スケール20 未来の墓碑銘
未来の墓碑銘


ログインした遊矢を待っていたのは、懐かしい蒸し暑い夏の香りだった。街の木に指定されている名前も知らない広葉樹が生い茂っている。夕暮れの蝉の鳴き声が忙しない。


MAIAMI市の夏はいつだって暑い上に、幸い今は振る気配すらないが雨が多い。冬でも海で泳げるほど温暖だ。今は夕方の設定だからだいぶ下がってはいるものの、近くに設置されているオブジェの上にある温度計は20度を超えている。きっと日中は余裕で25度を上回るはずだ。


懐かしさで無性に泣きたくなる。


遊矢がログインすべきエリアは、少々座標がずれていた。少し歩けば目的地の看板が見えるので迷うことはないが、波の音が聞こえてくる。湾と大西洋を海岸に沿って並ぶ多くの島々が隔てている風景を一望して、遊矢は伸びをした。かの有名なMAIAMI市の有する海岸である。


大通りを歩くとMAIAMI市中心街が見えてくる。このメイン通りから配列のように細い道が街全体に広げられているのだ。


もともと沖合の砂洲状の土地を埋め立ててつくられた街だ。海沿いにはホテルや住宅がお行儀よく並び、リゾートとして人気がある世界都市のため世界各国出身の人々が集まっている。20年もすればもっと発展することを遊矢は知っている。一年を通じて快適にすごせる避暑、避寒地として世界に知られている街だ、夏場の今より冬場がシーズンである。シーズンとシーズン・オフでは人口の差が激しく、特に冬期は常時の何倍にも人口が膨れ上がるのだ。


エメラルドの海と白い砂浜によくマッチするアールデコ調のパステルカラーに染められた建物がたち並んでいる。おしゃれなカフェや、小粋なブティック、常に新しいものを食べさせてくれるレストラン、ショップ、クラブ、映画館などが連なっていている。美しいビーチと海だけでなく、流行の先端、芸術やエンターテイメントのメッカとしても注目を集めているこの街は、間違いなくアクションデュエルのスタートにふさわしい場所だった。すべて過去形になってしまうのがさみしいが事実だ、仕方ない。


「あー、よかった。スコールの心配はなさそう?」

(仮想現実だしな、どこまで現実に寄せてるのかにもよるが、いつもこの夕暮れで固定のようだし)

「夕闇の墓地とか勘弁してくれよー」

(仮想現実に幽霊なんているか?)

「本物のお墓作っちゃった人達んとこに今から行くんですけど!?」

(そういわれると、この世界はさながら全体が墓場みたいなものか)

「やめて」

(もう滅んだ世界の再現になってるからな、奇しくも)

「だからやめろー!シャレになってないからー!」


Dホイール運転中のため耳を塞げない遊矢をいいことにお気楽なユートは怪談話に花を咲かせる。ばかー、とわりとまじめに遊矢は悲鳴をあげた。


広大な墓地は、厳かな雰囲気がただよっている。踏みつけるのが怖くて敷地内からはDホイールを押して歩くことにした。多様な植物が生育し、綺麗に手入れされている。ソリッドビジョンではなく、本物の植物も持ち込まれているようだ。


この気候にひかれ、冬季の寒冷な気候を避けて他州から移り住む年配者も少なくないMAIAMI市。老人たちの憩いの場になっている。仮想現実なのに、だ。遊矢は背筋が凍った。


「警戒すべきは台風かなあ?」


はるか向こうに積乱雲が見えた。


(スコールだろ)

「そう?」

(ああ)


MAIAMI市は沖縄と5月から10月にかけて台風のシーズンだ。スコールと合わせれば、毎日のようにこの国きっての雨が多い街だ。今日も蒸し暑い一日だったようで、何度も水浴びにきているのだろう野鳥たちが噴水に群がっていた。


海が見える墓地が見えてきた。


MAIAMI市では棺をそのまま埋めるため、個人の墓標となっている。フルネームと生年月日、没日が彫られている。敬虔な教徒だったこともあり、土葬のようだ。日本のように火葬後に遺灰を入れた壺を家族で格納室に入れる訳ではない。一番海に近いところの区画にその墓地はあった。


「さて、さがすかな」

(これだけ広いと手間だな、誰かに聞くか?)

「いるかなあ」


父親は母親と一緒に買ったらしいが、まさか息子が先に使うとは思わなかっただろう墓場。この国では同じ墓地内でも夫婦で全然違うところに埋葬される、なんてよくあることだ。通っていた教会や宗派のが尊重されるから、墓地が別のところってケースもよくある。この墓地を所有している教会に通っていたそうだから、埋葬されるのはおそらく正解だ。


そして、一番海が綺麗に見える場所に、遊矢はお墓を見つけることができた。


広い土地に墓石がぽつんと立っているのが印象的だ。地面に顔を出すように埋められている墓石だが、芝が刈られないと見にくくなるのに誰も世話を焼いた気配がない。普通に考えたらこの真下に棺があるはずだが、それを踏んづけていることに対してはあまり気にしないらしい。特にお隣との境界線があるわけではなく、だいたいここらへん、というぼんやりとした感覚で花が手向けられている。


「うーん、違うな。母親の墓だこれ」

(たしかにそうだ、別のところを当たろう)


生花が活けられている墓を後にする。


「ここだけ本物かあ、知らなかったらわかんないな」

(ほんとにな)


ここから先は裕福層や有名人の区画のようだ。この辺りはMAIAMI市の主要な観光の名所である。区画を曲がるたびに新しい視野が開け、高台からはMAIAMI市とビーチのすばらしいパノラマが望める。都市開発計画との調和を計り、街から離れた場所に作られた霊園は訪問客は敷地内を散歩し、彫刻を賞賛し、曲がっている区画に沿っていくスタイルだ。記念碑だけでなく花壇や池などが整備され、庭師が土地の自然の輪郭を求め、そして湖と島と足橋のある地面を美しく飾り立てている。高い木々、一帯の芝生、噴水、野鳥、美しい彫刻、沢山の花、気高い建築、光一杯の室内、そして、世界の歴史的記念品とロマンスの色彩で満たされていた教会。


公園の入口や公園の新しい区画内では真新しい白い石像が装飾として使われている。向日葵、愛の教会、風の鈴塔、祝福されたされた少女、憐れみの像、翼を広げた天使など、数多くの等身大の像を見ることができた。スマートなオベリスクや、 ケルト風の十字架、ガドルペの乙女の像、海上で難渋する漁師を守るカリダダの乙女像 、奇跡を授けるマリア像、生前の宗教や生き様にかかわりある彫刻が墓石の近くに飾られている。
  

「もしかして、あれ?」

遊矢が指差す先には大きな池があり、小島がある。白い建物があった。


霊廟は池の中の小島に置かれ、下池に映って大変に美しい。絵のように美しいゴシック洋式の中世の復古調。ソリッドビジョンではない、ほんものである。

うわー、と見上げながら小橋を渡ると、とても高いアーチが見えてくる。訪問者は嘆き悲しんだり、故人の記念日のお参りに来るよりも、都市の喧騒を避けるために訪れているのかもしれない。記念碑と霊園の埋葬機能で満たされている霊園は格好の公園でもあった。ここが有名な霊園なこともあり、観光客は霊園を観光の名所として訪れている。


すれ違った人々は、ここが仮想現実と知らないままログインしているのか、それともバーチャルなんとかのサービスを利用しているのだろうか。それともAIだろうか。遊矢は素知らぬ顔で歩くのだ。不法アクセスである。BANされたら生身でログインしている遊矢はもろとも消されてしまう。


「あれ、誰かいる?」


橋の向こうにある霊廟の前に佇むのは女性だ。夕焼けの小島にたたずむ女性、さすがに雰囲気がありすぎて声をかけるのに躊躇した遊矢だったが、あちらから先に声をかけてきた。


「あら、どうされました?」


遊矢はほっとした。とりあえず人間らしい。


「ここって××のお墓かなと思って。あってる?」

「ええ、あってますよ。でも珍しい、デュエルモンスターズ資料館の方以外にこられるなんて初めてです。××さんのお友達かしら」

「城前の前任者だし、一度はあってみたかったな、って」

「あら、城前さんの?そうなんですか。でしたらどうぞ」


口から出まかせだが女性は先を促してくれた。


(遊矢)

「ん?」

(彼女、どこかでみたことないか?)

「あ、やっぱり?オレもどっかで見たことある気はしてるんだ。どこだっけ」

(……あ)

「思い出した?」

(ああ、城前とデュエルしてた女性だ。たしかあの動画、墓地じゃなかったか?)

「あ」


いつだったか掲示板に上がっていた動画を思い出す。全然気付かなかった。ここで撮影してたのか。遊矢は女性に話しかけた。


「ところでさ、ここでなにしてるの?」

「私ですか?私は一日霊廟の管理をしています」

「……AI、かな?」

「そうですね、××さんのお墓だとわかっている貴方ならお分かりとは思いますが、ここはとても大切な場所なので」

「ずいぶん綺麗な墓守さんだね」

「ありがとうございます」

「AIにしてはおしゃべり上手だね」

「よく言われます」

「あのさ、オレ、この先にあるワープゾーンつかいたいんだけど、どうしたらいい?」


あまりにも直球な発言に一瞬女性はフリーズするが、小さく破顔した。


「でしたらデュエルしましょう。城前さんもいつもそうしてらっしゃるから」

「あの動画、そういうときのだったのか。……いいよ、じゃあデュエルしようか。わかりやすくていいや」


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