スケール16 収穫
すでに日が落ちたころ、外を明るい光が通り過ぎていく。ワンキル館の敷地内で自動車ではない明かりの持ち主など1人しかいない。バイクの明かりだ。窓を開ければ駐輪場に止まる1台のバイクが見えた。ようやく城前が帰ってきたと遊矢は大きくのびをした。聞きたいことが山ほどある。さっそく玄関に向かった遊矢だったが、いつまでたっても開く気配がない。てっきり日常と化した不法侵入を咎める顔が現れると思ったのに拍子抜けである。こっちは赤馬零児とアイザックのデュエルが閲覧できる理由も含めて、話さないといけないことがたくさん出てしまったというのに。なにをちんたらしてるんだろう、と待ちきれなくなった遊矢は外に出た。

「どうしたの?」

「城前帰ってこないんだよ、どこいったー」

「大家さんに聞いたら?」

「それもそうだよね、すいませーん」


遊矢は1階に続く階段を駆け下りると、その真向かいにある詰め所に向かった。監視カメラを見ていた初老の男性は顔を上げた。一瞬驚いた顔をするものの、遊矢の顔を見るなりためいきをついた。実は今日遊矢がこの建物、あるいはワンキル館の敷地内に入ってきた記録はどこにもないのだ。ちゃっかり死角になるところからこつこつ窓を叩かれ、いつもは開けないところを開けるハメになったのである。ため息のひとつもつきたくなるというものだ。


「またかい、君。館長が許可してるとはいえ、一応部外者なんだからちゃんと玄関から入らないと困るよ」

「あはは、ごめんなさい。つい」


遊矢の言葉と態度に言うだけ無駄だとわかってはいるものの、ついつい口に出してしまう大家である。彼がどこまで遊矢のことを知っているのかは微妙なところだ。世間を騒がせているハッカーの正体だ、と館長だか城前だかにいわれたのだろう、こんな若い子がねえ、と言われたことを思い出す。この時代には存在しないことになっているのだ、つい監視カメラなどの記録がのこってしまうところは警戒してしまう。館長の好意で自由に出入りしていいといわれているものの、やっぱり追われる身である。どこから情報が漏れるかわからない以上、しなくていいと言われてもやるにこしたことはない気がするのだ。


「城前帰ってきたと思うんですけど、帰ってこなくて。どこいったかわかります?」

「ああ、きっと館長のところだろうね。いつもそうだよ」

「館長っていうと、ワンキル館の事務所?」

「そうそう、そのうち帰ってくるから待っていなさい。ここから先に行かれると私は警報ボタンを押さなきゃいけなくなるからね」

「……はーい」


ワンキル館のネットワークを使っていい条件として、デュエルログとデッキデータを渡すこと。自由に立ち入れるのはプライベートスペースのみであり、それ以外の敷地には立ち入らないこと、と言われている。遠回しに警告された遊矢はあっさりと引き下がった。

2階に戻り、ドアを閉め、鍵をかけた。


「城前さんどこにいったの?」

「館長に報告することがあるんだってさ」

「そうなんだ」

(遊矢)

「いわれなくてもわかってるよ。さーて腕の見せ所だね」


腕まくりをした遊矢は城前の部屋に向かい、世界大会の動画を見るためにパスワードからアカウントから調べ上げたノートパソコンを起動させる。これを徹底的に調べ上げたところで知りたいことがなにひとつ手に入らないことはわかっている。ネットワークにつながっていることが重要なのだ。


「さーて、何してるのっと」


遊矢はさっきまで原理は不明だが宇宙ステーションの映像を映していたプログラムを解析し始める。差出人不明で送られてきたプログラムである。みたこともないソースコードに頭が痛くなりそうだが、間違いなく遊矢たちよりも後の時代の人間が作ったものだとわかる。どういう理論でくみ上げられたプログラムかはわからないが、どうやったらどう動くのかがわかればどうとでもなるのだ。宇宙ステーション内部を盗み見るよりはよっぽど楽なはずである。


「よーし、うまくいった」

「何したの?」

「ん?ああ、ワンキル館のネットワークをハッキングしたんだよ。ついでに城前のスマホの権限一時的に使わせてもらうことにした。さーて、何を話してるのかなっと」


タイムラグはあるものの、一定時間になるとデータが次々とこちらに送られてくる。ハッカーって怖いと固まっている柚子をみて遊矢はウインクである。隠し事する城前が悪いんだよと。人のこと言えないだろとユートにつっこまれるのはご愛敬だ。


「ただいまっす、館長」

「おかえり城前。どうしたんだい、そんなにあわてて?そんなにアタシに会いたかったのかい?」


茶化す館長の片手にはコーヒーがある。事務室からバイクの明かりが見えたのだろう。館長はすでに応接室で準備を終えていた。


「そりゃそうですよ、こっちは一日大変だったんだから。忘れないうちにと思って飛んでかえったんすよ、おれ」

「おー、そりゃ大変だったね、お疲れ様。で、どんな進展があったんだい?」

「いろいろありすぎて頭がこんがらがりそうなんですけどどうしたら」

「んじゃ、まずは戦利品をくれないかい」

「了解っす」


城前はデュエルディスクを差し出す。館長は慣れた様子で端子を繋ぐとデータをすべてパソコンの中に転送し始めた。ユート、遊矢、蓮、そして赤馬、アイザック、今日一日で行われたデュエルのログとデッキ情報。当然のように流出する数々に遊矢はわかってはいてもため息が出てしまう。何が目的でそんなにカード情報をたくさん集めたがるんだろう、ワンキル館。そしていつも煙にまいてしまう館長。怖すぎる。


「んで、これが素良からもらったやつ」


記録媒体を渡された館長はそれをパソコンに差し込む。


「ずいぶんと気に入られたんだね、城前」

「貸しひとつできちゃったんすけどね、アイザックと赤馬社長のデュエルログはどうしても欲しかったからしかたねーかなって」

「あはは、違いない。ま、高くつくだろうね。これは力作だ」


閲覧した遊矢はそこに詰め込まれたすさまじい情報量に絶句するのだ。これは城前が味方だという前提で渡されるべき情報の数々である。さっき終わったばかりのデュエル、そして赤馬社長とアイザックの会話、断片的にしかわからないはずの情報を整理して集約した報告書のようになっている。

イブとアダムが紛争地帯からアイザックの祖国に逃げてきた難民であり、その才能と努力でもって一流の大学に行き、アイザックとであったこと。イブとアダムは科学で人の役に立つことを第一とする信念を持った素晴らしい科学者でだったこと。何不自由ない環境で研究をしていたアイザックは衝撃を受け、研究仲間として2人と交流を深めたこと。赤馬零王と榊遊勝の発明した質量を伴ったソリッド・ヴィジョン・システムの研究は遙か未来でさらなる発展を遂げた。かつてネットワーク上にしか作れなかった仮想現実は、いつしか次元の狭間に作れるようになり、そこから必要な質量を出し入れできるようになっていた。遊矢たちの時代よりはるかに膨大な数の質量を人は扱えるようになっていた。その仮想空間をもっと広げる研究を彼等はしていた。1枚のカードに転写する質量を極限まで圧縮すれば、それだけ膨大な質量を入れることができる。同じ空間でも貯蓄できる数は莫大なものとなる。神の領域にまで手を出し始めていた彼等は、そこに無限の可能性を見た。その研究が必ず人々を平和に満ちびくを信じていた。


「これかい、城前が慌てて帰ってきた理由は」

「もちろん」


城前はうなずいた。

アイザックは異世界の扉を見つけたといったのだ。次元の狭間を出入りできるまで科学は進歩しているのだ、別の次元に干渉することも指先がいつ触れるかという状態だったのだろう。アイザック達が見つけた異世界の扉は信じられないような膨大なエネルギーが存在し、それは質量に変換すれば次元を飛び越えられるレベルのものだったという。そして、彼等はそのエネルギーをカードに変換しようと考えた。制御は困難を極めた。そして、アダムは人間を媒介にする方法を思いつき、実行に移した。そして、実験は失敗した。そのエネルギーを制御しきれず、アダムが媒体となっている自分ごと次元の狭間に消えることで暴走を止めた。残ったのは覚醒前の一枚のカードだけ。覚醒していないとはいえ、次元を越えることができるほどそのカードはすさまじい力を秘めていた。そしてイブはアダムを探し始めた。

ざっと概要に目を通した館長は、その下にある動画をみて口元をつり上げた。


「たしかに欲しいね、このカードのデータ」

「だろ!館長ならそう言ってくれると思ってたぜ!」

「ふふ、コレが一番の手柄だね、城前。ありがとう、これはまた忙しくなりそうだ」

「おれもやっと動けるよ、あー長かった」

「一時はどうなるかと思ったけど、よかったね」

「はい!」


うれしそうに笑う城前を見て、遊矢は複雑な気分になる。城前はこのカードによって自分が生まれ育った世界が滅びたことを知っているはずなのに、どうしてこんなうれしそうに笑えるんだろう。時間を越えられるってことは、世界が壊される前にも戻れると思ってるんだろうか。それとも、滅んでいるとわかっていても帰りたいんだろうか。沈痛な面持ちで音声を聞いている遊矢にユートはかける言葉が見つからないのか、ためいきをついた。柚子はもうアイザックの話がややこしすぎて頭がパニック状態である。うんうんうなり始めた隣に気を抜かれたのか、遊矢はちょっと笑った。そして、ユーリとのデュエルの後行方が知れない素良を思い出し、気を引き締める。やっぱり素良はあっち側の人間なんだと。


「素良だっけ?その子にとんでもないこと頼まれたらどうする気だい、城前」

「そんときはそんときっすよ」

「そうかい?ま、ほどほどにね。しっかし、すごいね、城前。ぜんぶ集めたのかい?今日一日で?大収穫じゃないか」

「ほんとがんばったんすよ、おれ。今度の給料上乗せよろしく」

「ああ、出来高にはちゃんと反映させてもらうよ」

「やったぜ」

「さっそくデータはあっちに投げるとしてだ。何があったか聞かせてくれるね?」

「もちろんっすよ」


城前は半年前からついさっきに至るまでの話を館長に語る。いつもこうやって報告してるのか、と遊矢は聞き入っていた。


「……うちの回線繋がれてるってことか」


どきっとした柚子とユートは肩を揺らす。大丈夫大丈夫、声は聞こえてない、はず、たぶん、と遊矢は笑った。アイザックと赤馬零児のデュエルを観覧したであろう遊矢たちが頭をよぎったのだろうか、城前と館長は顔を見合わせて苦笑いした。


「ま、いいけどね。その分こっちは収穫あったんだし」


アイザック、蓮、そして素良。イヴを除く決闘者全員のデータを収集できたのだ、解析さえ急げばデータバンクに20年より遙か未来のテーマが加わることになる。面白くなってきたじゃないか、と館長は笑った。


「ところで館長」

「うん?なんだい?」

「館長ってさ、娘いる?」

「は?何を言い出すかと思えば、なんだい突然藪から棒に。独身女性になんつーこと聞くんだ。いるわけないだろ」

「じゃあ、親戚とか」

「親戚?なんでだい。今日はずいぶんと食い下がるじゃないか」

「……今日、イブが仮面外したんだ」

「第三勢力の親玉が?」

「ああ、アンタによく似てた」

「ほー、そりゃ面白いね。どこら辺が?」

「どこがって、そりゃ、顔がだよ。蓮はユーゴの子孫だった。だからイブもアンタと関係あるのかと思って」

「バカ言うじゃないよ、アタシは生涯独身を貫くって決めてるんだ。だいたい他人のそら似ってこともあるだろう?」

「いやいや、さすがにあれは似すぎだって」

「そんなに似てるのかい、その女は?」

「ああ」

「へえ、そりゃおもしろいこと聞いたね。一度あってみたいもんだ」

「……館長」

「今度はなんだい?」

「おれの前任者の写真、残ってる?」

「写真?まあパソコン漁れば出てくるんじゃないかい?」

「見ても?」

「いいよ、べつに。困るもんじゃないしね」


借りるよ、と城前は館長からパソコンを受け取った。


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