スケール7 宇宙にて
今からさかのぼること数か月前、この国最大の有人宇宙発射場、打ち上げ管制施設、整備系の施設で構成される研究の中核を担うフィールドセンターに赤馬零児はいた。

施設の大部分は安全や環境保全のために立ち入り禁止区域になっているが、ごく一部の区域は一般向けにツアーが組まれており、広く開放されている。そのツアーの中核となるスペースシャトルが展示されているアトラクションセンターは、観光客でごった返していた。苦悩と挑戦の歴史が展示されている映像室はもちろん、何十年にも及ぶ功績や宇宙について学べるスペースシャトルの展示室も長蛇の列が出来ている。発射体験ができるアトラクションは一番人気だ、いつ乗れるのかわからない待ち時間が提示されていた。赤馬がそのすべてを素通りし、アトラクションの入り口裏側にあるロッカーの先にある関係者以外立ち入り禁止の通路を急ぐのを不思議そうに行き交う人が見ていた。

隣ではアトラクションが開始したのだろう、どのように垂直発射をするのか説明がたれながされていたが、地響きのような強烈な音が聞こえる。

だが、その劇場の入り口に似た巨大な扉の向こうにいくと、一切外部の音が聞こえなくなる。赤馬が入ったのはこの施設最大の巨大スクリーンである。いつもなら映画のスターがナレーションを担当する、3Dで宇宙の神秘を説明するアトラクションが行われているのだが、半年前から中止状態だった。誰も居ない観客席の通路をまっすぐに歩き、最前席に座った赤馬はそのモニタを見つめる。

すでに映像は開始されていた。右上にある開始時を起点としたデジタル時計はすでに数十秒を経過している。

そこに広がっているのは、ワンキル館の5号館から繋がっている仮想現実、質量を決定する粒子を貯蓄するデジタル世界である。今は赤馬は数年ぶりに見る故郷の世界で幾度も足を踏み入れた場所だと気づいた。かつて、城前の前任者がここでアクションデュエルやライディングデュエルの練習をしているところに行ったことがあるのだ。それは研究テーマに必要な資料を取りに行くためだったり、零王に呼ばれて研究所に顔を出すためだったりしたが。今はライディングデュエルの会場の設定がされているようで、かつてMAIAMI CIRCUITと呼ばれていたライディングデュエルの聖地であるサーキット場が悪天候などの理由で使用できない場合、臨時の会場として使われたこともあるステージの設定がされていた。そこにいるのは蓮と名乗ったDホイーラーである。そして、城前と共にライディングデュエルを行っているのが見えた。だが。


「ここも駄目か」


その映像は非常に劣悪なものだった。音ズレはもちろん、映像が頻繁にフリーズ、あるいは切り替わりが悪くカクカクする。とてもではないが鑑賞に値するような映像はとれそうにない。これでは赤馬コーポレーションにデータを転送して解析を命じても期待できそうになかった。赤馬が互換性がないワンキル館のネットワークを違法傍受する方法を本気で探し始め、期待できそうな系列グループの施設を練り歩いてこれで何度目だろうか。映像をリアルタイムでみることができる自体奇跡といっていいが、赤馬が求める基準には到底及ばない。どこか予想はできていたのだろう、赤馬は対して落胆もせずその場を後にする。


そして、今、彼は宇宙ステーションにいる。ここに置いてある設備のすべてはレオ・コーポレーションの技術の結晶なのだ。彼の父親が昔勤めていた軍需産業の研究所の成果がここでも活躍していて、それを今こうして活用できるという事実は複雑でもあり、誇らしくもあった。ようやくまともに見る気になれる映像を確保できる施設にたどり着いた赤馬はその先で蓮と城前のライディングデュエルを観察していた。そして、蓮の指示に従い城前がDホイールに乗り込み、外に出たの見てようやくかと思った。蓮が城前に前任者の技術や思考をトレースさせる試行実験を繰り返していることに気づいたの時にはさすがに愕然としたが、平然としている城前を見てどこかほっとしたと同時にうすら寒さを覚えた。赤馬とてこの状況に陥った時、自分を保っている自信などない。まして赤馬は客観的に自分がどういう状況に置かれているのかわかるし、どういう結果を招くのかしっている。だが城前のように無自覚で行われている場合などどうなるかわかったもんじゃなかった。耐性があること自体おかしいのだ。ワンキル館がここで蓮がライディングデュエルの指導をするのに使用してもなにもいわない時点で、一枚かんでいるのは確定事項である。誰もかれもが城前に前任者の穴埋めを求めていて、そこには城前が城前であることすら配慮のうちにははいらない、といわれているも同然の扱いである。それなのに城前はワンキル館に従う気満々なのは既定路線である。それが意味するところは。赤馬は答えが出ないまま観測を続ける。


舞台はMAIAMI市にある地下水道。レオ・コーポレーションのネットワークを駆使しても一向に探知できなかった榊遊矢の姿を捕捉した。その相手は驚異的なライディング技術を披露する城前克己。一瞬目を見開いた赤馬だったが、半年という時間を考えれば優秀な指導者がいれば可能だろうと判断した。榊遊矢はまだいい、別人格にDホイーラーであるユーゴがいるのだ。問題は城前だ。

赤馬がどれだけ躍起になっても見ることが叶わなかった、城前克己のペンデュラム召喚を軸としたデッキ。あのペンデュラム反応を見てから、はや1年と半年である。待ちわびた瞬間だった。榊遊矢、赤馬、そして城前。やはり城前はペンデュラム召喚を得意とする決闘者だったようだ。ライトロードを使用したのはワンキル館からの要請なのか、あるいはペンデュラム召喚をこの世界では使えないと気づいたが故の転向だったのだろう。ある程度使い勝手が分かっていたようだから、使用した時期があるのかもしれない。

城前の使用デッキは榊遊矢の使用する《EM》と《竜剣士》という未知のテーマの混成デッキのようだ。後者はすべてドラゴン族のモンスターであり、通常、効果、融合、シンクロ、エクシーズ、ペンデュラムとモンスターの種類は驚異的なほど多岐にわたるのがわかる。遊矢の愛用する《オッドアイズ》や赤馬の愛用する《DDD》と同じくらいの規模であることがうかがえる。主要モンスターがペンデュラムという言葉を内包していることが赤馬の興味をひいた。城前が明らかに使い慣れている。おそらく城前がこの世界に持ち込んだデッキだろう、ワンキル館の作成したオリジナルカードだとは思えなかった。そのほとんどがペンデュラムに関する効果を持っているのだ、あまりにも完成されすぎている。どのカードも優秀であり、城前がライトロードをこの世界で使うことを選択する理由が分かる気がした。ランク4エクシーズ、もしくはレベル8のシンクロモンスターを展開できる共通項があったのだ。

ペンデュラム反応は1年前と異なっているものがある。おそらく1年前は《EM》と赤馬の知らない未知のテーマの混成デッキだったようだ。城前は複数のデッキを所持する決闘者だ、デッキ調整も考えるとカードプールは広い方なのだろう。赤馬は城前の使用デッキのデザインを拡大する。

仮面を被る竜の翼としっぽをもつ異形の剣士。

そして、呪詛をかけられたうえに記憶を奪われ、その原因だと確信している魔王を討つために旅をする成長した姿。

彼の未来は、紅の闘志を宿す戦士の力を得た剣士、翠の風を纏う神秘の獣の力を得た剣士、蒼い蒸気を纏う機械仕掛けの恐竜の力をえた剣士、多岐にわたる。

しかし、いつも相打つのは宿敵ともいえる魔王。ローブを脱ぎ捨て、真の力を解放した宿敵に勇者は立ち向かう。さながら魔王城の最深部である。荘厳な空間に勇者と魔王が対峙し、最終決戦が切って落とされる。

明らかに背景となるストーリーが存在し、それを元にカードがデザインされたことがうかがえる。

もしかしたら、そういったところが好きで使用しているかもしれない、とらしくなく考えた。脱線しかけの思考回路を外に追いやり、赤馬は遊矢と城前のデュエルを見届けた。


「・・・・・・っどこに向かっている?!」


思わず赤馬は前に乗り出す。遊矢を無視して城前は疾走しはじめた。それを追いかけるのは遊矢ではなく、ユーゴである。何かに気づいたらしい。その行き先を別画面で検索をかけた赤馬は、加速器施設だと気づいて血の気がひくのがわかる。

その施設に飛び込んだとたん、城前の姿はどこにもなく蓮が疾走していたからだ。


「そうか、そういうことか」


自分でも声が震えているのがわかる。赤馬はわずかに感じていた違和感の正体に気がついた。今、ようやくレオ・コーポレーションのネットワークシステムで捕捉することができたとアナウンスがはいったのだ。では先ほどまで遊矢と城前のデュエルを見せていたのはなんのサーバーだ?どこのネットワークだ?赤馬に見せたその理由は?

それはまるでチーム戦の様相を呈してきた目前のライディングデュエルが証明していた。


「お前はそっちを選ぶのか」


予感はずっとあった。

城前はワンキル館はもともとこの時代にあったと思っていた時点で、レオ・コーポレーションの転移の一部としてきたと思ってなかったことは沢渡から聞いた。だが、イブと接触したことでおそらくワールドイリュージョンの顛末、そして赤馬零王、榊遊勝、どちらが原因かは別として発生した大転移、様々な驚愕の事実を知ったはず。帰りたいと羨望してやまないあるべき世界はすでにない、と気づいてしまったとき、城前が赤馬や遊矢をどう見るのか。あってほしくない、と少しだけ思っていた。でも、こうなるだろう、と思っていた。想像以上に自分の中で確信に近くなっていたのだろう、思った以上にショックを受けている自分に気づいてしまう。

重ねてはいけないとわかっていても、前任者と似過ぎている城前が敵対という明確な意思を示したのは、強烈な痛みを伴う。


「・・・・・・いや、まだわからないか」


焦燥の余り思考が結論を急いでいるように思う。城前が明確にイブの勢力に組するのなら、こんな回りくどいことはしないだろう。ワンキル館は城前にカードデータの収集を求めているのだ、単純にデュエルすることでその目的を達成することを考えるならイブの勢力に協力する方が効率的だ。遊矢たちも赤馬も間違いなくイブ達にデュエルを挑むことになるのだから。こちらが挑戦する側なのだ、わざわざ遊矢たちや赤馬のところに協力を申し出るのは非効率すぎる。

なにはともあれ、ペンデュラム召喚を軸とした、城前の本来のデッキを解禁したということは、いよいよ城前は本格的に動き始めたということだ。それが敵対なのか、静観なのか、まだ注視する必要がある。帰るべき、帰りたい世界がもうない。しかもこの世界の現地民として生きることを外堀を埋められる形でじわじわと既定路線とされつつある恐怖と共に城前は生きているはずだ。それが許容できるなら、わざわざこの戦いに参戦などしないはずだ。その目的を見定める必要がある。

カードデータの収集が目的にしろ、敵対することになるにしろ、いずれ城前と決闘する日は必ず来る。そのときが来るまでに、この未知のテーマについて考察を重ねなければならない。榊遊矢とは別の方向で城前克己という決闘者は、赤馬にとっていずれデュエルしなければならない人間なのだ。それだけは事実だった。

赤馬の前では、ユーゴと蓮のライディングデュエルが白熱している。

赤馬は複雑な心境のまま、その様子をただ静かに見つめていた。


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