スケール9 忘れられた都

遊矢と城前のライディングデュエルが行われている。ずっと不自然な沈黙がユートとユーリの間に横たわっていた。ぴりぴりとまではしていないものの、もしユーゴがいれば若干の居心地の悪さを感じて二人に茶化すような言葉を投げてきそうな、そんな雰囲気だった。

その原因は間違いなく城前に関する認識が三者三様なのが原因だろう。彼らの基本的な行動原理はいつだって遊矢のため、が先に来る。性格は違うし、それからくる考え方も行動パターンもまるで違う彼らだったし、遊矢のため、をどうとらえて行動するかもまるで息が合わない。それでも今まで明確な対立構造が生まれなかったのは、互いにある程度見知った仲であり、それ故に妥協できるところはして、あいつだから、とある程度先読みができていたところがある。どうあがいても表に出てこれる人格は一人という制約がある以上、互いに妥協点を探ってそれなりのところに落ちついているところがあったのだ。

その暗黙の了解が初めて崩されたのが、ユーリとユーゴのワンキル館に対する密偵、そして城前との決闘、そこから引き出した有益な情報の独占だった。それは少なからず遊矢とユートに衝撃を与えた。ユートが特に憂いているのは、遊矢がほんの少しだけ、ユートたちに対して不安を抱くようになってしまったことだろう。気づいたら四重人格という特異な体質だった遊矢である。そこに至るまでの経緯が空白であり、しかも記憶が穴だらけで混乱し、あやうく錯乱状態になるところだった遊矢に歩調をあわせ、同じような存在だと暗ににおわせていた部分はあるのだ。持ち前のポジティンブシンキングで、どうにかなる、と考えていた遊矢であっても、共通の状況を抱え、理解者であると信じている、いや信じるしかないユートたちがなにかを隠していることにうすうす感づいてはいても、時が来ればちゃんと話してくれると待っていた部分はあるのだ。それも信じているからこそできること。

一度揺らいでしまった信頼は、少しずつ、少しずつ、振り子のようにどんどん振れ幅が大きくなっていく。なにもかも信じられないはしんどいから、と棚上げしていた問題でもある。無視できないところにいたるまで、どうにか軌道修正できないか、とユートは考えていたのだが、いかんせんユーリの考えていることもわかるからいけない。記憶の消去という所業に関しては共犯者だから遊矢の側にたつわけにも、ユーリの側にたつわけにもいけない。ユートの良心が咎めに走る。それ以上の干渉は基本的に遊矢に同意し、よほどのことがなければ許容して、見守るスタンスをとっているユートの限界でもあった。

ユートからすれば、遊矢が城前とライディングデュエルをするために地下水道を疾走することになったとき、どうユーリが動くかとても気になっていた。だからユーゴにまかせていたところはあるのだが、想像以上におとなしく事態を静観している隣のユーリが違和感の塊でしかない。忠告するなり、ポジションチェンジするなり、アクションを起こすと踏んでいたのだが。遊矢に問い詰められたとき、最後まで謝らなかったユーリがユートは強烈に焼き付いているのだ。

「どうしました、ユート。人の顔をそんなにちらちら見て。確かに僕はイケメンですが、こうも何度も見られると困りますよ」

「断じて違う」

「ええ、知ってます」

軽口を叩くだけの余裕はあるらしい。ユーゴと同じく、意識がどこにあるのかわからなくなって、冷や汗が伝う時間はユートもユーリも間違いなく長くなってきているというのに。

「思ったより冷静だと思ってな」

「いやですね、僕のことをはユーゴと違って荒事は苦手なんですよ。気にいらない展開だからって、無理矢理どうこうしようとは思いません」

「じゃあ、なんでさっきから静かなんだ」

「いえ、こちらの話です」

「・・・?」

ユーリは遊矢と城前のライディングデュエルを見て、ずっと何かを考えているようだ。たしかに今の状況はこれからを考えるといろいろと考えを巡らせなければならない状況ではある。ユートも思考の海に沈もうとしたとき、突然踵を返し、精神世界に戻っていこうとするユーリが見えたものだから、あわてて声をかける。

「どうしたんだ?」

「いえ、これ以上見る価値はないので僕はこれで失礼します。それよりこれからいかなければならないとところができました」

「どこにいくんだ、ユーリ。ユーゴがいないと私たちはそれほど遠くには行けないぞ?」

「いえ、それほど時間はかかりません。確かめたいことができただけです。すぐ戻りますから、ユーゴたちの動向の確認、よろしくお願いします」

「おい!」

「そう心配しなくても、僕は何もしませんよ。ただ宿題を出し忘れていたことに気づいただけです」

「宿題・・・・・・?まさかユーリ、城前とデュエルしたときのこと、まだ話してないことがあるんじゃないだろうな?」

「いえ、僕は話しましたよ、すべて」

「なら何で隠すんだ」

「まだ確証が持てないんです、ユートたちを混乱させたくはありません。わかってください」

向かい合ったまま、ユーリはまっすぐにユートを見る。しばしの沈黙の後、ユートはため息をついた。

「その確証ってやつがわかったら私たちに教えてくれるんだな?」

「ええ、もちろん。僕についてきてくれてかまいませんよ。今の状況だと何が起こるかわからないので、ユートにはデュエルを見守っていてもらいたいですが」

「何が起こるかわからないのに離脱するのか・・・・・・わかった、それだけ大事なことなんだろう」

「ええ、君にとっても」

「遊矢だけじゃなく?」

「おそらく。できることなら外れてほしいんですけどね」

「そうか。わかった、ここは私に任せろ」

「ええ、任せました」

ユーリの気配が遠ざかっていく。ユートはターンの開始を宣言した遊矢のデュエルを見守った。






「僕としたことがうかつでした」

白い息が靄の向こうに溶けていく。

「どうして気づかなかったんでしょうね」

白に満たされた世界の向こうには、ワンキル館のゲートがある。そこをくぐり抜けたユーゴを待っていたのは、特大の会場だった。

「僕たちはいつだってここを夢見てきたはずでした」

観客で埋め尽くされた会場には、縦に伸びる階段があり、その一つに出ることができた。こつこつと降りていき、ユーリはその先をいく。

「ここでデュエルをしたことだってあったはずなのに」

歩みを止めた先には、ライディングデュエルを行うレーンが設けられ、観客が入れないように柵が設けられている。エンジン音がうるさい。その先ではユーリのよく知る決闘者が熱戦を繰り広げる。ユーリのすぐ横を欠けてきた幼い遊矢が柵をよじ登る。頑張れユーゴ!と叫ぶ少年の声はよく響く。ユーリは肩をすくめた。

「案外気づかないものですね。それだけ何も知らなかったということでもあるけれど」

ここはワンキル館の5号館である。かつてユーゴとともに足を踏み入れたことがある、遊矢が閲覧したデュエル大会を元に想像を膨らませてできた想像上の、がつくけれど。あの日、遊矢に詰め寄られたユーリは渋々白状したのだ。ワンキル館に潜入したこと、城前がユーリたちの知らない《EM》や《オッドアイズ》、ペンデュラムを駆使するデッキをつかってきたこと。そしてデュエルディスクのデータについて。意図的に隠したこともある。ユーリたちについてどうして城前がそこまで詳細に知っているのか、問いただしたとき、城前は言った。ほんとうに覚えてないのかと。その意味を。それだけはどうしてもいうことができなかった。

ユーリは再度この空間に足を踏み入れた。案の定、かつてと会場が様変わりしていた。それは遊矢が記憶を思い出したからではない。ここはそういう場所なのだ。ここに足を踏み入れる人間の目的によって、いかようにもこの会場は変貌を遂げる。

「アクションデュエルの会場、ライディングデュエルの会場、ここではなんだってできる。現実世界へアクションデュエルに必要なソリッドビジョンを転送するために必要な素粒子を貯蓄する施設。それを無断で現実世界の人間に出入りさせ、まるで多様な施設をもっているように思わせる。なかなか手の込んだことをしましたね」

幼い遊矢が歓声を上げる。そしていてもたってもいられず、ユーリの前を通り過ぎ、幼いユーゴの元へ走って行く。幼い子供たちに掲げられたカップ。歓声が上がる。紙吹雪が舞う。

「僕たちは何も知らずにあるときは観客として、またあるときは選手として参加したわけですね。それはたしかに知っているはずだ、僕たちのことを」

ユーリは遊矢とユーゴが駆けていくステージに目を向ける。これから始まるエキシビジョンのライディングデュエル。そこではこの大会の象徴でもある決闘者がユーゴの挑戦権獲得を祝い、正々堂々と戦おうと約束していた。ユーゴはまけねえと意気込んでいる。がんばれと遊矢がエールを送る。

「彼が死んだあと、ここはできました。後継者が何人も現れていたと思いますが、まさかAIだとは思いませんでしたよ。いや、だからこそ仮想現実そのものを5号館に展開させたんですかね。最初の大会では同じような事業を展開するつもりだったようですが、城前克己の登場でその方向は大きく転換され、実際にアクションデュエルを行う遊矢が目撃した大会施設ができた。そのさらに地下に本来中央に据えるべき仮想現実へのゲートは移された」

ユーリはため息をつく。

「遊矢は僕たちに関する記憶を失っている。だからここに来たことはもちろん、ここにあこがれを抱いていたことも、ここにいた人々のことも忘れている。だから20年先から転移し、再構築される過程で城前克己というイレギュラーにともなって変化したワンキル館と混同していたというわけですか。通りで思い出せないわけです」

記憶は消せない。それに伴って刻まれた想いはなおのこと。思い出せないようつながるはずの道を粉砕して回っているだけだ。その結果もたらされるのがデジャヴである。よくわからないけれど懐かしい感じがする。よくわからないけど楽しかった気がする。ここでの思い出は遊矢にとって楽しい、うれしい、そういったものが詰まった場所だ。ここで広告塔をしている城前克己は、そういった行き場のない感情が理由を求めて勝手に関連づけされ、あの好感度につながっているのだろうとユーリは考えた。

「ほんとうにうかつでした。城前は彼と似せているというのに、どうしてここまで思い出せなかったんでしょうね」

そして苦笑いする。ユーリが生前の彼を見ることができたのは、この大会のエキシビジョンだけなのだ。正確にはこの施設ができる数年前には死んでいて、ここでデュエルを行うのはその存在をトレースしたAIであり、ユーリたちが彼に出会う前にすべては終わっていた。思えばあれだけの活躍をしていた決闘者が父親のスキャンダルによる自粛とはいえ数年間もここの大会でしか出ない、資本家グループの主催するイベントにしか出ない、なんて不自然すぎる違和感にどうして気づかなかったのだろう、という話である。結局のところ、ユーリたちはワンキル館の象徴としての彼しか見ていなかったし、興味がなかったのだ。雲の上の存在だったから。それを補完するように、ライディングデュエルが開始され、熱狂する観客を静観するユーリの隣に音もなく城前が現れる。

「広告塔としてしか見てなかったんだろ。《ライトロード》の人、とでも覚えてたんじゃねーか?11、12歳のころの記憶なんてそんなもんだろ」

はじかれたようにユーリは顔を上げる。

「城前!?どうして、君がここに?遊矢は彼と君を混同しているから、君は彼として大会に参加してるんじゃ?!」

「おれとあいつが分離した時点でわかってんだろ、ユーリ」

「まさか、遊矢は、」

「ほら、お客様のご登場だ」

視線が投げられる。ユーリは階段の先を見つめた。そこには大歓声の会場を前に、呆然と立ち尽くしている遊矢がいた。


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