スケール11 ユーリvs遊矢
「ユーリ、今言ったこと、ほんとなのか?」

遊矢の声は震えていた。階段を一段、一段、おぼつかない足取りで歩いてくる遊矢に、ユーリは何も言わないまま静かに目を伏せた。

「オレの記憶、消してたの、おまえたちなのかよ、なんで。オレがどんな気持ちだったか、ずっと見てたのに」

「今みたいな顔させたくなかったからなんですけどね」

「そんな」

「遊矢の気持ちはわかってますよ、痛いほど。でも、今こうして詰め寄られるより、記憶を取り戻すことによって、もたらされるであろう遊矢のことを考えたとき。僕たちがとるべき行動はひとつしかありませんでした」

「なんだよそれ、勝手だなあ」

「勝手でもなんでもいいんです。僕も、ユートも、ユーゴも、みんな同じですよ」

「・・・・・・隠し事はこれで2回目だな、ユーリ」

「ええ、そうですね。ですが僕たちは謝る気はありませんし、やめる気もありません」

「・・・・・・オレの記憶、返してくれよ。あちこち回ってみたけど、自分のことだって実感がわかないんだ。みんな遊矢、遊矢って呼んでくれるのに、なんかテレビ見てるみたいな気分になるんだよ。突然ステージに呼ばれた観客みたいな、場違いな感覚が抜けないんだ。これって、あれだろ?ユーゴたちがオレの記憶と記憶がつながるところ、壊して回ってるから、ちゃんとつながってないんだろ?みんながオレのためにって頑張ってくれてる理由をオレが知ることができないって絶対おかしいよ、そんなの」

「それを聞いて安心しました。僕たちの努力はまだ塵にかえったわけじゃなさそうですね」

「ユーリ!」

「そう、怖い顔しないでくださいよ、遊矢。君の気持ちを無視することになるのはわかっていました。今更謝っても遅いとは思います。でも、君がまだ、記憶を思い出せない理由が僕たちが原因の一端だとわかっただけで、僕たちが思い出してほしくないことがなんなのかわからないというのなら。僕はここから先に行かせるわけにはいきません」

遊矢の悲痛な叫びは間違いなくユーリの精神を深く抉っているというのに、彼はその先に続くライディングデュエルの大会会場に行く手を阻む。

「どういてくれよ、ユーリ」

「だめです」

「ここ、ユーゴが初めて優勝した大会なんだろ?ここからユーゴはライディングデュエリストとしての大きな一歩を踏み出すんだろ。写真で見たよ。アルバムでさ。新聞記事でも見た。インタビューがあった。でも、なんにも思い出せないんだ。うれしいとか、懐かしいとか、そういったことはぽんぽん出てくるのに、オレが一番知りたい、なんで、がいっつもでてこない。もういやなんだよ、こんなもどかしい気持ちは」

「それでも、です。僕は君を通すわけにはいかない。ユーゴが君に聞かせたくない話があると現実世界から精神世界にひきこんだ以上、それが原因で記憶を取り戻すなんてことになったら、僕としては一番やりきれませんからね」

「・・・・・・なんだよそれ。蓮ってオレのこと、知ってるのか?」

「はるか未来からの来訪者ですからね、ゼロではないと思っていますよ、正直」

「そっか。ほんとに、知らないのオレだけなんだな。じゃあ、オレはそれを思い出すために先に行く。行かなきゃいけないんだ」

「僕はここをどくわけにはいきません」

ユーリは静かに首を振る。

「どうする気?デュエルディスクは、オレのしかないんだよ?ユーゴが現実世界でライディングデュエルをしてるから、実物はもってこれない。これはオレがさっきまでデュエルしてたから、もってこれた。でも今、ユーリにデュエルディスクはどこにもないよな?」

「・・・・・・城前」

「ん?」

「遊矢のイメージから作られた存在に過ぎない君に借りを作るのは非常に不本意ですが、そのプロトタイプのデュエルディスク、貸してもらってもいいですか?」

「お、身内デュエルか?いいぜ」

「一番警戒している相手のデュエルディスクでデュエルなんて、そんなにオレに記憶思い出してほしくないのかよ」

「さっきからそういってるでしょう、遊矢。さあ、デュエルディスクを構えてください」

「わかったよ」




遊矢はデュエルディスクを構える。ユーリは淡々とデュエルディスクを操作し、先攻と後攻を決定するブザーを待っている。たった七ヶ月の付き合いではあったけれど、まさかこうしてデュエルする日がくるとは思わなかった。そんな感傷すら許さない先攻のランプは遊矢を選ぶ。遊矢は手札を見る。

「さあて、早速いくよ!レフト・ペンデュラムゾーンにスケール8《オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン》、ライト・ペンデュラムゾーンにスケール4《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》をセッティング!揺れろ運命の振り子!迫り来る時を刻み、未来と過去を行き交え!ペンデュラム召喚!こい、《オッドアイズ・ファントム・ドラゴン》!」

砕け散った振り子から降臨した巨大なドラゴンの二色の双眸がユーリを見つめる。いつもなら登場と同時にその力を誇示するように咆哮するというのに、今回はその挙動をみせるどころか、ゆっくりと遊矢をみつめてくる。遊矢の記憶の世界だからだろうか。記憶は心と密接に結びついているようで、いいのか、と言いたげな顔だ。見慣れたソリッドビジョンというよりは、遊矢の心情を反映したかのような挙動に、遊矢はうなずく。ユーリはなにもいわない。

「罠を2枚伏せて、エンドフェイズに《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のペンデュラム効果を発動!デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターを1体手札に加える!ターンエンドだ!」

「まずまずといった滑り出しですね。僕のターン、ドロー!」

ユーリの表情は真剣そのものだった。

「僕は《捕食植物サンデウ・キンジー》を攻撃表示で召喚します。そしてモンスター効果により、手札の《捕食植物》とこのカードで融合召喚!現れろ、《捕食植物キメラフレシア》!さらに装備魔法《捕食接ぎ木》の効果を発動、墓地から《捕食植物スピノ・ディオネア》を攻撃表示で特殊召喚!モンスター効果を発動します。《オッドアイズ・ファントム・ドラゴン》に捕食カウンターを1つ置き、レベルを1に変更します。そして、《オッドアイズ・ファントム・ドラゴン》をリリース!」

「なっ!?」

「手札から《捕食植物ドロソフィルム・ヒドラ》を守備表示で特殊召喚!さあこれで終わりです、遊矢!バトルといきましょう。まずは《捕食植物キメラフレシア》でダイレクトアタック!」

「そうはいくかってね!永続罠発動《EMピンチヘルパー》!1ターンに1度、相手モンスターの直接攻撃時にこの効果を発動できる!その攻撃を無効にして、デッキから《EM》モンスター1体を特殊召喚するよ!オレが呼ぶのは《EMトランプ・ガール》!守備表示で特殊召喚!」

「《EMトランプ・ガール》ですって!?遊矢、どこでそのカードをっ!」

ユーリは血相を変えた。動揺が走る声に、遊矢は首をかしげる。

「何を驚いてんだよ、ユーリ。オレのデッキにはもともと《ペンデュラム・フュージョン》入ってたじゃないか。かつてのオレのデッキに融合に対応した《EM》が1枚や2枚入ってたっておかしくは・・・・・・」

自分のデッキなのに他人事なのは、遊矢自身今使っているデッキは七ヶ月前に目が覚めたとき持っていたデッキであるという事実しか把握しきれていないためだ。気がついたらそこにあった。しっくりきたから自分のだと思った。今となってはユーリたちがかつてを思い出させないように、意図的にデッキ構築が変えられていたり、転移前の世界に置き去りにしてしまったカードプールだったりして、どこかに紛れ込んでいてもそれが自分のかユーリのものなのか、今の遊矢は判断がつかないのである。ここに来るまでに渡り歩いてきた記憶の中で、詰めデュエルだと手渡され、そのまま記念にやると言われて手元に残ったカードたちが何枚もある。君のだと言われて手渡されたカードもある。様々なシーンではあるけども、カードは遊矢の実感を伴わない思い出としてカードプールに蓄積されてきた。思い出せないけど、大事だと心が叫ぶから、今の遊矢のデッキの構築はユーリの知るものとは若干違いが出てきたのだ。そう説明する遊矢にユーリは複雑そうだ。

「それは#城前#が使ったカードですよ、少なくても君のカードじゃなかったはずです」

「えっ」

「僕がワンキル館に偵察に行ったとき、僕たちの知らないカードを使ってきたと言ったでしょう?そのうちの1枚ですよ。どうして君が」

「・・・・・・なんだよそれ。じゃあ、オレの記憶って、全然違う記憶同士が混ざり合っちゃってるってこと?どれだけめちゃくちゃにしたんだよ、人の大事な記憶」

「まあ、蓮が君の記憶を抜き取りにきたのは、僕が#城前#のデュエルディスクの記録を抜いた後でした。そのせいで、混ざってしまったのかもしれませんね」

「じゃあ、教えてくれよ、ユーリ。オレ、ここに来るまで、いろんな記憶を渡り歩いてきたんだっていっただろ?そのとき、詰めデュエルのキーカードだって渡してくれたのがユーリだったんだよ。じゃあ、ユーリ、お前がオレにくれたカードってホントはなんだったの?」

「・・・・・・僕が、ですか」

「うん。混ざってしまったから返すって、カードを預かってきたんだよ、オレ。オレのカードだからって、僕のじゃないですからって。じゃあ、この《EMトランプ・ガール》の代わりにお前がオレにくれるはずだったカードって何なんだよ。ユーリが言うからオレのカードだったんだろうなって思って、入れたのに」

遊矢の言葉にユーリはしばし沈黙する。

「教えてくれないって言うなら、このデュエルますます負けられないよな!

「とりあえず、《EMトランプ・ウィッチ》は破壊させてもらいますよ。《捕食植物スピノ・ディオネア》で攻撃」

「でもこのターンは防ぎきった!」

「カードを1枚伏せて、僕のターンは終わりです」


デュエルディスクが遊矢のターンを知らせる。


「オレのターン、ドロー!さあて、ライト・ペンデュラムゾーンに、スケール1《オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン》をセッティング!もう一度いくよ!再び揺り動け運命の振り子!迫り来る時を刻み、過去と未来を行き交え!ペンデュラム召喚!《オッドアイズ・ファントム・ドラゴン》!《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!そして《EMトランプ・ガール》!」

「きましたか、ですが通すわけにはいきません!僕は《捕食植物スピノ・ディオネア》をリリース!罠発動《ポリノシス》!」

「げっ」

「僕のフィールドにある植物族モンスター1体をリリースして発動できる!そのペンデュラム召喚を無効にして破壊させてもらいます!」

特殊召喚されるはずだったモンスターたちは、すべて墓地に送られてしまう。

「ああもう、仕方ない。伏せカードを1枚おいて、ターンエンド!」


ユーリはドローを宣言した。


「僕は《捕食植物フライ・ヘル》を召喚します!そして魔法カード《置換融合》を発動!《捕食植物フライ・ヘル》と《捕食植物ドロソフィルム・ヒドラ》で融合召喚!こい、《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》!そして、《捕食植物キメラフレシア》のモンスター効果を発動!さあ、バトルです、遊矢!」


「駄目だね、通せない!オレは《EMピンチヘルパー》の効果を発動!《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》の攻撃を無効にして、デッキから2体目の《EMトランプ・ガール》を守備表示で特殊召喚!」

「なら《捕食植物キメラフレシア》で攻撃するとしましょう。目障りな永続魔法ですね、全く」

「へへ、なんとかつながったな!」


そして、遊矢のターンが訪れる。


「オレのターン、ドロー!よし、きた!これで決着といくぜ、ユーリ!オレは魔法カード《シャッフル・リボーン》の効果を発動!自分フィールドにモンスターが存在しない場合、墓地からモンスター効果を無効にした状態で特殊召喚するよ!さあ、フィールドに舞い戻れ、オレのエース!《オッドアイズ・ファントム・ドラゴン》!!さらに手札から魔法カード《デュエリスト・アドベント》の効果を発動!オレのペンデュラムゾーンにカードが存在するから、デッキからペンデュラムモンスター、もしくはペンデュラム魔法・罠カード1枚を手札に加える!さあ、三度目のペンデュラム召喚だ!こい、《EMトランプ・ガール》!そして、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!そして《EMトランプ・ガール》のモンスター効果で融合召喚!来い、《EMオッドアイズ・メタル・クロウ》!そして罠カードオープン!《EMショーアップ》!このカードはフィールドの《EM》モンスター1体を対象として発動できるんだ。このターン、《EMオッドアイズ・メタル・クロウ》の攻撃力は倍になる!」

「《融合》で召喚しなかったのはそのためですか」

「そうだよ!いくぜ、このターン、こいつの攻撃力は6000になる!さあ、バトルだ、ユーリ!《EMオッドアイズ・メタル・クロウ》で《捕食植物スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》を攻撃!この瞬間、《EMオッドアイズ・メタル・クロウ》のモンスター効果を発動!オレのフィールドにあるすべてのモンスターの攻撃力はバトルフェイズ終了時まで300ポイントアップする!だから攻撃力は6300だ!《捕食植物スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》に攻撃だ、メタル・ツイン・ソード!!そして、追撃だ、《オッドアイズ・ファントム・ドラゴン》!!」


豪快な攻撃だった。遊矢の勝利を告げるブザーが鳴り響く。


やった、とガッツポーズする遊矢とは対照的にユーリはもう黙り込んでしまった。


「さーて、教えてくれよ、ユーリ。オレにくれたカードってなんだったんだ?」


こぼれるのはため息だ。観念したように肩を落としたユーリは苦笑いする。


「こんな状況で渡すのはどうかと思うんですが、ね」

「え?」

「これですよ」


エクストラデッキからユーリはカードを手渡す。え、とあっけにとられる遊矢を尻目に、ユーリは勝手に遊矢のエクストラデッキから融合カードを引き抜いてしまう。


「これは君のカードじゃないです。これでスペースが空きましたね」

「どんだけ#城前#嫌いなんだよ、ユーリ」

「あたりまえでしょう」


遊矢は笑ってしまう。そして、意を決して、どいてくれたユーリとすれ違う。サーキット場と観客席を隔てる重い扉をそっと開くと、まるで嘘のように軽い感触で開いてしまう。心臓の音が大きくなるのを自覚しながら、遊矢はその先にいく。


「君が僕の願いを無視して、その先を行くというのなら、僕は君の願いが叶わなければいいのにと願わざるをえません」

後ろからかけられた言葉に遊矢は苦笑いする。

「まだ言う−。オレの勝ちだよ、ユーリ」

「ええ、そうですね。できることから悪態ついてついて行きたいところですが」

「え、こないのか?」

「残念ながら僕はその先にはいけません」

「え?」

「時間切れのようですしね」

遊矢は反射的に振り返る。そこには輪郭がぼやけていくユーリの姿があった。

「ユーリ!?」

「遠くから見守ることすらできない自分がもどかしいです。遊矢、君を信じることさえできればこんな形にはならなかったかもしれません。・・・・・・なんて、今更、いよいよもって僕らしくないですね」

「え、どうしたんだよ!?なんで、透けて!?」

「結局、僕たちが恐れていた痛みの先に遊矢にとって必要なこれからを越えていく何かがあるということでしょうか。運命なのか偶然なのかはわかりませんが、まさか君自身に教えられることになるとは思いませんでした。君とデュエルできてよかったですよ、遊矢」

「ユーリっ!」

伸ばした手は空を切った。もうそこには誰もいない。

「ユーリ?#城前#?」

いつのまにか#城前#の姿もない。遊矢の中で誰かと#城前#を混同していて、それが別人同士だと自覚できたとするなら、さっきまでいた#城前#は遊矢にとっての#城前#だろうか。あまりにもイメージとかけ離れすぎている存在に、遊矢は違和感しかない。#城前#の皮をかぶっていた誰かさんは、いったい誰だったんだろう。

呆然と立ち尽くしているしかない遊矢だったが、背後には喧噪が響いている。もう後戻りはできないことを誰よりも遊矢はわかっていた。こぼれそうになる涙をこらえ、遊矢は走り出す。走って、走って、迷って、迷って、知らないはずなのに知っている場所にたどり着く。そこは世界全体を覆っていたはずの靄がいつのまにか点在する程度に落ちついたところだった。さながら雨が靄になる寸前の、そんな場所。こんなところにまできてしまうと、もう何もかもどうでもよくなってしまいそうになるが、遊矢は歩みを止めることができない。雨粒が体にくっついてくるがかまわなかった。背反する気持ちの間でよろけてしまいそうになるが、遊矢は記憶を取り戻すという悲願のためにその記憶の宝物庫に飛び込んだ。記憶を分断していた世界の境界が消えていく。真実が流れ星のように流れ込んでくる。一瞬の間に何もかもがわかってしまう。

ライディングデュエルのエキシビジョンが幕を開けるその先で行われたかつて、を遊矢はふたたび目撃する。ユーリが突然いなくなったためだろうか。いままでガラス越しの情景がようやく実感をつれてくる。

約束したとき、それから、と嘘をつかれた。

約束したとき、それなら、と嘘をついた。

疑惑が確信に変わったとき、じゃあな、という嘘をつかれた。

ひたすら探し続けていた記憶は、もうすでに知っている悲しみだった。波紋が広がるように心にしみいる記憶が遊矢にかつてを思い出させていく。すぎてしまった未来は、これからやってくる現実でもある。これも決して悪くはないのだ。遊矢がいくら失われた未来を憂いたところで、思い出した記憶はあっという間に引きちぎれ、飛び去り、ただの記憶に変えていく。同じ時に感じたはずの感情にとどまらせてはくれない。遊矢がこれからしなければいけないこと、したいこと、それらをすべて同時に自覚できてしまっているからだ。それは優しさだったのか、無情だったのか、遊矢にはわからなかった。


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