコンをたたいている黒咲が映り込んだのである。しかしそれにしたってどこの映像だろうか。誰視点の映像だろうか。黒咲の思案を無視して映像はどんどん先に進んでいく。無数の後悔が閉じ込められている世界だと黒咲は気づく。黒咲は仮想現実に閉じ込められてしまっているが、ほかの球体の中身はどうやら違うようだ。様々な原因で心の底から何を差し出してもやり直したいと願ってしまった人々の記憶のかけら、あるいは思念体、魂の記憶、世界の記憶そのものが閉じ込められているらしい。知らず知らずのうちに汗をかいてしまった。黒咲は乱暴に目尻をぬぐう。どうやらここからイヴたちは自分たちの仲間を選んでいたようだ。なるほど、そうやって世界を食いつぶし、平行世界を量産し、そこで繰り返すことでデュエルエネルギーを少しでも蓄積してGODは覚醒しようとしているようだ。さながらこの球体たちはあの巨木の養分になる運命だと知らずにいる雨粒みたいなものだろうか。末恐ろしい話である。あの巨木がGODなのだとしたら、覚醒した時あの雨粒など一瞬で吹き飛ばされてしまうに違いない。黒咲は悪寒が止まらない。だが打つ手がない今、ここの映像を見ることしかできないのだ。舌打ちしかない。

「沢渡!」

声はとうぜんながら届かない。どうやら沢渡も黒咲と似たような経緯で閉じ込められているようだ。ちらついて視界から消えた球体。謎の視点で世界の中心に向かって映像はどんどん先に進んでいく。見上げるほどの巨木だった。濃霧のせいで全景を望めないが相当な大きさだとわかる。

「誰かいるのか?」

黒咲は食い入るようにその先を見つめた。黒い影は見覚えのない輪郭を作り上げていく。

「赤馬社長!?どうしてここに?それと……誰だ、この男」

巨木の前に立つ褐色の男。そして相対する赤馬零児。ただその表情は対照的だった。はじめてここに連れてこられた時の黒咲のように、自分がどうしてここにいるのか理解していないようで、きょろきょろとあたりを見渡している。謎の男はそんな赤馬を見て穏やかに笑っている。ずれかけの眼鏡を元に戻しつつ、赤馬はまっすぐに男を見つめた。男はアイザック、もしくはイヴといった未来から来たという敵勢力と同じことを示す衣装を身にまとっていた。間違いなく敵だ。黒咲は息をのむ。そして交わされる会話を聞き逃さないよう音を立てないように黙り込む。パソコンの向こう側で二人は話し始めた。

「お前は誰だ?私は……」

「ああ、君が城前克己にこの球体の中に閉じ込められようとしていたからね。手を出させてもらったよ。君がいなくなるのは困るから。彼も彼で用がある人間がいたようだから、そっちに転送させてもらった」

「そうか。お前はまさかアダムか?」

「ああ、そうだよ、赤馬零児。こうして会うのは初めてだね。初めまして」

褐色で黒髪のくせっけが目立つ男性だった。

「私はアダム、君にアダムの因子を与えたものだ」

こいつがアダムか、と黒咲は目に焼き付ける。アダムが言うには肉体はすでに消失し、意識だけは時の流れの中でかろうじて残っていたらしい。イヴたちはアダムを取り戻すために今まで数多の世界を食いつぶしながらGODの力を蓄え、覚醒させようとしているようだ。GODを復活させることがアダムとの再会だと致命的な勘違いをして。アダム自身、GODの覚醒を促す最後のキーと一体化し、因子となって別世界に転移することで覚醒を遅らせていたようだ。ただアダムがキーと一体化している以上、イヴたちに真相を知らせようとしてもGODが因子を奪い返してしまう。そのため鬼ごっこが続いていたようだ。赤馬零児の形相が険しくなる。当然だ、尊敬する父親をはじめとした世界そのものをそんなくだらないことで食いつぶされたも同然なのだから。黒咲は怒りのあまり舌打ちしたくなる。アダムという男はよくわからない男だった。因子としてGODの覚醒を遠ざけようとするなら赤馬たちに今すぐ逃げろと忠告する、あるいは謝罪するのが筋だ。だが男はデュエルにより因子のやりとりは行われると告げた。アダムが言うには赤馬たちの父親が我が子にすべてを託すために世界の崩壊を選んだことに感激し、アダムの因子を植え付けたらしい。なんて身勝手なのだろうか。そのくせGODの正体や力の源、そういった当然の疑問にはなにひとつ答えようとしない。わからないばかり。唯一わかったのはGODが人工的に作られたモンスターであるということだけ。しびれを切らした赤馬はアダムをにらむ。

「それでお前は何のために私に会いに来た?まさか力を返せとでも言うつもりか?」


アダムの笑みが濃くなる。黒咲は嫌な予感がした。                                                                                  


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