スケール26 南極基地
「だめだ今度は沢渡まで」


遊矢はため息である。ここまで探しても見当たらないとなると黒咲を探して外に出た可能性は低い。ホテルなど近くの生活拠点を一通り探し回ってみたが黒咲を探しに行くと出かけたまま沢渡まで帰ってこなくなってしまった。


「ミイラ取りがミイラになってどうするんだよ、全く」

「ねえ、どうするの遊矢」

「どうするもこうするも零児に聞くしかないだろ」

「そうね」


その刹那、遊矢の脳裏をぞわぞわする感覚がかけぬけていった。思わず後ろを振り返った遊矢は辺りを見渡すがなにもない。


「どうしたの遊矢?」


そのまま走り出した。遊矢に柚子は驚くが遊矢はそのまま走り去ってしまう。


「ちょ、ちょっと待ってよ!今ここどこだかわからないんだけど!?」


病院の敷地内なのは確かだが植物園ほどの広さがありそうな庭園はもう方角がわからなくなりそうなほどに広い。柚子の悲鳴がとけていった。


「零児、大丈夫か!?」


がんっと乱暴にドアを開けた遊矢が見たのは呆れ顔の零児だった。ひとまず安心である。


「病院では走るな」

「無茶言うなよ、アイツらの気配がしたのにさ」


イヴたちの言葉を借りるならアダムの因子というやつだ。遊矢はため息だ。


「なにかあった?」

「なにがだ」

「なんか憑き物がおちたみたいだよ、零児」


虚をつかれたように瞬きする零児に遊矢は笑う。明らかに穏やかな雰囲気となっていると指摘するとバツ悪そうに眉を寄せて黙り込んでしまう。鬼気迫るようなピリピリとしたものがほんの少しだけ和らいでいる。


「お前の勘は当たってるぞ。城前が来た」

「えっ」

「沢渡たちの身柄は預かった、早く来いと挑発してきた。デュエルエネルギーを少しでも集めてGODの覚醒に備えるために協力してもらうからそのつもりでとふざけたことを言って帰っていったぞ」

「はああ!?なんだよそれ!むちゃくちゃだなあ!」

「少しでもGODの覚醒に邪魔な因子を排除したいんだそうだ。俺たちはアダムの因子の関係で対象外だと残念がっていた」

「まじかあ……相手は本気ってことだね。それならなおさらリハビリ頑張ってよ、零児」

「ああ、言われなくてもわかっている」


零児の回復を待たなければ遊矢たちはどこにもいけないのだ。


「なに?」

「城前克己、奴は危険だ。この世界を礎に元の世界に作りかえようとしている。あいつの知る私たちが混ざり合ったが最後、私もお前も今のままではいられなくなるぞ」

「……わかってるよ、それくらい」

「どこまでわかってるつもりだ」

「今わからなくてもいいだろ、時間はたくさんあるんだからさ。本人があーだこーま言ったって仕方ないし」

「開き直るな」

「よくいうよ。その様子だと城前から色々教えてもらったんだろ」

「肩の荷が下りたのは事実だな、状況は何一つ好転してない。むしろ悪化してるが」

「あはは、ほんとだよね。さて零児がリハビリに励んでる間、どうしようかなあ」

「安心しろ、来週には動き出す」

「は?全治1カ月っていってただろ!?」

「私を誰だと思ってる。あれだけ馬鹿にされてやすやすと引き下がっていられるほど温厚ではない」


零児の宣言どおり、零児たちは一週間後には潜水艦に乗っていたのである。











南極大陸の極寒の地では、冬の平均気温が摂氏マイナス60度まで下がり、風速300km/hの暴風が吹く。各国の南極基地は、こうした厳しい環境に耐えるように建設されている。


その驚くべき革新と美学を称えて、南極大陸の建築が姿を現した。この南極観測局研究基地はスキーに載せて自由に動かせる、世界初の「動く南極基地」だ。


すべて南極の厳しい風土に耐えられず、雪に埋没して押しつぶされた。支柱の上に建造されたが、氷層の移動により氷の縁にどんどん近づいた。これらの経験を生かして考案された。


この基地は、60人までの科学者が滞在できる規模で、南極最大の基地のひとつになる。アルミニウムで覆われた134のコンテナから構成されている。


以前はドーム型であったが、建設から30年以上経過したことで手狭になり増加する基地人口に対応させるため、さらに雪に埋もれにくくするために新設することになり、建設が進められ、最近ようやく完成し活動開始しているという。建物は今まで分離していた機能がひとつにまとまり、室内は適温に保たれ、完全に自足でき、食堂・ランドリー・売店なども備わっており、それらのためにジェット燃料使用の発電機3台を使用している。建物は風上に向かって立てられており、傾斜された壁によって風が高速で地下をくぐり抜けられるようにした。これによって氷食を起こし、建物が雪に埋もれないようにしている。風洞実験によって雪が2階の高さまで積もらなければ継続して氷食が起こることが実証された。このあたりでは雪が毎年20センチたまるため、必要によって建物の高さが調節できるようになっている。気温は−13.6℃から−82.8℃まで観測された。


夏の間の基地人口は200人強で、越冬隊以外は2月の中旬までに去っていく。越冬隊は2005年には127人だった。越冬隊のほとんどがサポート任務に当たり、南極が夜を迎える間基地を稼動させる数名の科学者たちをサポートしている。越冬隊は2月の中旬から10月の後半まで完全に孤立している。


つまり、今、まさに孤立状態というわけだ。


物資等は10月から2月にかけて、毎日数便そりを装着したこの国の空軍輸送機で届けられている。輸送機の限られたスペースに収めるため、大きな貨物は分解されて運ばれる。基地で研究しているのは氷河学、地球物理学、気象学、上層大気学、天文学、天体物理学、生物医学的研究など。大半は低周波天文学の研究で、2743メートル以上の高度と極地に位置することによる湿気の低さによって生まれた観測のしやすさ、また数ヶ月間暗闇に包まれることから精密観測機器が継続的に動作しやすいことなどが南極における観測のメリットである。


軍に支給された防寒具に身を包み、潜水艦に滞在すること数日。ようやくこの国の基地に到着した。顔パスである。そして、城前の置き土産から発生している信号をたどっていくと未確認の基地が出現したのだった。


「すごいね」


零児たちを基地にまで連れてきてくれたのは、「南極越冬隊」に食料などの物資を届ける集団だった。まず、オーストラリアまで空路で移動した後、砕氷船で1カ月半かけて近づけるところまで航行し、さらに基地までヘリで飛ぶという大移動だ。基地に近づけるのは南極の夏にあたる12月から2月の間だけ。今、まさにこの季節なのだ、狙いすましたにもほどがあるがイヴたちのもつオーバーテクノロジーを思えば大したことはない。


オーストラリアの南の暴風圏を通過する時は、船室に備え付けの椅子が部屋の端から端まで飛ぶぐらいに揺れた。船酔いもひどかったが1カ月近く乗っていれば慣れるもので、逆に到着後は陸酔いに悩まされている。


この基地には大きく分けて2つの業務がある。ひとつは「観測隊」としてさまざまな分野の観測を行う観測事業で、気象、地質、生物学、天文など、さまざまな視点から地球を観測する研究者たちが携わる。「地球の変化を観測して過去から今がどう変化しているかを調べることで、未来にどのように地球が変わっていくのかを予測し、未来の地球環境に備えることを目的とした仕事だ。


もうひとつの業務が、観測事業をする人が過酷な南極で生きていくために、水や電気や食事などを作ることで支援する設営部門だ。基地内および日本との間のネットワーク全般の運用保守を担当するのが役割だ。



昭和基地からインターネットへの接続は極地研を通して行っており、接続速度はおよそ3Mbps程度。この帯域を昭和基地全体で共有するため、ひとりあたりの速度はISDNと大差ない程度。メールやテキストのWebサイトを閲覧する程度であれば問題ないが日本にいるときの感覚で動画共有サイトを見に行ったりすると、データを読み込むのに半日かかったりする。


衛星が使えるようになったことで、電話はつながりやすくなり、国内通話と同じ料金で電話ができるようになった。それまではインマルサット衛星やイリジウム衛星を使った国際衛星回線を使っていたため、電話代にはかなり気を使ったらしい。インターネットが使えても、音声通話アプリは、データ通信の帯域を圧迫するので使用が制限されている。「声で会話する」ための電話は昔も今も変わらず、隊員の大切な心のライフラインなのだ。


そんな話をしながら零児が遊矢たちとともに訪れると、唯一ここでネット環境を管理している男性と会うことができた。二年交代の単身赴任だそうである。そして、彼は教えてくれた。


「数ある基地の中でもネットが使える環境がととのっているのはうちだけなんだ。そのはずなのに隣の××基地で数年前から突然使えるようになったと連絡があってね。一応サーバが怪しすぎるから使うなと通知は出してるんだが、かなり規模がでかいらしい。うちまで範囲なんだ」


彼は端末を見せてくれた。


「そこにあったんだな?」

「ああ、未知の基地が。これから案内しよう」


遊矢たちは気を引き締めた。


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