スケール10 ロストメモリ
ごめんな、遊矢、の言葉を最後に現実が遠のいていく。意識が無理矢理深遠に引っ張られる形で沈んでいった遊矢が気づくと、そこには視界一面を覆う濃霧が立ちこめた空間が広がっていた。白い息が溶けていく。ほんの数メートル先すら真っ白な世界である。一瞬頭が混乱するが、ポジションチェンジするだけでなく、精神体のまま外に浮遊することすら邪魔だと言われたのだと気づいた遊矢はあーもー!と声を上げた。ずいぶんと意識の奥にまで追いやられてしまったらしい。これでは意識の表層にあがるのも一苦労だろう。今まで主に活動するのが遊矢だった都合上、ここまで奥に入りこんだことはなかった。ユーゴのやろう、それだけデュエルに集中したいってか、この野郎、と叫ぶがきっとユーゴには聞こえない。ため息をついた遊矢はあたりを散策することにした。どこにいるのかわからないと助けすら呼べない。ユーゴと違って移動手段はこの体一つなのだ。いや、遊矢にはDホイールはないがデュエルディスクがある。

認知の世界でもある。デュエルディスクのモードはワンキル館の回線のままだ。遊矢はレオ・コーポレーションのものに切り替え、デュエルディスクからデッキを引き抜く。そしてざっとカードを確認し、その中から適切なカードを引き抜く。

「さーて、来てくれよっと。《オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン》!」

咆哮が響き渡る。大きな風を産み落とし、巨大なドラゴンが召喚された。白いマントが大きく翻るほどの風圧があたりの空間に立ちこめていた風をなぎ払っていく。どおん、と地面が揺れた。遊矢が呼んだ意図を把握しているらしく、翼をたたみ、頭を垂れる。さんきゅ、とお礼を言って、遊矢はその背中に飛び乗った。うっすらとその異なる色の相貌を細め、ドラゴンは羽ばたきを開始する。

「・・・あれ?」

ほんとうに深い霧だ。これが記憶喪失によるものだと遊矢は知っている。交代して体に引っ込んでいるときはここまで霧はひどくないけれど、ある地点に到達すると靄がかかってくるのを見たことがあった。ずいぶん奥まできたのだということしかわからない。右も左もわからないため、ただひたすらまっすぐに進むよう遊矢は命じる。代わり映えのしない世界とその風の叫びに遊矢がほんの少しの疲労を感じ始めた頃。輝くものが見えた。遊矢の言葉にドラゴンはその場に静止する。

それは《オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン》の生み出す風によって巻き上げられた光の粒子が、まるで雪のように舞い散っているようだった。ゆっくりと降下していくそれをつかもうとするけれど、その風と振動により、きらきらとした輝きがあたりに四散してしまう。身を乗り出し、ようやく捕まえることができたそれは、きらきらと輝く粒子のようなものだと思ったが、意外と重さがある。それはかけらだった。無数の破片だった。なにかを破壊したような痕跡がある。拾い上げてみると、それはガラス片のように硬質なものだった。あまりにも粉々だから復元するのは不可能なレベルである。空中に四散するレベルだ、きっと下には似たようなおびただしい数のものが転がっているのだろう。

「なんだろこれ?」

疑問符が飛んでいく遊矢に、鳴き声が響く。《オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン》が何かを発見したのか、大きく旋回する。滑空しはじめた巨体にフードをなびかせながら、遊矢はどうしたんだろうとその先を見据えた。

「なんだこれっ!?」

思わず遊矢は前を乗り出す。目下に広がるのは、さながら巨木である。濃霧に阻まれてその全景を望むことはできないが、幾重にも折り重なった太い枝が天高くまで伸びている。葉っぱは一枚もないが、そこには無数に輝く光の塊がまるで、実のように成っていた。いこう、と遊矢は呼びかけるが、彼の相棒はあたりを旋回するだけで近づこうとしない。どうしたんだよ、オレなら大丈夫だって、と笑った遊矢だったが、その巨木のまわりに不自然な空間の亀裂があることに気づく。いや、これは違う。巨木の周りに透明なガラス張りのドームのようなものが形成されており、まるで守るように存在しているのがわかった。巨木を外に出さないようにしているのか、それとも巨木を外から守るために存在しているのかはわからない。ただ行く手を阻んでいる。

遊矢は攻撃を命じたが、阻まれてしまう。それだけ強固な作りなのだろう。遊矢の記憶の世界でそれが何を意味するのか、じとりと汗が伝う。それでも遊矢は無性に惹かれる自分を抑えることができない。亀裂は走るものの突破口を作り出せそうにない正体不明の結界にどうするのだとドラゴンは命令を待っている。

「仕方ない、一回降りよう」

短く鳴いたドラゴンは再び雲母へと飛び込んでいった。やはり霧が濃い。ありがとな、と笑った遊矢はモンスターをカードに戻し、目の前に立ちふさがるガラス張りの世界の向こうをのぞき込んでみるが、やはり向こう側も濃霧だ。どこかに入り口はないものか、と遊矢はその歪にゆがんだ壁を伝って歩き始めた。

その先で、遊矢はひとつの建物を見つけた。ああ、まただ、と遊矢は思う。時々こみ上げてくる無性に懐かしくて、たまらなくなる感情だ。見覚えはある。どこかで見たことがある。でも、それがどこでなのか、遊矢にとってどんな場所だったのか、そして誰と来たことがあるのか、肝心なものがすべてぼやけている。その答えが知りたくて遊矢はベルを鳴らすが返事はない。ドアは開いていた。不用心だなあと思いながらドアを開ける。遊矢はやはりこの建物を知っているらしい。初めてくるはずなのに体は自然と向かおうとするところがあるのだ。気が急いていた。

当然のようにたどり着いた扉。ドアを開ける。明かりがついていた。どこかのリビングのようだ。カーペットがひかれ、テーブルが置かれ、囲うようにふかふかのソファが向かい合う。巨大なテレビがある。そして、遊矢の目を引いたのは、そのテーブルの上に置かれたプレイマットだった。なにやらカードが置かれている。

「遊矢、何ぼーっとしてんだよ、早くといてみろって」

「えっ」

背中を押されて、遊矢は思わず後ろを見る。

「おや、珍しいですね。もう降参ですか?」

「さすがにこれは難問じゃないか?」

「ばーかいえ!遊矢なら解けるって、なんたって最前席で見てたんだからな、オレのライディングデュエルをさ!な?」

「ああもう、どれだけうれしかったんですか。僕たちに自慢したいだけじゃないんですか、この盤面」

「いうな、こんなの俺だってわかるぞ。昨日の今日だ。しかも遊矢に解かせるとか」

「あっはっは、いってろいってろ!悔しかったらあそこに行けるだけの実力つけるんだな!」

「また調子に乗ってますね。君の悪い癖ですよ」

「全くだ」

「いってろ!」

聞き慣れた声である。遊矢はプレイマットに置かれた盤面を見る。墓地や除外ゾーン、手札、フィールドはある程度展開されており、どうやらここから勝利をもぎ取れと言いたいらしい。いわゆる詰めデュエルというやつだ。どうやらユーゴの使用する《SR》である。差し出された手札を受け取り、遊矢は注意深くそれを見つめた。

なんだろう、この感覚は。フィールドを見るだけで、やたらとこみ上げてくるこの熱い感情はなんだろう。脳裏を焼くような正体不明の焦燥感に突き動かされる形で、遊矢はカードをドローした。詰めデュエルである。あらかじめ想定された手札だ。

「えっと、《SRーベイゴマックス》を特殊召喚して、《SRータケトンボーグ》をサーチするだろ。そして、《SRータケトンボーグ》も特殊召喚、リリースして《SR−赤目のダイス》を特殊召喚。《SR−赤目のダイス》のモンスター効果で《SR−ベイゴマックス》のレベルを6に変更。そんでチューナーモンスターを特殊召喚。《SRー赤目のダイス》と《S−ベイゴマックス》でチューニング、《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》をシンクロ召喚、そしてこのチューナーでさらにチューニング、《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》を特殊召喚」

「そんで?」

どうやら正解のようだ。ご機嫌なユーゴは先を促してくる。

「手札から《SRダブルヨーヨー》を召喚。こいつは墓地からレベル3以下の《SR》モンスターを1体特殊召喚する効果があるから、《SRー赤目のダイス》をフィールドに特殊召喚。《SRダブルヨーヨー》のレベルを6に変更して、《SRダブルヨーヨー》と《SRー赤目のダイス》をチューニング、シンクロ召喚、レベル7《クリアウィング・ファスト・ドラゴン》」

「おー、やるじゃん」

「ここでそのチューナー使ったのはなんでだ?」

「だってこいつ経由した方が戦闘破壊耐性つくだろ?」

「大正解、さっすが遊矢。やっぱ俺のライディングデュエルはそこまで印象に残ってたんだな、へへ」

「ここで満足してどうするんですか。まだですよ、遊矢。まだ初手ですからね」

「あ、続くの?珍しいな。いつもなら次に行くのに」

「やっぱりこれじゃ練習にならないぞ。遊矢覚えてるじゃないか、完全に」

「たまにはいいんじゃないですか、趣向を変えて」

遊矢は冷や汗が流れる。詰めデュエルが日常となっている会話が目の前で繰り広げられているのだが、そこに懐かしさはあっても具体的な情景やそこに至るまでの経緯がやはりぼんやりとしか思い出せないのだ。記憶の一部が目の前で展開されていることはわかるのに、相変わらず靄がかかったままなのはなぜだろう。自分の記憶なのに、まるで赤の他人の日常を見ているような、そんな気分になってしまう。みんな遊矢と呼んでくれているのに。自分のことだと認識できない。というか《クリアウィング・ファスト・ドラゴン》と戦闘破壊耐性ついた《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》並んでるのに突破したの、相手?どんな相手想定してるんだよと思う。でも周りはユーゴがどうやら勝利をもぎ取ったらしい相手との再現デュエルにご熱心で遊矢の心の声は置いてきぼりである。

「こっから熱くなるんだよな」

渾身の盤面だというのに突き崩されたのがうれしいらしく、ユーゴは嬉々として相手のプレイングを再現する。
「俺のターンだってのにシンクロ召喚してくるんだぜ、さすがって感じだよなー」

「正直負けたと思いましたよ、あのとき」

「ああ、私もだ」

「ひっでえな!?やっぱ最後まで応援してくれたの遊矢だけだったのかよ、薄情者!」

「だってユーゴのターンで《えん魔竜王レッド・デーモン・カラミティ》ですよ。フィールドで発動する効果が発動できなくなる上に、それに対してカードの効果封じとかえげつないじゃないですか」

「《ライトロード》で突然《転生竜サンサーラ》が出てきたときには何かと思ったが、ほんとうに驚いたな、あれは」

「それだけ俺のモンスターを認めてくれたってことだろ。な?な?対策立ててたってことはさ、控え室で俺のデッキ注目してくれてたってことだもんな!遊矢もそう思うだろ?」

「あーもうまた始まった。さっさと盤面整えてくださいよ。ここは君の自慢話を聞くところじゃありません」

「わかってるよ。連続シンクロを止める方法だろ」

えーっと、たしか、と並べられていく盤面。除去されていくユーゴのモンスターたち。そしてユーゴのターンだというのに並べられていくシンクロモンスターたち。気づけばフィールドは焼け野原だった。新たに構築された盤面を眺め、遊矢は先ほどより難易度があがった詰めデュエルに集中することにする。みんなの発言を拾い上げていけば思い出せるかもしれない。一抹の願いを抱きつつ、遊矢はドローを宣言した。


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