柚子視点(水上疾走)
夕焼けが空を焼き、彩雲のように色づく。これからすべての景色は暗くなり始める。闇に向かっていくその一瞬を収めようとファインダー越しの世界にシャッターを切る人々がいる。

逢魔が時、夕方の薄くなる昼と夜が逆転する時刻、沈む夕日を見ようと、多くの人々が海岸沿いの駐車場を訪れている。赤みがかった空は美しくもどこか不気味に輝き、夕方を隠す薄暗い雲は赤を反射して優美に色づいた。優しい波音が響く黄昏のおぼろげの中で、海風の寒さに耐えながら眺める夕日は、訪れた人々にとって大切な思い出となるだろう。ここからの景色は日中も惹かれるが、黄昏時は別格だ。疲れたときには夕日を眺め、悲しいときには波の音を聞きに行く。様々な人々の感情を受けとめてきたこの海岸は間違いなくMAIAMI市の観光スポットであると同時に、住人達のよりどころである。

絶好のシャッターチャンスを待ちわびるカメラマンでも、大切な思い出を共有しようとする友達連れでも、恋人連れでも、一人世界に浸る人でもない。柚子は彼らとは全く違う理由でこの駐車場にやってきていた。


半年。遊矢、と叫んだ言葉に一瞬振り返った白いフードの少年は、物憂げな表情を残したまま背を向けて、崩落していく鍾乳洞の向こうに消えて、もう半年になる。遊矢と赤馬のデュエルを通じて二人の因縁と宿命、そしてこのMAIAMI市を20年後の未来と同じ崩壊に導こうとしている勢力の出現。この時代の人間であり、目撃することしかできず、デュエリストでもない柚子は、完全なる部外者である。だが、あの物憂げな表情に浮かぶ、寂しそうな表情が忘れられない。半年も経つともう終わって元の時代に帰ったんじゃないか、と修造に言われるが、柚子は諦めきれないでいた。

レオ・コーポレーションの動向を伺っていたとき、真っ赤なスポーツカーを爆走させて、何処かに向かう赤馬零児を目撃したのだ。全てが終わっているのなら、赤馬社長も姿をくらませ、行方不明になっているはずだ。なによりも信号待ちをしていたときに見たあの横顔は、遊矢にデュエルを挑んだときのような鬼気迫るものだった。部外者は眼中に入らず、目的のためなら手段を選ばない、そんな顔をしていた。それがほんの数ヶ月前なのだ。

それに、ワンキル館の広告塔である城前克己の動向も気になる。20年後の未来から来たと沢渡から聞かされた柚子にとって、半年前よりメディアの露出が多くなってきている彼もここのところ気になるのだ。高校でもない、ワンキル館の広告塔としてでもない、著名な決闘者としてでもない、目的不明の外出がここのところ増えているのだという。なにより柚子の目をひいたのは、バイクだ。城前はもともとバイクの愛好家だったが、最近、その乗る回数が顕著に増えているのだ。せいぜい気晴らしのツーリングや移動が主な手段だったというのに、今ではどこに行くにも必ず乗るという徹底ぶりをみせている。

柚子の脳裏によぎるのは、あの遊矢の別人格であるユーゴという少年だった。

多くのデュエルを目撃し、そのカードデータを収集することを最優先していることは、ほかならぬ城前が公言していることだ。ユーゴがDホイールというデュエルディスクとバイクが一体化した決闘を専門とする決闘者なら、挑むために練習しているのでは、とも考えた。柚子はデュエルモンスターズに詳しくはない。だから焼き付け諸刃の知識で考察するのはたかがしれている。なら決闘者に聞けばいい。

赤馬零児が出奔してから行方を捜していると、修造塾に現れた沢渡や黒咲と情報交換をするうちに、柚子は新たな情報を得たのだ。

「ここが・・・・・・!」

夕焼けには目もくれず、柚子は沢渡達にきいたマンホールを探していた。MAIAMI市の小中学校の子達が描いたイラストが描かれたカラフルなデザインはすぐに目についた。

数ヶ月前から、MAIMAI市のあちこちで突然マンホールが吹き飛ばされるという、原因不明の事故が多発していた。初めこそ老朽化した部品が故障したのだろう、と思われたのだが、封鎖した状態で業者が入っても原因と思われる場所を見つけることができなかった。通常の空気弁の故障であれば、水は10メートルまで吹き上がり、作業車で上から無理矢理押さえつけるなどしないと数時間経っても水の噴出が留まらないと聞く。その事故で不思議なのは、一方方向で次々とマンホールが吹き上がるにも関わらず、水の噴出はその一度だけ。それも決まって人の姿が疎らな時間を狙ったように発生する。半年も経つとまるで幽霊が行う怪奇現象ではないかと言った方が正しい認識が広まっていた。人が疎らであることが条件なのか、オカルトの噂に惹かれて野次馬が増え始めるとその現象は別のエリアに転移してしまうようで、ぐるぐると野鳥駆除のようにMAIMAI市内を回っているという。これはもう何かいる。間違いなく何かいる。

立体幻影の実体化というと、真っ先にマスメディアの興味の矛が向いたのはレオ・コーポレーションだったのだが、原因究明に奔走するMAIAMI市側に協力的な時点で疑惑は薄れ、悪用されている現状に同情論が展開している。赤馬社長が表に出てこなくなったものの、相変わらず重鎮たちの要所要所の記者会見などは行われており、表向き赤馬社長の出奔を把握している人間はいなかった。もともと雲の上の社交界にいるような存在なのだ、世間の注目を浴びなければ行方を気にする人間などいない。

沢渡たちが調べた限りだと、レオ・コーポレーションのネットワークでは逆探知できなかったらしい。この時点であの蓮とかいう仮面を被った決闘者の勢力か、城前の所属するワンキル館のネットワークを使用するどちらかが首謀者なのは間違いない。

そういうわけで、柚子は謎の事故の法則を沢渡たちから教えてもらい、今回はここではないかとやってきたのだ。

夕闇の時間など、ほんの少しだけだ。一番星が見え、街灯が海岸沿いの歩道橋を照らし始めると、人々の姿は疎らになる。柚子のようにわざわざ見に来る物好きはいない。10メートルも吹き上がるマンホールが乱舞する光景など怪我を承知で見に行っているようなものだ。さすがに真正面で見守る訳にもいかず、距離をとった状態で柚子はその時を待った。

ぶくぶくぶく、という変な音が各地から聞こえてくる。通りすがりの人はそれに気づいたのか、あわてて走り去る、あるいは行こうとした道を変更するのが見えた。柚子は地図アプリでその先をざっと確認し、急いで移動し始めた。

マンホールの周囲が泡を吹き始め、がたがたがと金属を打ち鳴らすような不気味な音に変化した。それもじっと見ていると、隙間からあふれている泡が水に変わり、マンホール自体が水没していく。まるで噴水のように小さい穴から水が湧き出してきた。どんどん高さを増していく噴水。一定の間隔で設置されているそれがすべてである。それが一定の勢いに達したとき、マンホールのふたが豪快に舞い上がった。そして水がすさまじい勢いで噴出していく。一瞬にして周囲は水浸しになり、スマホ片手に野次馬たちがあふれ始めた。

まるで爆発の連鎖である。もう通行すら不可能だ。柚子は沢渡達から教えてもらった予想に従い、先を急ぐ。集中豪雨でもないのに発生する怪現象だが、柚子にとってはファントムの手がかりに他ならない。

「ここね!」

レオ・コーポレーションはソリッドヴィジョンの実体化をMAIAMI市のどこでも実現するため、専門の部署があり、関係者が出入りできる事務所が各地にある。赤馬社長直々の部下だという肩書きのおかげであちこちに顔を出せる沢渡や黒咲と違って柚子は一般人だ。侵入経路は数が限られてくる。一緒に来てくれればよかったのに、残念ながら彼らは柚子の情報提供により、レオ・コーポレーションが所有する宇宙観測所に向かうことにしたらしい。仕方ないので、警備が比較的手薄なところを教えてもらうことで手を打ったのだ。

人目をかいくぐり、地下に向かう。新しく発生したマンホール噴水事故の対応に出動している職員たちにより、いつもより警備は手薄だ。容易に侵入できた。こつこつこつと冷たい鉄のはしごを下り、柚子は薄暗い周囲を確認する。スマホだけが唯一の光源だ。手元の画面には噴水事故の目撃情報がどんどん更新されていく。沢渡達が予測したとおり、それはどんどんこちらに近づいてくる。

あれはきっと遊矢に関係がある、はず。

いつも消えてしまう反応はこのあたりのはずだ。柚子は固唾を呑んで待っていた。

こちらをまばゆく照らすライトが見える。1つではない。2つだ。しかもモンスターが出現している。豪快な水しぶきがあがる。

「きゃああっ!?」

思わず柚子は声を上げる。

あっという間に通り過ぎてしまったDホイール。

「うそでしょ、どこいくのよ!」

びしょ濡れになってしまった体にたまらず柚子は叫んだ。


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