スケール27 vs赤馬
突然いなくなった遊矢と柚子。二人と自分を遮るように出現した鉄の壁。声を上げる暇もなかった。いきなり分断工作か、準備万端だなと皮肉交じりに呟かれた言葉は誰にも聞かれることなくとけていく。目の前には壁。まごうことなき行き止まり。引き返せと無言の圧力を感じる。初めから通路などなかったと主張する通路を前に零児は一人静かにため息をついた。傾いたメガネを直す。


どうあがいても動かせそうにない。零児はしばしの沈黙ののち、鞄から端末を取り出した。二人に支給した防寒具に仕込んである発信器。どこにいようとこの地球上のどこかにいれば、あるいはレオ・コーポレーションのネットワークを利用している場所ならば、どこにいようと補足できる。そんな高性能デバイスを展開する。


「……こっちか」


かつん、かつん、と乾いた音だけが響き渡る。反響音から察するにほかの南極基地よりも立派な建物らしい。特大の地震が起こったとしても平然としていそうだ。だいたいここは本当に南極なのだろうか。もうすでにイヴたちの領域にいるのではないだろうかと零児は思えてならない。予感は消えない。


「……あいつらの時代のものか」


適当なところに端子を当て、成分を解析してみるが見たことがない構成をしている。自在に質量をいじくれるようになってからさらに時代をさかのぼる未来から来た人々。しかもイヴたちはアイザックがいうには研究の第一人者だったらしい。零児の知らない人工物質をつくっていてもおかしくはない。いろいろと考えてみたがこの壁を突破できそうにはなかった。強行突破するよりも動き続ける電気信号を追いかけた方が早いだろう。零児は遊矢たちと合流することをあきらめ、非常に気にくわないが、大人しく反対の道を進み始めたのだった。


発生源不明の明かりが通路を照らしている。埃一つない綺麗な通路だ。影すら映らないほどの光にあふれている廊下を一人黙々と歩いていた零児は、モニターがさっきから動かないことに気づいた。


「……デュエルがはじまったようだな」


遊矢の使用するモンスター、罠、魔法、アクションカード、そしてデュエルエネルギーの反応がある。端末を見つめる零児の眉にシワがよった。


「相手は……紫雲院か?」


激しい反応を繰り返すもうひとつのデュエルエネルギーに零児はつぶやいた。イヴ側だったことが判明したかつての部下を思い出す。自らの記憶を改鋳してまでこの世界に溶け込み、零児の声がかかるような活躍を見せていた紫雲院。何度も使用していたテーマは見ているし、レオ・コーポレーションのカードバンクはもちろんデュエルエネルギーパターンの登録もある。今、まさに二つのエネルギー反応があるのだ。そのうちアンノウンの表示が増えはじめた。それは遊矢も同じである。


「想定はしていたが、新規カードを使ってきたか。厄介な……」


イヴ側にいたころの記憶が戻った今、紫雲院がデッキをそのまま使用するとは到底思えない。彼は一度人格を交代したユーリに敗北を喫しているのだ。そのままではいけないことくらいわかっているだろう。


「城前も新規カードを使ってきたと言うし、警戒するに越したことはないが……把握が難しいな」


ため息しか出ない。零児にそういった情報を届けてくれるはずの組織が城前を囲っている組織なのだ。カードバンクのデータを一手に担っているデュエルモンスターズ資料館が資料を提供してくれないと情報を入手しようがないのである。遊矢が城前からもらったという新しい《オッドアイズ》だって《EM》だって20年前にはそもそも存在すらしなかったカードたちなのだ。この世界のすべてのカードの情報を収集し、新しいカードを作り出そうとまでしはじめている勢力がいることはわかっていても、今の零児はそこに注力するほどの余裕も時間もなかった。


「…………」


考え事をしながら進んだ結果だろうか、一直線な通路だったからそれほど長くは感じなかった。曲がった先はなんと行き止まりである。零児は冷静にあたりを見渡す。どうせこの空間全体がリアルソリッドビジョンに違いないのだ。端末をかざし、冷静に構築しているプログラムを調べ、明らかに違う構築パターンを探しはじめた。


「……ここか」


手を当てる。不思議な銀色の光が壁、天井、床、と駆け抜けていき、音もなく通路が出現した。その先を進んでいくと零児は大きな扉に出た。一瞬迷うが意を決して扉を開ける。


「これは」


思わず目を見開いた。そこには大歓声のデュエルフィールドが突如出現したのである。




零児はぞわぞわした。一応振り返るがすでに通路はない。退路は閉ざされた。


ここは見覚えがある。結局この世界に転移してから一度も足を踏み入れていない場所だ。


デュエルモンスターズ資料館第5号館は、MAIAMI市に存在する全てを再現することが可能な施設だった。過去、現在、未来、時代を問わず写真などの資料さえ残っていればいくらでも再現することができる、夢のように恐ろしい場所。なんでも再現可能なのだ。街も人も、なにもかも。魂の生成に成功さえすれば仮想現実の中に完全な形でもう一つのMAIAMI市を再現することが可能となる。そこまでの禁忌に手を染められるような技術はまだないが、万が一デュエルモンスターズ資料館がイヴたちの技術やGODの力を研究した暁にそんな暴挙に出ることなど火を見るよりも明らかだった。やりかねない連中だと零児は誰よりも知っている。教えてくれたのがその中心人物の息子という皮肉だったけれども。


maiami市有数のスタジアムがそこにあった。零児が在籍していた大学の名を有するスタジアムである。季節外れの夏が広がっている。土地を掘り下げた場所に建設されたため、地上から見ても上20段ほどのスタンドしか見えず、その巨大な全体像をつかむことはできない。スタジアムは最初は72,000人収容だったが、建設に鋼鉄の基礎を用いたことで、客席の大規模な増設も可能になっていた。スタジアム完成当時、座席は全て木製だったが、50周年を記念して金属製のものへ改装したはずだ。綿を収穫する季節になると毎週土曜日に満杯になるくぼみと表現されたこともある、とても有名なところだ。


毎年、さまざまな目的で100,000人を越える観客が観戦に訪れるようになった。どこかのカリスマデュエリストが主催するデュエル大会は200試合連続で観客動員100,000人以上を記録したこともあったはずである。


伝統的に、観客数を発表する際に場内アナウンスは「この国の中でどこよりも多くの人が観戦している場所にいること」に対して感謝の意を述べる。これだけ大きなスタジアムであっても、場内は比較的静かであるといわれている。もっともそれは20年後の話だ。


フィールドは天然芝に近い柔らかな人工芝が使われている。20年前の今は座席の交換、座席間隔の拡張、通路の拡張と手すりの設置、83のラグジュアリー・ボックスの設置、記者席の増設などが計画されている。この計画で、収容人数は108,000人を越えるとみられる。この計画には学生・卒業生・ファンなどの一部から根強い反対の声も挙がっていたが、工事が始まっているのだ。


このスタジアムは大学のシンボル、そしてこの国の殿堂と見なされている。

零児は目を細めた。


「いい度胸だな、城前。その喧嘩はかうぞ」



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bkm
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