スケール6 神の領域
「さて、申し開きはあるかい?」

『マジですまんかった』

精神体のまま傍らを浮遊する城前はなにもいえない。一度もクラッシュをしたことがなかった友人のDホイールを使う条件は事故らないこと。それを危うく破ってしまうところだったのだ、言い訳のしようも無い。弁明の機会を与えてもらえるとしたら、ライディングをしているときとデュエルをするとき、城前は思考回路の切り替えが行われる。ライディングは城前がその技術をトレースしたDホイーラーの技術を適応できるが、そのデッキを使ったデュエルだけは本来の持ち主である城前だけができる。そのためデュエルが始まるとどうしても城前の思考が前にでてくるのだ。

デュエルが終わればさっさとライディングに集中すればよかったものを、決闘の余韻に浸る余り思考の切り替えが遅れてしまった。

城前のデュエルディスクにハッキングし、現在進行形でライディングを行っている蓮は、後方から追尾してくるユーゴに気づいているようだ。

『なあ、いつまでおれの体使ってんだよ。つーかどこ行くんだ?』

「もう少しだけさ、我慢してくれ。ここでチェンジしたらまたクラッシュするぞ。行き先はレオ・コーポレーションが保有している加速器さ」

蓮は別モニタに目的地の外観を表示する。加速器と言われてもさっぱりわからない。疑問符が飛んでいく城前に、蓮は笑う。そして施設について説明するどこかのホームページを表示してくれた。

『質量粒子を探す施設だあ?んなの、もういらねーんじゃ?』

「そうだね、この時代の人間には過ぎたオーパーツさ。レオ・コーポレーションの加速器は、質量を決定する粒子を捜査するのではなく、生成する施設だ。ワンキル館にとって、一番の要が膨大な数のカードのデータバンクであるパソコンだとしたら、ここはレオ・コーポレーションのいわば心臓。技術の根幹をなす最も重要な場所。あそこなら地上への影響を憂う必要もないからね」

はるか昔にその存在が提唱され、いまだにその存在を確認することができないはずの、質量を決定するという粒子。質量はどのようなしくみで発生し、物理学的に整合性を保ったままどうやって説明できるのか、という多くの物理学者を悩ませてきた難しい問題を解決する答えをその施設はもっている。その粒子の捜査のために設立された施設は、長年にわたって莫大な資金を費やして行われるはずだった。10兆回に1回しかできないはずだった。その粒子を発見し、生成する技術を得た研究機関の研究員だった赤馬零王と榊遊勝が共に働いていた職場でもある。そこに誘導していることに気づいたユーゴの表情は、どこに向かっているかを察知するやいなや表情を変えた。

ユーゴが遊矢になにか隠し事をしていることは、城前もうすうす感じ取っていたところである。精神体になっているという遊矢とのやりとりは見ることはできないが、きっと無理矢理入れ替わったんだろうことは想像に難くない。

『物理学とか高校んときに挫折したからさっぱりわかんねえんだけどよ、やっぱすげえところなのか?』

「残念ながら私は物理学者じゃないから説明は難しいな。だが、その理論を元に作られたものを使いこなしてきた。知らなくても使い方はわかる。世間ではそういったものを技術革新というんだろう?なら、間違いなく榊遊勝、そして赤馬零王は神の領域に人類を連れて行った人間だ。今や彼らにとっては、忌々しい粒子だろうが、それはまちがいなく神の粒子だ。それを駆使して行うアクションデュエル、そして生まれたペンデュラム召喚。神の領域と言わずに、なんというんだい?」

神の領域ねえ、と城前はその言葉を反芻する。遊矢、零児、それぞれの父親の言い分がすれ違っていることを思い出す。そして、そのどちらもが世界の崩壊の原因だと糾弾する相手は、神に魅入られたといっていたことを思い出す。研究者が足を踏み外すのはよくある話だが、そういった感じなのだろうか。蓮の教えてくれたことはたしかに城前から見ると魔法みたいな未来の世界の話だ。質量を決定する粒子を自由自在に扱う技術を獲得し、インターネット上にその存在を貯蓄しておく技術まで確立しているのだ。その基礎というべき施設に城前の姿を借りている蓮は向かっている。さすがに前時代のアクションデュエルでユーゴとの再戦を行う気は微塵もないようだ。全力を出すにはなんの制約もないところがいいといいたいらしい。たしかにアクションデュエルはその粒子を自在に変換することで行っている。加速器を持っているこの国最大の施設は間違いなくユーゴと蓮の決戦の地としては申し分ないところだろう。

『たしかにSFの世界に片足どころかどっぷり使ってるもんな。すげーな』

「はは、使い手のくせになにを。だが、城前、君とのデュエルの経験は私の夢のために使わせてもらう。そのお礼といってはなんだが、いつか言ったように、魅せてやろう。私とユーゴのデュエルを、最善席で」

『おいこら、まさかおれの体使う気じゃねーだろうな?』

「まさか。私は私としてユーゴとデュエルをするに決まっているだろう、馬鹿にしてくれるな。ただふさわしい観客を呼ぶためには前座が必要だろう?つまりはそういうことさ」

物体を構成している質量の粒子に干渉し、端から見れば突然出現した扉を突破し、城前の乗ったDホイールは粒子加速器のある敷地内に飛び込んだ。レオ・コーポレーションの敷地内に入ったその瞬間に、蓮はワンキル館のシステムからレオ・コーポレーションのシステムに設定を変更する。これでアクションデュエルを伴ったレオ・コーポレーションのシステムを使ったライディングデュエルを行うことができる。蓮やユーゴにとっての本気が出せるフィールドだ。



城前は一瞬、浮遊感を覚える。そして世界が白に塗りつぶされ、気づけばいつかのようにイヴがいる謎の空間に転送されていた。すぐ目の前の巨大なスクリーンには、蓮が愛機に乗り込みユーゴの追走を受けているところが現在進行形で放映されている。地に足がついているって素晴らしい。まだ気分がふわふわしているのは、一時的に幽体離脱ににた感覚に陥ったせいだろうか。

「お待ちしていました、城前」

「おれは蓮とユーゴのデュエルを見に来たんだけどな」

「だろうとは思っていました」

イヴは笑う。縫い目のない白の空間のど真ん中に鎮座する孤独な玉座にいつも座っている彼女の傍らには、いつだったか素良の診察をしていた医者がいた。その目のやり場にこまる酷いケロイドの跡を見れば嫌でも思い出すことができる。なんでここにいるんだろうと城前は思う。

「どっか悪いのか?」

城前の言葉に仮面の女はどうでしょうねと笑う。

「城前、どうだい?調子は」

「調子って?」

「蓮からずいぶんと扱かれたんだろう?無理矢理他人の思考や技術をトレースさせられたと聞いたんだが、かわりはないかい?自分が自分だと確信はもてているかい?」

「・・・・・・やっぱあれってむちゃくちゃなやり方だったんだな」

「否定はしないさ。法律で規制されるくらいにはシビアにならないといけない」

「まじかよ。トレース先と混濁しちまったらどうする気だったんだよ、蓮の野郎」

「その様子だと大丈夫なようだね。普通なら防衛本能から忘却に至るのが普通なんだが、自分が何をされたのか覚えているあたり君は適性があるようだ」

「げっ、まさか実験体も兼ねてたのかよ、あのやろう。まあ、こっちに来た瞬間からおれの知識をデータに落とし込む過程でワンキル館側から似たようなことはされてたからな。もとの世界に帰るためにその技術は使わせてもらうつもりで臨んだ実験なんざ、たいしたことねえさ」

「そうなのか。やはり注意が必要だね、君の背後には」

「どーとでも。ま、今回はライディングデュエルできたし、案外悪くなかったぜ」

けらけら笑う城前に、白衣の男はあきれたように肩をすくめた。


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