黒咲は混乱のただ中にいた。薄暗い会場が広がっている。ここはどこだ。あたりを見渡すとなにかのイベント会場のようである。ステージの中央にスポットライトがあたり、やたら低いマイクがある。若い夫婦たちがたくさんいて、頑張れ、といったメッセージが揺れている。カメラやスマホのフラッシュが眩しい。その上の方には見上げるほど巨大なモニターがある。全国児童暗算選手権大会の看板に黒咲はようやく夢だと気づくのだ。これは幼き日の思い出だと。
自覚すると幼い自分が解答席に座っていた。黒咲はさながら透明人間のように隣にいる。やたらリアルな夢だ。明晰夢というやつだろうか。
黒咲の隣にはピンク色のふりふりのワンピースを着た、ツインテールの少女がいる。そして司会者による紹介のあと、ガチガチに固まった少女は一礼して一段あがる。拍手が彼女の緊張を高めていく。
「ナンバー××、柊ゆじゅっ……柚子です、よろしくお願さます」
一番でかいプラカードを持っている男性が頑張れ柚子!と拳を握る。そしてフラッシュ暗算選手権のスタートを司会者が宣言する。息を吸い、柚子と呼ばれた少女は読み上げられる数字に意識を集中させる。
黒崎も隣でステージにあがると番号と名前を名乗った。
ぱ、ば、ぱ、と真正面にある巨大なモニタに数字が表示される。黒咲も予行練習に試してみることにした。夢とはいえ負けるのは癪だ。
すべての数字が表示し終わると入力画面に切り替わる。黒咲が頭の中で計算し終わり、入力を開始するのは柚子とほぼ同時だった。
正解した人間のランプだけが点灯する。黒咲は機械的にフラッシュ暗算を繰り返した。やがてランプは柚子と黒咲だけになってしまう。そして柚子のランプが消えたとき、黒咲の優勝が決まった。
歓声があがる。当時の自分には当然の賛辞だった。表彰式になり、トロフィーと賞状が授与される。今まで歯牙にもかけておらず、遊矢のそばにいたという事実からようやく思い出したぐずぐずに泣いている柚子。なぜ夢に出るのかわからない。
「よくやったぞ、柚子」
父親に撫でられながらも柚子は首を振る。悔しくてたまらないようだ。
なにしてるのかと両親に呼ばれる。早く帰るのだ、いつものようにレストランでご馳走を食べるから。
黒咲にとってフラッシュ暗算は自分以外に敵がいない孤独な戦いだった。そして育まれた闘争心はデュエルモンスターズでも遺憾無く発揮されたが、あのときの高揚感を再現はするには至らない。
相手が弱すぎた。勝利は確定していた。デッキを試行錯誤する気力すら浮かばない。必要性すら感じないからだ。機械的になるのを嫌って試行錯誤をするうちに黒咲は勝利の形を追求するようになった。
それを考えれば今の環境は恵まれているんだと思う。貪欲な生き物だから今更満足することなどないだろうが。赤馬零児に呼ばれて遊矢とデュエルをし、城前とデュエルをし、充実していたがここのところ音沙汰なしだ。今までどうやっていたか思い出せないでいる。
寂しい、というくだらない記憶がありありと浮かぶが、今の黒咲を巣食っている空虚は心身ともに成長した以上同じ感情では決してない。ほかの人間がよく口にする共感には虫酸がはしる。舌打ちをした黒咲は幼き日の自分を見送る。
「へー、ここが黒咲の原点か」
「城前!?なんで貴様がここにいる!」
「んー、せっかくイヴ側についたからさ、GODの力を見せてもらえることになって。誰がいいかなーと思った結果?」
突如出現した城前の手中には発光する球体がある。
「まさかここは夢じゃないのか」
「ちがうんだなー、これが」
「俺の記憶か」
「イヴたちが作り上げたGODの力が欲しい候補者をこうやって選んでたらしいぜ」
「なるほど……だがどういうつもりだ?」
「いやー単なる興味?お前の人生なにがあったのレベルで落差があったからさ。気になって?」
「ふざけてるのか」
「そう怒るなって、引き換えに情報提供してんだからよ」
「それで、なぜ俺を巻き込んだ」
にい、と城前は笑う。蝶が舞った。
「遊矢から聞いてるだろうが、俺としちゃGODを覚醒させることは最低ラインなんだ。邪魔は少ない方がいいだろ?俺は下っ端だからさ、それなりに働かないといけないと思って」
黒咲は口元を弓なりにつりあげた。
「俺だけでなく遊矢にすら負け越してる雑魚を仲間にするほど敵は人事不足か」
「誰が雑魚だ誰が!だいたい赤馬零児の邪魔が入ったあのデュエルはノーカンだっていってるだろ、ばかたれ!いいかげん認めろ!」
「あいにく負け犬の遠吠えを気にかけてるほど俺は優しくはない」
「こんのやろー、黒咲てめえ!いい度胸だ!デュエルで勝って今度こそそのふざけた態度改めさせてやる!」
「ふん、もとよりそのつもりだ」
「もーやだこのデュエルジャンキー!」
城前はデュエルディスクを操作する。
「さあ、マスタールールといこうぜ!思いっきり暴れたいからな!」
二人はデュエル開始を宣言した。
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