「おー」
間抜けな感嘆だ。館長は笑う。
「なにアホ面かましてんだい。ここに出入りするようになってから一年は経つだろうに」
「いやいやいや、だっていつもならたくさんのコードつけたヘルメットとか、いろんなものくっつけてログインするじゃないっすか。患者服でカプセルポットの中でログインするのと、まんまフルダイブするのじゃ意味合いが全然違いますって」
「あー、そういえばそうか。今回は紫雲院がデータを用意してくれたからね。それは後でやるからいいよ」
「やったぜ」
館長の手の上で展開されるマテリアルパズル。すべての面が内側から展開され、平面となる。そして中に入っていた白い発光体があたりに四散する。質量をもった粒子がそのデータ1つ1つを取り込み、原寸大のカードとなった。
「おー、あいかわらずすっげえ技術」
館長と城前の前にたくさんのカードのホログラムが横一列に並ぶ。その1枚を適当に抜き取った館長は城前に渡した。
「どうだい、城前。アンタがいってた第三勢力のカードテキストはこんな感じらしいが」
「実際に動かしてみねえとわかんないっすけど、それっぽいところに落ちついたんじゃないっすかね。えーっと、いつもみたいに俺が相手になれば?」
「いんや、まずは赤馬社長とアイザックのデュエルの再現をしてからのがいいだろうさ」
「あ−、そっか。本家の再現した方がいっか。俺もまだ見れてないんだよな」
がしがし頭を掻いた城前に館長は笑う。
「その様子だとアンタの師匠は大丈夫だったのかい?」
「うーん、どうっすかね。こっちに戻ってきたときには意識ありましたけど、いろいろ限界だったのか倒れちゃって。イヴが後は任せろってどっかいっちまったからそこまでは」
「こんなに帰りが遅くなったのは一応気になったから待ってたんだろ?」
「そりゃそうっすよ。半年もライディングデュエル教わったんだし。あっちはどう思ってるかしらねーけど、俺はそれなりに気に入ってたし」
「はいはい、アンタの気に入ってるは友人として大好きってことだもんね。わかってるよ」
「いちいち解説入れるのやめてくださいよ、地味にはずかしいじゃないっすか」
「で?」
「あーもう。えーっと、一応、落ちついたからって寝てるとこにお邪魔させてもらいました。素良もお見舞いにきてました。そんで、そこでこのデータもらったんです。素良は蓮の目的がすでにG・O・Dによって叶ったこと知らなかったみたいっすね」
「なるほど、一枚岩じゃないってことか。紫雲院はずいぶんと新参のようだね」
「G・O・Dの力の前借りができるとは予想外だなって。妹を生き返らせたいが前借りできないってことは、世界線自体を弄らないといけないのか、G・O・Dを復活させないとできないのかはまだわからないっすね。場合によっては素良と一緒に行った方がいいかもしれないなーって。やる気が尋常じゃないんで。ただイヴとアイザックだけがG・O・Dの幻影を見たことがあるっぽいんでそっちもありかなとは思います」
「まあ紫雲院の場合はアンタずいぶんと気に入られてるし、そのうち呼び出しがあるだろうさ。それまではこっちに付き合って貰うからね」
「はーい、わかりました」
城前が手を差し出すと、カード達は光を零しながらひとつのデッキとなって折り重なっていく。すべてのカードが手元に集まったことを確認して、城前は1枚1枚カードを確認した。
「ううう、このデッキでデュエルしてえ」
「あとでいくらでもしていいから早く」
「わかってるっすよ、うう。ほらよ」
城前の前に人型の実体が現れた。そして城前がデッキを渡すと、そのデッキデータから使用者データが再現されていく。手からゆっくりと構築されていく様子は何度見てもB級のホラー映画である。
「ねえ館長。この技術ってどっかの会社の流用だったりします?」
「さあて、ねえ?一応デュエルモンスターズ作った会社の系譜は組んでるはずだけどね、うちの会社は」
「あーやっぱり」
城前の脳裏にRの文字がちらついた。
「前任者のAIまだ完成しません?」
「まだだねえ」
「はやくデュエルしてーなー。蘇生とかしないんすか?」
「うまくいってたらとっくの昔にしてるさ。でも応じないんだ、仕方ないさ」
寂しそうに館長は笑った。城前の前にはアイザックによく似たデザインのアバターがたっている。さきほどのデュエルはレオ・コーポレーションのソリッドヴィジョンシステムによって行われた。質量を決定する素粒子を貯蓄する空間はレオ・コーポレーション、データバンクはワンキル館のものがそれぞれ使用された。それが何を意味するのかといえば。未使用のカードの挙動は処理の関係でわかっているのだ、デュエルのログを確認することでテキストに落とし込むことが可能となる。素良は丁寧な仕事をしてくれた。テキストログと音声ログをわけ、わざわざ書き起こしまで行ってくれた。これは解析が早そうだ。
「それじゃあ、始めようか」
館長の一声により、デュエルフィールドが展開される。アイザック、そして赤馬零児によく似たアバターが互いに所定の位置に出現する。そして音声が再生され、そのプレイングにあわせてカードが次々にデュエルフィールドに出現する。まだソリッドヴィジョンが存在しないものは、カードに表示されているイラストが浮き上がる形だ。
「……《ミラーイマジン》か。こりゃまたテキストに再現するのがめんどくさそうなテーマだね。未来から来たっていうのも納得のめんどくさい挙動だこと」
「あはは、アイザックはイヴとおんなじ時代から来たんすよね、そりゃ桁違いに難解なテーマにもなるか。つーか仮想現実に質量保存するってだけでもオーバーテクノロジーなのに、異世界だあ!?他次元のエネルギーを勝手に搾取するまでになってんのかよ、怖すぎだろ!しっかし、大丈夫っすか、技術部。《白鯨》もだいぶん時間かかってましたよね?ユーゴと蓮のデュエルのデータも持って帰ってきたんで、新規カードの作成もまたお願いしたいんすけど」
「まあなんとでもするよ。引き続きカードデータの収集よろしく」
「はーい」
アイザックの使用テーマである《ミラーイマジン》は、デュエルログを何度も確認しないと1枚1枚のカードの効果がわかりにくい。初見だったはずなのに、そのテーマとデュエルを行いながら現在進行形でデッキの構築やプレイング、どういった動きをするのかを看破して適応していった赤馬零児の才覚には脱帽である。城前も何度か見返してようやくデッキの動きを把握することができた。はるか未来のテキストにもかかわらずエラーを起こさないレオ・コーポレーションのシステムの完成度を再確認することにもなった。さすがはカードテキストが存在すればなんだって再現してしまうだけはある。
「やっぱ第三勢力の古参組はペンデュラムテーマっぽい?」
「正史だとこいつらがG・O・Dをみつけたようだしね。赤馬社長の時代では研究途中で試作段階だったが、一般にも流通してるとみるべきか。それともリアルソリッドヴィジョンシステムと相性がいいか。はたしてどちらだろうね」
「どっちっすかね。赤馬社長的には父親の世紀の大発見は誘導されたものだって特大の地雷噛まされたから敵認定したみたいだけど」
「いんや、赤馬社長は初めから敵は第三勢力だと思ってるはずさ。父親から託されたカードを榊遊矢じゃなくてアイザックとのデュエルでつかったんだ。あのときは使う気配すらなかったじゃないか」
「あ、そういえばそうっすね。イヴ側にいるのは継続っぽいかな、すくなくても赤馬社長はデュエルしてくれそうだし」
「そうだね。よろしく頼むよ」
「はい」
アイザックの《ミラーイマジン》は自身が効果の対象となったとき、自身をリリースすることで様々な効果を発動する、きわめて変則的なデッキだ。後出しでより有利な展開、コンバットリックなどが可能なテーマでもある。同時進行で相手の動きを予測して動くことが前提となるパーミッション寄りの構築名印象を受けた。相手の展開を阻害し、有利に進めていくテーマは頭が回らないとできない印象である。数々のモンスターの複雑な効果を組み合わせ、ループを構築するあたりさすがといったところだ。それを初見で看破し、そのコンボを切り崩して攻勢にかかる赤馬零児には賛辞しかうかばない。さすがだ。そして、未来から赤馬零児を逐一観測してきたはずのアイザック達が把握していないカードが存在している時点で、赤馬零王はアイザック達の存在に気づいていたことが確定した。どうやって知ったのかはわからないが、アダムの因子とやらが干渉しているらしい。よくわからないけれど、そのおかげでデュエルは防戦一方とはならず、肉薄したものとなっている。
「意外だね。数多の次元を渡り歩いてきたなら、アダムの因子とやらのパーツは結構あつまってると踏んでたが。集めたらどうなるのかわからないのか」
「赤馬社長と遊矢にアダムの因子があるって、なんでわかったんすかね?てっきり家系図的なものかと思ってたけど」
「わかんないねえ。運命にあらがおうとする意思とやらかな。G・O・Dを神というのなら、手中に納めようとした貪欲な研究者の強い意志を差すのか。それとも神の降臨を危険視して抑止力になろうとしてるやつをいうのか。わからないことが多すぎる」
「アイザックの話、どう思います?いっちゃ悪いけど、おれ、ちょっと主観が入りすぎてよくわかんなかったというか。言葉通りに受け取るならアダムが自分の意思で次元の彼方に行ってしまったって聞こえるけど、止めることもできたはずっすよね?国が手動の研究なんだし」
「そーさね。イヴとアイザックはなにもしなかったんだろう?イヴはアダムと対話してたようだが、アイザックは?やつの憶測ばかりで実際の行動は何もしなかったという胃実だけが残る。片思いだったから邪魔になって見殺しにしたともとれるね。後悔しているとも。ただ……なんというか、奴は拗らせてるところがあるね。助けたい相手を美化しすぎている。アダムがどういうやつなのか、いまいちよく見えてこない。奴の愛はゆがんでる上に重い。アダムを助けるため、が建前のようだが、奴はG・O・Dの復活の方に主眼を置いてるように見える」
「感じてた違和感はこれか。おれ、てっきり蓮もアダムのこと知ってるんだと思ってたんすよ。優秀な魔術師だとかなんとかいってたし。アイザックの話を聞いてるとどーも結びつかねえというか。まさかアイザックやイブからの又聞きだとは思いませんでした。蓮はなんでわざわざあんなこと」
「あの男は義理堅いからね。尊重してただけなんだろうさ」
「うーん、頭がこんがらがってきました」
「あはは。とりあえず、この男は要注意だ。他の奴の視点の情報が手に入らない限りは、どこまで信用できるかわからないからね」
「そっすね。ただでさえ、遊矢と赤馬社長の転移前の状況が食い違ってんだし」
「そうだね」
城前はいきをはいた。
「ね、館長」
「なんだい?」
「これだけははっきりさせなきゃいけないと思ったんすけど、館長はGODの力使いたいっすか?」
城前の言葉に館長はしばし言葉を失った。瞬き数回、零れたのは笑いだった。
「なに野暮なこと聞いてんだい」
「今回ばかりは真面目に聞いてもいいっすか?マジでこれからおれの行動指針に関わることなんで」
「そーさね、神と言うよりは悪魔にしか見えないからまだ保留だ。新しい世界線を構築することは確定した。でも今はまだ力の全貌はわからない状態だからねえ。世界線を構築するったって、あの子はもう特異点の中心になっちまってる。あの子が死なない次元をつくることができるのか、そこにアタシはいけるのか、わからないことが多すぎる。素良の双子の妹の蘇生の願いがまだ叶ってないってことは、今の段階じゃできないってことだろ?完全体にならないとできないとするなら、もうその時点で万能なんかじゃないしね。素良の動向次第ってところかな」
「そっか。じゃあ、素良の目的が果たされることがわかって。なおかつ、GODの干渉が及ぶ前の次元に転移することができるけど、素良や館長の願いと同時に実現できないってわかったら、おれはここにいられなくなるってことっすね」
「そういうことだね。GODの干渉が及んだ後の世界は嫌なんだろう?」
「あたりまえじゃないっすか。おれはおれの知ってる世界に帰りたい」
「まあ、できる、の方が確率低そうな気がするけどね。アタシとしてはできない、なおかつ城前が帰った後も交流や行き来が可能であることがベストだ。そうすればワンキル館はますます発展することができる。転がり込んできたチャンスだとでもおもって、軽く考えておくことにするよ」
「おれにとっては死活問題っすけどね!!」
「あはは。さーて、長話はこれくらいにして、そろそろ《ミラーイマジン》の動き方わかってきたんじゃないかい、城前。予行練習は終わりだ。あの子に教えてあげてくれるかい?」
「りょーかいっす。それじゃ、いっかいログアウトしますね」
「ああ、待ってるよ」
城前の姿が1と0となって消えていった。
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