スケール13 種明かしの裏側で
アイザックが動いたのは、ユーゴが蓮のエースの攻略に苦戦し始めたターンだった。


「あれ、どこいくのさ、アイザック」


素良はおもしろそうだと反応する。寄ってきた素良に、城前はいいのか?と問われ、さっきからあれだもん、ボクつまんない、と素良はむくれる。ちら、と投げられた視線の先には、巨大なスクリーンの前でユーゴ達が使用するカードのテキスト、そこからもたらされる動き、そういったデータの収集に没頭している城前がいた。一度集中し始めるといくらちょっかいをかけても生返事しかかえってこなくなる。ほっとかれっぱなしで暇らしい。小さく笑ったアイザックは手をかざす。

空間が縦に割れ、横に広がっていく。四角いモニタが表示された。


「さっきから私達のほかに二人のデュエルを盗み見ている人間がいるようだ」

「へー、だれ?」

「わかってるんじゃないか?」

「まーね。蓮に言われて、そうするよう誘導したのボクだし。回線つなぐの大変だったよ」


2人の前にはMAIAMI市のはるか上空にいる宇宙ステーションが映し出される。そして、別画面には、その内部カメラをハッキングし、リアルタイムで情報を流しはじめる。ユーゴと蓮のライディングデュエルを閲覧するのは、赤馬零児、その人だった。


「なるほど、おかげで私はこうして機会を得ることができるわけか」

「へー、天才同士なにか感じるものでもあるの?」

「ああ」

「ふーん?しっかしすげえな、社長サマ。たしかにボクたちの手引きだって痕跡はわざと残したけどさ、どうやって見てるんだろ、この映像。わざわざ宇宙にいっちゃうなんて」

「説明は可能だが、いるかい?」

「時間かかる?」

「ああ、蓮のデュエルが終わるだろうね」

「ならいいや、ボク、勉強したくないし」

「そうか?なら、天才らしい発想だとでも言っておこう」

「へー」

「蓮のお膳立てに甘えるとしようか。彼にはずっと興味があったからな。いい機会だ、活用させてもらうとしよう」


そこに慣れた様子で数字を打ち込む。座標を指定された転移装置が起動し、四角いモニタがさらに拡大される。

モニタの向こうの赤馬がこちらを向いた。眉を寄せる。そこに浮かぶのは険しい表情だ。じじじ、というノイズ、なにもないところから有機物が発生するときに生じる電波、そして監視カメラの役割を果たす浮遊する球体。これで何度目になるかわからないイヴ側の偵察を見逃すような男ではないということだろう。


「いーなあ、蓮もアイザックもデュエルしちゃって。ボクもデュエルしたーい。留守番ばっかつまんなーい」


大きく伸びをして大げさに嘆く素良に、イヴが笑う。その言葉に、んなっ?!とすさまじい勢いで振り返った城前が反応したのだ。あんだけボクがデュエルしようって言ってもそっぽ向いてたくせになんなの、この反応、とちょっと傷ついた素良だったが、動揺する城前が面白いから許すことにした。


「ねー、城前、これから社長サマとアイザックのデュエルはじまるよー」


にんまりとチシャ猫のように笑った素良の言葉に、えーっと城前は声を上げる。そりゃそうだ、城前は自分の知らないテーマやカードを扱うデュエリストたちを見たくて、今ここにいるのだ。蓮からユーゴとのデュエルを最善席で見せてやろう、と言われたから、最初から最後まで見る気満々なのだ。そこにまさかの赤馬社長とアイザックのデュエルである。


「あの人デュエリストだったのかよ!」

「そうだけど?いってなかったっけ?」

「聞いてねえよ!なんだよ、まじかよ、蓮、んなことひとっことも言ってなかったぞ!?なんでんな大事なこと教えてくれなかったんだよ!」

「だーから、それは蓮に文句いってってば、ボクしらなーい」

「うぐぐ」

「ねえどうする?」

「素良、頼む、赤馬社長とアイザックのデュエル、あとで映像見せてくれ!」

「えー、あんだけボクのお願い却下しといて?今更?虫が良すぎるんじゃないのー?」

「埋め合わせはなんでもすっから!な、このとーり!」

「なんでも?」

「なんでも…………って、あ、蓮みたいにあぶねえことを事前告知ないままぶっつけ本番でやらせるの禁止な!」

「お願いしといて条件付けるとか、ほんと図々しいね、城前」

「あったりめえだろ!」

「わかったよ、仕方ないなあ。優しいボクに感謝してよね。じゃ、借り、ひとつだよ」

「おう」


あー、よかった、と安心したらしい城前は、ふたたび目の前のモニタに集中し始める。よーし、言質とった、と小さくガッツポーズする素良に、イヴは笑う。


「したたかですね、素良」

「イヴに言われたくないよ、ボク」

「そうですか?」

「うん」

「ふふ」

「じゃあ、ボク、アイザックたちの映像残さなきゃいけないから、ちょっと離脱するね。あとよろしく」

「ええ、わかりました。いってらっしゃい」

「…………無理だけはしないでね」

「ええ、大丈夫。今日は調子がいいようですから」

「ならいいんだけどさ。ま、そうじゃなきゃ、アイザックがイヴから離れるわけないよね。うん」


素良が手をかざすと、アイザックが先ほど出現させた同様のホログラムが出現する。イヴの笑顔を背に、素良は跳んだ。転移装置を発動し、MAIAMI市から世界中に張り巡らされ、宇宙にまで進出したレオ・コーポレーションのネットワークの中に飛び込む。リアルタイムで様々な情報が飛び交うネットワークの光の濁流の真ん中で、必要な情報だけ抽出して組み上げていく。いろんなデータを総合しながら編集したほうがいい動画ができるだろう。手の込んだものを披露するのだ、それなりのものを返せ、といえるように素良は気合を入れる。

一応、城前とイヴが何をしているのか気になるので、すみっこの方に映像は表示させておく。素良はしばらく作業に没頭することにした。


「このデュエル、どちらが勝つと思います?」


その言葉に城前は、さあ?と返す。


「デュエルに挑む前から負ける、なんて考えるデュエリストなんざいねーだろ。最後の一瞬までわかんねえよ」

「ええ、それはもちろん。ですが、それはデュエル中の二人にだけ許された特権です。私たちのように好き勝手予想するのは観覧席の特権でしょう」

「あー、まあ」

「あなたは半年間、蓮からライディングデュエルを学んできたでしょう、城前。ユーゴが気づいていないことにも気づいているのではありませんか?だから、アイザックと赤馬零児のデュエルよりもこちらを優先した。違いますか?本来のあなたなら、もとの次元である程度《SR》については知っているはずです。蓮のテーマはもちろん熟知している。なら、初見のアイザック、そしてこちらの世界ではまだ1度しか見たことがない赤馬零児のデュエルのほうが優先度は上なはずでは?」

「ほんとイヤんなるくらい観測してんのな、こっちのこと。俺が自覚する前に教えるのやめてくれよ、恥ずかしいじゃねーか」


バツ悪そうに城前はほほをかく。


「あなたはわかりやすいですからね」

「あー、はいはい、よく言われるよ」


目を合わせるのも嫌なのか、顔が赤い城前はそっぽ向く。いつの間にか隣にやってきていたイヴは、巨大なモニタを見ながら言う。


「嫌でもわかるっての。何回蓮とライディングデュエルしたと思ってんだ」


モニタ越しに、今の蓮がどんな状況なのかわかってしまうくらいには、と城前は言う。イヴの時代ですら法律で規制されていた方法によって、前任者のライディングデュエルのタクティクスや経験などを強制的に取得させられた城前の目には、手に取るようにわかってしまうのだ。半年の間にぽつりぽつりと断片的に聞かされてきた境遇などを合わせると、今の蓮の状況は奇跡のようなものだと。


「ずいぶんと込み入った話までしたのですね、驚きました」

「よく言うぜ、蓮を導いた張本人サマよ」


城前はためいきだ。


「お前らが求めてんのはワンキル館の広告塔だろ?おれじゃなくったってできるんだ。どこまでいっても大きな独り言にしかならないっての。同情で人生ささげられるような根性ねーよ、おれにはな。ま、気持ちはわかるけどね。おれが蓮の立場だったら、きっと大興奮だったし、熱血指導にも気合が入るってもんだぜ。ま、あれはやりすぎだけど」


城前のボヤキにイヴは優しげなまなざしを向ける。素良や蓮から求められている理不尽さに気づいていながらのったところが少なからずあるのだろう、この青年は。そういう意味ではお人よしなのだ、譲れないところは譲らないだけの意志の強さがあるだけで。だーからやめろよ、その目、と城前は居心地が悪いのか眉を寄せた。そして乱暴に頭をかく。

蓮は誇り高き先祖ということで、父親からユーゴのデュエリストとしての在り方を幼いころから聞かされて育った、いわば末裔なのだ。片親、貧乏、様々な要因が重なり、父親が病に伏せる事態になってようやく手にしたプロデュエリストの第1歩。それを矯正することができなかった走行技術とほんの少しの偶然が大事故を引き起こし、悲劇のDホイーラーは20歳の若さで夭折するはずだった。自分だけならこれも運命だとあきらめられた。だが蓮の悲願は最愛の父親の悲願でもあった。だからどうしてもあきらめることができなかった。そこに現れた悪魔のささやきに彼はのってしまう。そして、極東、大陸、そして世界と駆け上がり、80の人生を全うした。蓮にとっては、どうしてもあきらめられないこと、は自分の死だった。だからイヴの手を取り、時間を巻き戻し、本来死ぬはずだった世界から分岐した事故が起こらない並行世界を意図的に生み出し、そこから生まれるはずの自分を上書きして人生を全うしたその瞬間に蓮の悲願はかなえられた。同時に、永遠にかなえられなくなった。蓮の最初の記憶の世界はなくなったわけではない。その世界を見捨てて分岐した並行世界に移動し、存在するはずの自分を殺して代わりにやり直す機会を得ただけだ。どうあがいても最初の記憶の模倣でしかない。だから自分が死ぬはずの大事故の記憶は消せないし、そこから生まれたトラウマも回避しようとする癖も治らない。ひとつひとつに気づくのはあまたの世界を渡り歩く中であり、その先で、蓮の中に残ったのはやはり最初の世界の記憶である。


今、父親が話してくれた伝説の決闘者とデュエルできているのだ。蓮の気持ちはどれほどのものか、想像するに難くはない。ついでにいうなら、城前の前任者は、その伝説の決闘者にとってのプロローグ、プロになるその瞬間を演出した決闘者でもあるのだ。蓮の中では両者ともに、憧れと想像がないまぜになり、妄執的な理想ができあがっている。ユーゴはプロになるその年齢の実在の人間だから、本人と相対することで修正も加えられているが、城前の前任者はそうではない。蓮が初めて遭遇できたかもしれない、もしも、は永遠に訪れない。どうあがいてもAIだった。意図的に並行世界を作り出す、というその目的の都合上、ターニングポイントでしか現出できないかれらの限界でもあった。そこに城前が現れた。前任者の後継にたる、生身の人間である。蓮のやる気は尋常なものではなかった。その結果が今の城前である。本人は複雑なようだが。


「あ、まただ、蓮の野郎」

「わかりますか?」

「ああ、もって数ターンってとこかな。ばかやろ、おれの相手する暇あんなら、ユーゴとのデュエルにつぎ込めばよかったじゃねーか」


頼むからもってくれよ、という祈りにもにた気持ちだったのかもしれない。時々、蓮の起動が不自然になるのを今の城前の洞察眼は見逃してはくれない。世界チャンピオンにまで上り詰めた男が、全盛期の姿をして、全盛期以上のデュエルタクティクスを備えた状態だというのに、Dホイールのコントロールを失うわけがないのだ。これは死に至るはずだった事故の記憶からくる古傷ではない。その回避行動からくる挙動の違和感ではない。ゆるやかに進行していた体の自由がきかなくなる痺れ。繰り返したことによるものなのか、城前は知らない。絶対に蓮はその問いに答えてはくれなかったからだ。


「このしびれはあるときを境に一気に症状が進行するのです」

「へえ、実感こもってんな。やっぱどっか悪いのか?」

「それでも私は、私たちは、歩みを止めるわけにはいかないのです。どんなエフェクトを生んだとしても」

「エフェクト、ねえ」

「ええ。この世界のデュエルモンスターズのテキストが、私たちの知らない次元を基準に作成されるようになる。あるいは効果に書き換えられて、知らない間に使用している。それを知覚していたとしても、私たちは止めるわけにはいかないのです」

「…………」

「城前克己、あなたはこの世界になにも影響を与えてはいない、と思い込みたいようですがそれは断じて否です。取り返しのつかないレベルまで、あなたの存在はこの世界に影響を与えています。それはきっと、あなたの次元が私たちの起こすエフェクトの射程範囲にあったという証明でもある。だから、安心してください、きっと元の次元に帰ることができますよ。ただ、」

「それがおれの知ってる次元の原型保ってるかは保証しないってか?」

「ええ、申し訳ありませんが、」

「そーかよ」


素良からもらった転移装置を手に、城前は沈黙する。


「なあ」

「はい」

「さっきの症状、もしかしてイヴ、あん…………」


いいかけた言葉は紡がれない。いつのまにか外されていた仮面。そこに微笑む女性を見て、城前は大きく目を見開いた。


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