スケール17 MAIAMI市
年度ごとのファイルの中に、イベントファイルが雑多に並べられている。そのひとつひとつにデジカメからそのままアップロードしたと思われる画像が並んでいた。城前はその中でも一番古い年度を選択し、適当に閲覧していく。そこには幼い頃の零児と前任者である青年の写真があったり、アクションデュエル普及のためのイベントの写真がたくさんおさめられている。そして、そのひとつで手が止まった。


「これ、若い頃の館長っすか?」

「ん?ああ、そうだね。懐かしい」


そこには当時のイベントの関係者達が勢揃いした写真があった。赤馬零王、零児、前任者の青年、榊遊勝、そして裏方のスタッフ達、その中に女性がいる。


「この頃は裏方のスタッフだったのさ」

「レオコーポレーション側の?」

「まあね、もともとは技術部の人間だったのさ」

「へえ、そうなんすか。それがなんでワンキル館側に?」

「まあ、家業を継ぐのが嫌で飛び出した口だったからさ、あのことはもともと遠い親戚だったんだよ。それがこんなことになっちまったから、どうせならってオーナーの提案に乗ったのさ。ほんとはもっといたかったんだけどね、レオ・コーポレーションには。でも知らない人間に踏み荒らされるのもなんか嫌じゃないか」

「……そっすか」


独身を貫くと決めている、と明言したばかりの館長からそんなことをいわれるとなんだか複雑な気分になる和波である。そんな態度にあえて明るく彼女は返した。


「なにしんみりとしてんだよ、城前。そんなのどうだっていいだろ、くだらない。ほら、行くよ」

「はーい、わかりました」


パソコンを仕舞い、館長と城前は移動をし始める。何処に行くんだろう、と遊矢はワンキル館全体を表示した地図を拡大する。点滅する二つの●がどんどん移動していく。どうやら5号館に向かうようだ。遊矢たちが入ってくるなといわれているエリアである。ユーリが一度侵入を試みて、その手前で失敗したスタッフ以外立ち入り禁止の扉にむかったと遊矢は気づく。本来存在しないはずの通路を抜け、忽然と2人の姿が消えてしまった。あれ、と柚子が声を上げる。


「遊矢、遊矢、消えちゃったわ。もしかして壊れたの?」

「違うよ、この先は」


遊矢は城前のスマホに仕込んでいるアプリを起動させる。消えたはずの点滅がふたたび出現する。だがそれは、ワンキル館が存在しているネットーワーク上である。


「やっぱり」

「やっぱりって?」

「あそこからワンキル館のデータバンクにいけるんだ。直接」

「えっ、そんなこと可能なの?」

「できるよ、たぶんね。ワンキル館は観客に秘密でネットワーク上のこの場所にたくさんの人を入れて、イベントをしてたってことだし。すっかりだまされちゃったなあ、ここまで精巧だとわかんないよ」


遊矢は手のひらに汗が伝っているのがわかる。握りしめると指先が白んだ。おそらく存在しているはずの研究施設、そして城前自身の頭の中と直接繋ぎ、そこに存在しているはずの様々な情報を直接取り込んで解析などを始めるつもりなのだろう。説明とデュエルディスクだけでは説明しきれないテーマカテゴリの細かな整合性をここで埋めるつもりなのだ。果たしてそれだけなのかは怪しいけれど。

スマホを通して外を見てみる。

淡い闇が扉から吹き込んでくる風にふかれて、四方にさまよい流れていく。ぬくもりをおびた人工的な闇が、立ち上る煙のようにかき混ぜられていく。そして、上の方に目を向けると池みたいにその流れは固まり、溜まっているようにみえた。すべてのものが押し広げられ、ひしゃげていく。さらに奥に進んでいくと世界は闇に包まれていた。どこか甘いにおいがするような、しっとりとした懐かしい気配のする闇だった。切りのように広がる闇の隅は、手を伸ばすとそのベールをつかめる感触がありそうである。まるで水のようだった。ひたひたと満ちてきた闇に頭の先から脚のてっぺんまで覆われてしまうと、その先には。

やさしいかすかな光だった。

わずかな隙間から一本の震える細い光が差し込み、小さく燃えるような閃きを形作る。光のかけらは次第に大きくなっていき、光のまたたきに似た輝きを広げていく。そして、さらさらと透明な波のようなさざ波が視界いっぱいに広げていく。闇と光が混じり合い、やがて空気の中に溶け込んでいった。

幻に足を踏み入れたような感覚が遊矢たちを襲う。立ち上がった遊矢より先にモニタに詰め寄ったのはユートだった。柚子は驚いて口を閉じるのを忘れてしまっている。


「これは……!」


まず見えたのは空だった。黄昏の空はまだ薄明るく、遠くの方まで見通すことができる。海と空が交わり始めたあたりから広がり始めた赤が淡い色を伴って、世界を染め上げていく。目の前を通り過ぎる車や人の雑踏は、燃えるような赤に押されて次第に漠然としたねずみ色となり、ただ影と影が重なりながら動いていた。

あまりにも整いすぎた街並みだった。次第に広がり始めた歓楽街のネオンが情緒をすべて塗りつぶしていく。全速力で満員の乗客を運んでいく見たこともない交通機関が光のように横切った。


「MAIAMI市だ」

「え?これが?違うわよ、遊矢。たしかによく似てるけど、こんな高い建物、MAIAMI市にはないわ」

「違うよ、柚子。これは、俺たちが生まれ育ったMAIAMI市!」

「え!?」

「すごいなあ、ここまで再現しちゃうなんて。会場一つ再現するくらい簡単なら、街一つくらいどうってことないってこと?」

「これが……遊矢のうまれた20年後のMAIAMI市……」


柚子はモニタに見入るしかない。隣の遊矢は懐かしさなどのざまざまな感情がわき上がってきたようで、何も言葉がでてこないようだ。今にも泣きそうな顔をして、拳を握りしめている。こうしてみるとワンキル館を初めとしたレオ・コーポレーションの施設が20年後の未来からやってきた施設だと改めて思い知らされるのだ。この光景はすでに失われた者であり、隣にいる遊矢はこの世界から来たのだということも。

「……ねえ、遊矢」

「うん?」


声は震えていたが、柚子は気づかない振りをした。


「……いく?」


長い沈黙だった。乾いた笑いは自嘲めいている。


「あたりまえだろ、柚子。ワンキル館がどうしてそこまでたくさんのカードデータが必要なのか気になるし。いつまでたっても城前帰ってこないし!こっちは聞きたいことたくさんあるのにさ」

(気をつけろよ、遊矢)

「わかってるよ。さーて、それじゃ、さっそく行きますか。お楽しみはこれからだってね」





prev next

bkm
[MAIN]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -