スケール8 黒子
「アイザックやイブと比べたら付き合い短いボクがいうのも何だけどさ、蓮ってなにがしたいの?」

「なんだい、突然。私と君の仲だ。知らないってわけじゃないだろう。何を今更」

「もちろん知ってるよ。ボクが言いたいのはさ、熱意が感じられないっていってるの」

「熱意?」

「そ、熱意。もしかして、蓮、諦めてたりする?アイザックに比べるとどこか冷めてるよね。イブへの義理立てって感じがする。あとはそーだな、アダムの」

「素良」

「なに?」

「これ以上詮索するなら、城前にライディングデュエルを教えるのはなしになるが」

「それは困るなあ、わかったよ」

肩をすくめた素良はそれ以上の追求を諦めた。確証があるわけではない。ただ蓮の立ち回りを見たときに、イブとの付き合いの長さはアイザックと肩を並べるほどだというのに、どこか対応に感情が伴っていないように感じただけだ。イブの陣営にいる決闘者はみんなそれなりの理由を抱えているのだ、一枚岩では決してない。それでもイブに好感を抱くだけの出会いがあって、付き合いがあって、ともに歩むだけの覚悟があったから素良はここにいる。それは紛れもない事実だ。アイザックがイブの境遇やその人間性に共感を抱き、ある意味心酔にもにた境地であって、今はいないアダムという男に対して若干の嫉妬を交えながらイブとともにいることを見ていると人間関係って複雑だなあと思うのだ。素良が知らない出来事がイブとアイザック、あるいは蓮との間にあったはずだ。それでもはじめは自分の次元で達成することができない未来があって、どうしても納得ができない現実があって、すべてを捨てででも成し遂げたいものがあったからここにいるはずなのにその必死さがどうしてもここのところ蓮から素良は感じることができなかった。

付き合いに必要な礼儀、行動を重んじる、義理を堅く守る、生真面目なDホイーラーの考えそうなことだ。

もう目的達成しちゃったんだろうか、そんな兆候みえなかったけど。あるいは諦めているのだろうか。素良よりずっと渡り歩く世界が多かった蓮である。素良の知らないものが見えているのかもしれない。でも、それは困るのだ。

蓮の行動にほかの仲間のためが混じり始めた時点で、素良の目的が達成できないと、暗に言われているような気がしてならないから。

「城前がライディングデュエルをしている間、お膳立ては頼んだよ、素良」

「りょーかい、任せてよ」

だから見て見ぬふりをしながら、素良は四方に広がるネットワークの空間に座り込んでずっと言われた仕事をこなしてきたのだ。レオ・コーポレーションとワンキル館の互換性がないネットワークを一時的につないで動画を流したり、流さなかったり。タイミングがとても大事だと蓮がいっていたから、その通りの仕事をやってのけた。

双子の妹と一緒に遊んだ仮想現実というもう一度をかなえるには、あの世界の象徴だったライトロードの使い手と、彼を支えていたあのワンキル館の施設、そしてレオ・コーポレーションと裕福層のグループのアクションデュエルを普及させるための舞台という前提は絶対に必要不可欠なのだ。何一つ欠けてはならない。いくつも渡り歩いてきた世界で、やっと一番悲願を達成し得る条件の整った世界に素良はたどり着くことができた。もちろん一番いいのは城前の前任者である彼が生きていて、ワンキル館が設立される前のあの時代であることが一番だったのだが、そうもいってられない事情が素良にはある。一番理想に近い現実は遊矢と赤馬社長の父親たちによってすでに葬られてしまい、過去を改竄して再構成するなんてとんでもない事変を起こされてしまっては、ここの世界線から派生する別の分岐を考えると、今ほどの好条件を見つけることはとてもできそうにはなかった。どれだけ素良たちがあがいても出身である元の世界の確定した未来は変えられない。すでに到達した過去は変えられない。新たな未来、分岐世界、世界線が広がっていくだけで素良が一番望んでいるもう一度は不可能だ。それはほかならぬ素良が渡り歩いてきた世界でわかってしまった。なら、一番近いもう一度を目指す妥協しか今の素良にはできないのである。

逃す気はさらさらないのだ。

「あーもうつっかれたー!」

うーん、と大きくのびをして、素良は後ろにひっくり返る。球体の縫い目のない空間では、リアルタイムでこの街に構築されているネットワークのデータが飛び交っている。四角いモニタが絶えず情報を表示し、その中で適切なものを適切な時間に提供する仕事をずっとやっていたのだ。我ながら半年間もがんばったのではないだろうか。

「これでおしまいっと」

赤馬社長、そして柚子のいるエリアのネットワークに、意図的にワンキル館のネットワークをつなげた。そして蓮がレオ・コーポレーションのシステムに切り替えを行ったのと同時に正規のネットワーク接続を切り替える。これでもたらされるだろう機運はきっと素良にとっていいものとなる。それを思えば今までの努力が報われたようなものだ。

それぞれの感情を抱えて蓮とユーゴのデュエルを見守っている赤馬社長と柚子のモニタを消し、素良は立ち上がる。

「さーて、いきますか」

城前が蓮に転送されて、こちらにやってきたのが見えたのだ。アイザックと談笑しているようで、けらけら語る城前に肩をすくめた彼は同意を求めるようにイブを見る。イブは相変わらず仮面をつけたままだ。城前と対峙するとき、いつもイブは仮面をつけてしまう。年上の女性が大好きだと公言している城前である、ナイスバデーならなおのこといいといつだったか言っていた。仮面外しちゃった方が好感度上がるんじゃないかなーと思いつつ、なにかあるのだろう。さすがにそこまで複雑な乙女心は素良にはわからなかった。

音もなく転移は完了する。突然出現したソリッドビジョンだとでも思ったのだろうか。ぎょっとする城前だが、素良だと気づいて驚かせんなよとバツ悪そうに頬をかいた。

「やっほー、城前。半年ぶりだね。元気してた?」

画面ごしとはいえ、城前が初心者から彼のライディング技術をトレースし、徐々にものにしていく様子を見るのはとても楽しかった。さすがに思考のトレースまではいかなかった。どうやらワンキル館がすでに頭の中にあるデータを抽出する課程でしれっとにたような実験をしていたようだ。耐性があるのは残念だがその技術を自分のものにしてさらなるデュエルタクティクスを手に入れてくれたとしたら、棚からぼた餅である。素良からすれば、城前がどんどん決闘者として成長してくれた方がプロとしての彼の穴埋めを求めている手前ありがたいからうれしい。

「そーいう素良はかわんねーな。縮んだか?」

「ちょっ、やめてよ、髪が崩れる!っていうかほんとに縮んだらどうしてくれるのさ!これでも気にしてるんだからね、ボク!」

ぐしゃぐしゃ髪をなでてくる城前にたまらず素良は逃げようと距離をとる。

「あー、わりいわりい。ナオみてーな反応するからついな」

「あのねえ、ボク、一応13なんだけどー?8,9歳の子供と一緒にしないでよ」

「興味を引きたい時の反応がまんまちっせえガキじゃねーか、よくいうぜ」

うっぐ、と素良は言いよどむ。美宇がいた頃の自分を思い出してしまっていけない。城前と話をしているとどうしても前任者と重ねてしまうからいけない。城前はすでに慣れきっているようで嫌悪すら示すのも面倒なのか慣れたものだ。いやじゃないの?といつだったか聞いたときには、おれも似たようなもんだからなお互い様だと静かに笑っていたことを思い出す。素良は城前の脳内を閲覧したことはない。興味がないからだ。蓮やイブに聞いたら素良によく似た知り合い、あるいは友達がいたのかわかるかもしれない。どうでもいいけど。

「この場合は素良のようになるのが普通なんだよ、城前」

「あ?なにが」

「普通は第三者の記憶が流れ込んできて、しれっと自分のエピソード記憶やらに紛れ込んできたら、どこまで自分の記憶なのか、どこまでが自分なのか確証がもてなくなるものなのさ。ナオという少年と一時的にシンクロしてしまった素良でさえこんな状態だ。君の方が異常だよ」

「マジで?ガチであぶねえやつじゃねーか!ライディングデュエルできて楽しいけど、そこまでしねーと会得できねえとかどんだけ鬼畜だよ、蓮のやろう!人のことなんだと思ってんだ!」

「ちょっとアイザック、人が気にしてること言わないでよ。ボクの場合は事故だよ、事故。城前は自分から実験体になったんだから、ボクとは違いますー。たしかにあの子とシンクロする前、城前にどう思ってたか正直ちょっと思い出せないとこあるけどね」

「おれはライディングデュエルがしたいって言っただけだぜ!?蓮とデュエルしたいって言っただけなのに、なんでそこまで了承したことになってんだよ!おまえらおかしくね!?」

「文句は蓮に言ってよ、城前。ボク知らなーい」

「・・・・・・つーかよ、素良は大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないけど気にしてないからへーきへーき」

だからこそ使えるんじゃないかと思ったのだ。あの少年と一時的にシンクロしてしまった影響だろうか。素良にとって最も大事な根幹ともいえる記憶だけは死守できたが、もはや曖昧になり始めていた元の世界の記憶やその細部はあの少年の感情や記憶が入り込んでしまい、よくわからなくなっている。今城前に対して抱いている感情にも補正がかかっていることは自覚している。それでも素良を上回ったのは、イブの陣営に加わる強い動機となったもう一度を望む意志の強さだ。お人好しの城前なら、彼の記憶の断片が自分の一部として定着でもしてくれれば、この世界に対する未練が生まれてその渇望している帰郷の意識が薄れやしないかと期待した。残念ながらワンキル館の二番煎じだった上にその影響で耐性までできてしまっているときた。馬鹿正直に自分のことについて語る気はない素良は、案外少年を心配しない城前が以外だった。

「あの子のこと心配しないんだね」

「あー、一応聞いたことあるんだよ。そしたら、よく覚えてねーんだと。まっくらなとこにいたことしか覚えてねえって」

「なるほど、それは正常な反応だ。忘却機能が正常に働いたようだね。サイコデュエリストとして開花したにも関わらず、流れ込んでくる心の声を自分の声だと判断せずに、誰かの声、と明確に判断できるということはなかなかの才覚だ」

「まあ、わけがわかんなくて混乱してるときに、城前がサイコデュエリストだって教えて、どうやってつきあっていったらいいか、カウンセリングの先生紹介したらそうもなるよね」

「ナオは友達だぜ。しかもおれのせいで巻き込んじまったんだからな、責任とるのはあたりまえだろ。にしてもよかった。アイザックさんだっけ、あんた医者だろ?未来の医者に言ってもらえるなら安心した」

「アイザックの腕は信用していいよ。ボクこの通り元気だし」

イブの主治医だし、と言いかけた言葉はさすがに飲み込まれた。城前と対峙するイブはいつも仮面をつけ、城前に体調不良を悟られまいと振る舞っている。アイザックも一切口にしないことをわざわざ言うぽかをするほど、素良は何も考えていないわけではない。この陣営にいるだけの理由はあるのだ。仲間意識だってある。そんな素良の言葉に、アイザックはその割に忠告を無視してデュエルをしたのはどこの誰だかと頭を押さえる。イブは静かに笑っている。

「ねー、城前、デュエルしようよ、デュエル。そのデッキボク見たことない」

「こいつは後攻もできるデッキってことで組んだからだめだっての。こいつの真価は先攻型で発揮されるからな。構築し直すからちょっと待ってろ」

「えー、またじゃんけんゲーになるじゃん!」

「後攻落としたら負けな」

「まーた先攻勝つのがあたりまえみたいなデュエルする気−?ボクつまんないんだけど」

「いってろよ、今はユーゴのデュエル見るのが先だ」

「けちー」

素良は頬を膨らませた。




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