ペルソナ4 第7話
ペルソナ7

クマがいない。ゲームやドラマCDでのみ存在が示唆されたものの、最後まで出てこなかった住処とやらに生息しているのだろうか。スタジオに幾度も足を運んだが、出会うことはかなわなかった。霧が濃くなってきた世界で、ひたすら薄い場所を探していたが、結局私はあの男がいる辰姫神社にたどり着くしかなかった。最上階しかなかった。

「アンタは、いつからここにいるんだ?」

『散々カンナギアキラの詮索して、次は俺についてか?ああ、なるほど。お前シェヘラザードにでもなるきか?』

男は笑う。イランの伝説上の王妃である彼女ほどの才能があるならば、とっくの昔にこの心の底から歪みきった根性をしているこの男の問答なんてカンパし、むしろ仲間に引き込む聡明さがあるだろう。さすがは世界は違えどもあったかもしれない私のシャドウだ、お見通しのようである。ご名答、と私は苦笑いして肩を竦めるしか無い。最も史実通りなんて究極の自己愛にも程があるから、あくまで揶揄だ。最初の妻が不義を犯して別の男との経験が会ったことに激怒したイラン王が、処女の女をめとっては一夜を共にして殺すという八つ当たりにもほどがある残虐行為を繰り返していた。それをやめさせるために貞操を捧げた上に賢明さと聡明さ、そして教養をフル活用して3年も話し続け、そして子供3人も作った上に旦那を賢王にしてしまうなんてしたたかすぎる彼女には到底呼ばない。とうの昔に精根尽きはてて疲労はもはや限界に達している。でもその瞬間に私は死ぬだろうということは分かっているから、なけなしの気力を振り絞って、懸命に私はこの世界の私のもつシャドウとの対峙をひたすらひたすら延期し続ける手段を取っていた。

『死にたくないってか?滑稽だな。安心しろよ、お前のその余計な知識のせいでうかつに手が出せないんだからな。シャドウとしての本能とお前を殺した瞬間に俺も死ぬなんて恐怖とを拮抗させるなんて、つくづくお前はむかつくよな。さっさと俺になればいいのに』

「……なんだ、私の影響も受けてるんじゃないか」

『だからお前はもとの世界のお前は死ぬべきなんだ。んで、俺になってくれりゃいいんだよ。意地きたねえなあ』

「ふざけるな。そんな理由で殺されてたまるか、冗談言うな、人外が。そもそもこの世界の私のシャドウなら、なんだって今でも存在していられるんだよ」

『俺の居場所を奪っといてよくぞまあそんな暴言が吐けるな、バカが』

にたりと笑っているが、黄金色の瞳が殺意に満ちていた。気圧されてはいけない。同情してはいけない。一瞬でも気を抜けば強かながらに私の存在を全否定するこいつの思惑通り、悪夢のような手段でもってこいつは精神だけでも私を殺そうとしてくるだろう。目を背ければ、切々と私が憑依したせいで失われたと主張されるこの世界の私の人生が巡り巡って私のあり方を揺さぶってくる。でも、これだけは譲れない。男が暴走してしまうことは承知の上で、私は頭をふった。

「単なる嫉妬じゃないか、くだらない」

私は鼻で笑った。男はどうとでも言え、と一言つぶやいて押し黙ってしまう。この表情を私は知っている。かつて体験したつらい感情だ。生まれて初めて自分の特殊性と今まで抱えてきた感情を告白した時に、一言すっぱりと今まで親友としていきてきた彼女に全否定された瞬間の苦痛だ。冗談でしょ、笑えないってそれ。本気?気持ち悪いよ、晃。軽い気持ちなのだろうその言葉は、今でも心をえぐる。すべてが崩壊する、足元もろとも奈落に突き落とされるような絶望が走ったのを覚えている。私が彼女に何を過剰に期待していたのかを改めて思い知らされ、裏切られたという思いが広がると同時に、あまりにも独りよがりだった気持ちが客観的に見れた瞬間でもあった。顔面蒼白で、呼吸を忘れるほど辛くて、衝撃のあまり、私は彼女に殴りかかろうとまでした。でも彼女が好きであるという感情がそうはさせてくれなくて、泣き崩れるしかなかった。ただひたすら私の気持ちは冗談ではないし、一時の気の迷いではないし、私は私なのだと認めてもらいたくて懸命に情けないくらいの必死さで彼女に言い続けたのだ。私は生まれた時から男だし、女になった覚えはない。ずっと好きだったと。だから分かる。男がここまで私に強烈な殺意を抱くほど怒り狂っているのは、一方的な嫉妬だ。私はあの日、彼女に会えた。でもこの世界の私は出来なかった。たったそれだけ、でもそれ以上に無いほどの出来事の違いが、ここまで世界が違うとはいえ人生を様変わりさせるのだ。男は私の記憶を知っているようだし、無理もない。きっと、男は当時の私なのだろう。最終的にすっぱりと振られてしまったけれど、これからも友人でいてくれると柔らかく笑ってくれた彼女の笑顔に救わなかった私。理不尽なまでの劣等感を自分が抱えていることに気付かず、異様に彼女に嫌われることを恐れていた、依存していたことに気づかなかった。気づくのを恐れていた、私。5年前から芽生えたどす黒い感情が抑圧されてきたところを見ると、どうやら不幸にもこの世界の私は自らを受け入れてくれるような存在を見つけられるほど心の余裕なく生きてきてしまったようだ。臆病になるのも無理はない。でも、それは決して天城のせいではないと感じているが故の私に対する嫉妬は、私らしいと思った。

男は理性が決壊したのか、叫んだ。勢いだけの意味のない言葉の羅列。必死に抑えても抑えても止まらない涙。激情に任せた、支離滅裂な咆哮。耳を塞ぎたくなるが、背けてはいけない。嘲ることができたら、どんなに楽だろう。本当に赤の他人に憑依していたならこんなややこしい事態にはならなかっただろうに、と私は思った。アンタ最低だよ、とせせら笑えたらどんなに愉快だろう。そんなことができないことくらい、1番分かっている。私の最も大切な記憶の一つだ、汚すことなんてできない。冷酷無情に成切れない。きっと私は泣いているんだろう、目頭が熱くなってぬぐいながら、私は告げた。

「八つ当たりするな。いくら強要されても無理なものは無理だ。私は私、この世界の私にはなれっこない。所詮記憶と人格が共通してる赤の他人だろう?私にとってはとっくに昇華した感情だ。いっとくが私は一度足りともアンタを拒んだ覚えはないぞ?それでもお前が私の中に帰れないのなら、それは眠ってるか消失したか知らないが、アンタの宿主様がアンタを拒否ってるだけだろ。勝手にアンタの宿主様の体を奪っといて散々な言い訳かもしれないが、私だって好きでいるわけじゃないんだ。勘弁してくれ」

『………お前がそれを言うのか、本当に卑怯だな。俺がいつ生まれたのか知っときながら、そんなこというのか』

男はポツリと呟いた。自我を持ったシャドウは、宿主に存在を否定されることで行き場を失って暴走するとクマは言っていたはずだ。私の言葉は凄まじい身勝手だが、私の歩んできた人生を全否定して、この世界の私に迎合するなんてお断りだ。突っぱねた私は、静かにため息を付いた男を見た。

『暴走もなし、か。はは、笑えるな』

「赤の他人にお前はカンナギアキラじゃないといわれても意味はないってことだろう。アンタが私にカンナギアキラになって欲しいのと同じ理由で、私は私でありたいんだ。悪く思うなよ」

ひとはくおいて私はつぶやいた。

「でも、私はアンタを否定したことは一度も無い。だから、居場所がないなんて思うな?帰れるなら、いつでも帰ってくるといい。この世界の私が目覚めるか、私の中に溶け込んでしまったのかはわからないけど、勝手に私がいる理由は変わらない。だから、できることなら協力する。だから、そのかわり、私がここにいることはかんべんして欲しい。力を貸してくれないか?」

どこまで厚かましいんだと男は笑った。よかった、少なくても自分に殺されるなんて馬鹿な展開になりそうも無い。いつまでも降り続いている雨の下、私たちは神社のしたで待ち続けていた。

『断るにきまってんだろーが。はっきりいって、アンタはどうであれ、アンタは俺にとって、『理想の自分』なんだよ。手放してたまるかよ。もう戻れないんだよ。俺はもう人間じゃねーんだ。ここから出るには、もう、これしかないんだよ』

結局平行線のまま、何にもかわらないけれども。



ふと浮かんだ疑問を私は口にした。


「ところで、どうやってシャドウを現実世界に放り出したんだ?」

『いきなりなんだよ』

「そもそもアンタはシャドウもどきだろ、人間からシャドウになっちまったとんでも野郎だろ、クマが人間になれたからまあ、全然おかしくはないけど。でも、いくらなんでもおかしいだろ。現実世界との行き来が出来るのは、クマだけに与えられた特権だろ。なんでただのモブが出来るんだよ」

そもそもクマは、もともと用意されたシャドウだと私は思っているのだ。結局誰のシャドウなのかすら明言されなかったけれども、あっちの世界とこっちの世界を繋ぐなんて特殊能力が無ければ、そもそも主人公達はのたれ死んでいたに違いないし、事件を解決するなんて約束を外に出すという条件と共に引き受けることなんてできなかったはずだ。設定ありきのゲームならともかく、ここはペルソナ4の世界なのである。クマはきっとあのベアード様が初めから用意したんだろう。だからなんにも覚えていないのに、一度も外に出たことも無い現実世界のことをやけに知っていて、ここの世界を冒険する上で必要最低限な役割をナビゲーションする役割を背負わされた。だって実際にクマのシャドウが出た時に、クマは星のコミュニティを持っているにも関わらず、月のカードが表示されていた。干渉を受けているのだ。シャドウだから。あのベアード様に。若しかしたら、クマは知らない間に、クマはクマの目を通してベアード様が主人公達を見るための役割をしたのかもしれない。そう考えると、クマが誰のシャドウなのか、分かる気がする。だって、どんなにコミュニティを無視しても必ず上がるコミュニティは2つしかないのだ。非公式の殺人事件を追いかける会とクマの星のコミュニティ。不自然なまでに統一されているヤスのペルソナと主人公の初期ペルソナの符号。真ラスボス考えると思いっきり出来過ぎている。まあ初代以来の原点回帰でイザナギだったのかもしれないけども、かつてはヒロインだったのがまさかあんな扱いになるとはごにょごにょ。まあどのみち、こいつはヤバい、無条件にヤバい。だってクマの存在否定である。いろんな意味で。

「言ってただろ。ここから出られないって。シャドウを追い出せたんなら、なんで自分も追いかけていかなかったんだよ」

『しるかよ』

「はあ?何言ってるんだ。あ、いや、クマの存在否定してるのは私なのか?シャドウが人間になるっていうアイデンティティ分捕ってるわけだし」

『シャドウになるって決めたんだよ。だから出られなくなったんだよ。何がおかしい』

「いやだって、クマはシャドウから人間になっても相変わらずあっちの世界とこっちの世界を繋げてたし……って、ちょっと待て。分からないのか?お前、私を引きこんだ時手が出てただろ、なんでそのまま出てこなかった?」

『アンタだけなんだよ、俺が干渉できるのは』

「マジか」

『ああ』

「にしても、クマは自我が出来てから身体が出来てたわけだから、私が憑依するにしても無茶苦茶なことしたな。空白の3ヶ月間、シャドウは何してたんだか」

『さあな。俺は知らないね』

「自分の体だったくせに」

『アンタにとっても俺にとっても、この身体が本当の自分だろ?』

それを言われてしまっては、もう反論の余地はない。

「にしても、理想的な自分ってこれまた変な騙され方したな」

『は?』

「マヨナカテレビは、理想の相手、運命の相手、つまりアンタが好きだった天城がうつるかもっていう噂なんだぞ?どこで聞いたんだよ」

『アンタの言うらっしゃーせーの人だよ』

「……は?」

『何驚いてんだ』

「なんで?おかしいだろ。らっしゃーせーの人が運命の相手がっていうマヨナカテレビの噂をちまちま流してんだぞ?なんでアンタピンポイントで違う噂を流すんだよ」

『そっちの噂の方が新しいから、方向転換したんじゃないか?マヨナカラジオは理想の自分っていうのが主流だったんだから。だから俺騙されたんだよ。50年前の噂と一緒だったから』

「………は?なんだよそれ。マヨナカラジオってあれだろ、全部終わった後に、似たような事件を真ラスボスが起こしてましたよっていう後日談を通りすがりのおじいちゃんが聞かせてくれた、あれだろ?設定集にもちょろっと乗ってたあれだろ?なんだその不自然なまでの方向転換は。マヨナカテレビの噂が流れ始めたのは、数年前だぞ。なんでお前にだけらっしゃーせーの人は嘘ついたんだよ。まるで実験するみたいに……!」

『実験?』

何かを思い出そうとした男は、突然立ち上がる。大丈夫か?と思わず声を上げた私は、男の背後に異常なほどのオーラが沸き立っているのを見た。これはまるで宿主に存在を否定された、暴走寸前のシャドウ。なんで?どうしていきなり?!何度呼びかけても返事がない。霧は少しずつ濃くなっている。シャドウとしての本能が凌駕してしまったのか。にしてはあまりにもいきなり過ぎる。不自然すぎる。一抹の期待を込めてなんとか男に呼びかけるが、まるで誰かの干渉を受けたかのように男は何も言わない。ただ一歩ずつ私に近づいてくる。恐怖がもたげてきて、わたしは少しずつ後ろに下がった。





【─────死ね】





世界が、暗転した。












『マヨナカテレビって知ってる?』

帰りが一人なら一緒に帰ろうと誘ってきたのは、隣の席になった里中千枝という女子生徒だった。聞き慣れない単語に、月森は当然首をふった。緑ジャージにいくつもの缶バッジをつけた彼女は、屈託ない顔で笑う。じゃあ教えたげるよ、雪子もするって決めてるんだ、と傍らで歩いている真っ赤なカーディガンを着ている天城雪子という女子生徒に視線を走らせた。ね?雪子、との言葉に、へ?あ、なに?とワンテンポ遅れて天城が返す。里中は苦笑いした。なるほど、と大体の二人の関係性を把握した月森は、どうかしたのかと助け舟を出してみた。やっとくるか!と一抹の期待を胸に彼女たちと肩を並べて、両手に花状態で帰宅していた月森は、またスルーか、とこっそり落ち込んだ。待っていたのは、最近はやり始めたと言う都市伝説、噂だった。田舎なのに都市の伝説とはこれいかに。





月森はもうすでに心が折れそうだった。どうして誰も俺に突っ込んでくれないんだろう。元のクラスの連中だったら、休日にも関わらず部活もないのに制服で出かけようものなら、どんだけお前は制服マニアなのだとコンマ一秒で突っ込んでくれたというのに。刑事だと母から聞いていた叔父なら、前を全開にして制服で来たら、風紀がどうたらこうたら、って指摘してくれるかなという意味不明な期待を元に駅についたが普通にスルーされてしまう始末。普通に挨拶されるし、従兄弟の菜々子という少女にはなんだか人見知りされてしまうし、やたら握手を求められるから手汗が気になってしまうし、車酔いしたのか気分が悪くて寝たらよく分からない悪夢を見て目が覚めたし、散々だった。電車の中では恥辱もののグロムービーな夢見るし。これはあれか、スルー検定を実施中なのかとどうでもいいことに思い悩んでいた。転校早々制服を全開にしてみたのだが、今まで先生はおろか生徒も誰一人としてツッコミを入れてくれる人間は不在である。まさかのボケポジションの大量発生に、いい加減引込みがつかなくなった月森は、ここでやめたらカッコ悪いと誰と戦っているのかは不明な決意を新たに、ツッコミがくるまでこの服装を通すことに決めた。早々にちゃんと制服を着るのを諦めた。めんどくさい。どうもこの二人は、落ち武者なんて最悪なあだ名をつけられまいという衝動から誰が落ち武者だと口走った転校生である月森を横に、こそこそと内緒話をした上で話しかけてきた節がある。ようやく、つっこんでくれたモロキン先生というあんまりなあだ名を付けられている先生には、泣きたいほど感謝したのだ。なのにこっちの切実なつっこみしてほしい症候群にも関わらず。あの先生は反抗する生徒は大っきらい、リア充死ね、つか退学しろを地で行くらしく、すっかり嫌われてしまった。なかよくなりたいのになあ。何を企んでいるのだろう、と心のなかで身構えている月森である。そもそも諸岡という先生の口走った腐ったミカン帳なんて言葉、ここに居る生徒の何人に通じたか分からない高度すぎるジョークである。侮れない、とどこかずれた評価を月森は下していた。昭和のドラマの大ファンだった母の影響がなければ、金八先生のネタだなんて誰が分かるだろう。格好からして某大物漫画家のキャラをそのまま生き写しにして実写化したかのような再現率なのに、それをあだ名にしないのが良い証拠だ。勿体無い、と思いつつ月森はいわないことにする。どうにも何処かお前はずれている、天然入っているだろうと旧友に散々なじられた古傷が痛むのだ。失礼な話である。全力で面白いことがしたいだけなのだ。転校する事実を、あ、俺明日学校休むわ、的なノリであっさりと切り出したときにさんざん言われた。どうせ理数系の特進クラスなんて女子生徒の割合が絶望的なまでに少ない野郎だらけのクラス、1年離れてもメンツは変わらないだろう。国公立や私立大学に進学する他ホームはともかくとして、哀しいかな月森の在籍していたクラスには、クラス替えなんて青春イベントは存在しない。いらないだろう、どうせメンツなんて1,2人くらいしかかわらないんだし。3年に進学したらまた会えるのだ。そう言うやいなや、薄情にもほどがあるだろバカヤロウと財布がすっからかんになるまで近くの食堂でおごらされた。理不尽にもほどがある。そんな環境で生きてきた月森にとって、あまりにもボケが多いこの稲羽市で充実した生活を送るためには、やはりボケを上回るほどのボケをかまさなければならないだろうという結論に至る。もっぱらボケ担当だ、ツッコミ役にまわるきはない。

それはさておき。天城なんて、男子生徒との会話を何処か苦手としていることがわかるほど、どこかぎこちない様子でこちらをみている。笑顔は明らかに違和感がある。何処かつかれた様子に月森は笑わせてあげたい衝動にかられるが、流石に自重した。つかれたなら、心の底から笑うことが特効薬なのだ。それが月森の持論である。里中も花村とかいうオレンジのヘッドフォンを付けている男子生徒と仲がいいようだが、別け隔てなくクラスメイトなら誰でも馴染める、と言った様子でもなさそうである。2人はずっと机を向かい合わせにして熱心に何かを話しあっていたわけだから、明らかに浅く狭くな人間関係を得意とする分類なのだろう。個人的には花村という男子生徒と知り合いになりたいと月森は目星を付けていた。里中との掛け合いなんてまるで夫婦漫才までの領域に達している。あれはなかなかにできるものではないし、月森の中では彼は先天性のお笑いの星に生まれたのではなかろうか、というほどなにかと不運な立ち位置にいる。初対面が全速力のマウンテンバイクをゴミ捨て場のコンクリートの壁に激突させ、しかも今はまさに机の角にちょくにぶち当てている。種なしになったら大変だなあ、と心配しつつ、里中に促されて月森は先を急いだ。つっこみの相方として、仲良くなれるかもしれない。

天城越えの単語を聞いたとき、まの字をえの字に変えた変態一色の替え歌をよくカラオケで歌ったことを思い出し、脳内ループが止まらなくて立ち尽くしていたのは内緒である。通学路もずいぶんと歩き、周囲は田んぼが流れて行く。稲羽市を紹介したり、里中が天城を恋人募集中と勝手に宣伝して怒られたりしながら、月森はじっくりと彼女たちの本題を待ちわびた。

「ねえ、なんでこんな時期に転校してきたの?珍しいよね?」

来た。天城も心なし乗り出している。月森は好奇心というよりは、まるで誰かと重ねているかのようにどこか不安そうにつぶやく里中に若干の不安を覚えた。まさかどこかの誰かさんは転校しましたなんて犯人が復讐を遂げてから犯人を捕まえる探偵の孫のような展開を連想してしまい、月森は背筋が凍る。部屋のダンボールを片付けていたときに、うっかり事件簿シリーズを読んで、じっちゃんの名にかけてが出るまでに犯人を特定しようと躍起になって伏線回収に没頭していたのを思い出した。引越しとジャンプ並の危険なコラボである。何を考えているのだと脱線する頭を叱咤して、月森は言った。はたから見ればクールなイケメンである。世の中は理不尽なものだ。

「父さんも母さんも海外転勤でいないんだ。で、俺は一人っ子だから、今は叔父さんのところでお世話になってるんだ。1年間だけ」
「へー、そうなんだ。なーんだ、もっとしんどい理由かと思っちゃった。あはは、ごめんね。雪子ん家って結構病気を直すとか何とかで、よく来る人いるからさ、うん」
「1年ってことは、来年には帰るの?」
「うん。残念だけど」
「そっかー、大変だね」

ほっとしたらしい里中と天城が顔を見合わせて笑った。よくわからないものの、彼女たちの持っている不安を増長させることはなかったと判断して、月森はこっそりため息を付いた。でも、驚くほど冷静だよなお前、といわれ、失礼な、状況把握して顔に出るまでのプロセスが遅いだけだと言ったら怒られたようなポーカーフェイスを携えて、月森は聞く。なにやら金田一を読んだせいでどうにも事件フラグが気になって仕方ない。なぜ里中の席が不自然に空いていたのだろう。花村の横の席があいていたのだろう。転校生である月森の席が里中なら、あの空席はなんだ。どこぞのように遺跡に入った人間をミイラにして墓場に放り込む代わりに、生徒としては失踪扱いで処理してしまうような学校なのだろうかと恐ろしくなったのだ。

「そうだ、里中さん、聞きたいことがあるんだけど」
「なになに?」
「花村ってひとの横、席あいてたよな?今日休みなの?」

二人の顔が凍りついた。言い繕おうとして、天城に止められる里中は、えーっと、その、と目をそらしてしまう。月森は本能的に地雷を踏み抜いたと察して、血の気が引くのをかんじた。まさか本当に自分が転校してくる前になくなったのかというあらぬ妄想に取りつかれてしまう。花瓶に花がおかれていないのだから考えすぎなのだろうか、と思いながら、彼女たちの返答を待つ。

「………やっぱり、バレちゃってるよね、あはは。ごめん、何も言わないと気になるよね」

まさか、とあらぬ方向にシナリオを勝手に捏造し始めた頭を黙らせつつ、月森はつばを飲み込んだ。天城が今にも泣きそうな声で、つぶやいた。

「晃ちゃん、えっと、神薙晃って子がね、3日前から行方不明なの」
「え?」
「うん、そうなんだ。変な噂立てられたら困るから、誰にも言わないでよ?実はね、晃、3日前突然家からいなくなっちゃって、行方不明なんだって。ほら、今ニュースで山のアナウンサーが天城屋旅館に泊まってて大騒ぎされてるし、あんまニュースにはなってないと思うんだけど…実は、山野アナウンサーと同じ失踪の仕方で大騒ぎになってんの」
「晃ちゃん、その、3学期からの転校生だったから、うん。悩みがあって出て行っちゃったから、月森くんもそうだったら大変だなって思ったの。ごめんね」
「転校生っつったら、花村もそうなんだけどね。昨日の今日だから、やっぱ重ねちゃうんだ。あはは、おせっかいでゴメンね?もし何か困ったことあったらさ、アタシとか雪子とか、花村にも気軽にいってよ?あ、アタシは勉強以外で」

予想を遥かに超越する重大事件がすでに発生しているという現実に、月森は別の意味で戦慄せざるを得なかったのである。そういう話の流れの中で、里中と天城は神薙という女子生徒を探して、花村も巻き込んで探偵のようなことをやっていると聞いた月森が耳にしたのが、「マヨナカテレビ」という噂の実証だった。どことなく夢に見た女子生徒と神薙という子の外見が一致したりしなかったりした気がしたが、流石にそれはどんなフラグだと全否定せざるを得ない。おもしろいことを全力でしたい月森であっても、身の危険を感じるようなことなんてしたくないのである。彼女たちもすっかりお手上げ状態なのだという行方不明の友人探しは、マヨナカテレビの検証くらいしかもうすることが残っていないのだと悔しそうに里中は話してくれた。流石にそんなことを明かされてああそうですかと無関心を決め込むことができるほど、月森は薄情ではない。俺で良ければなにか協力するといえば、二人は幾分和らいだものの、転校してきたばかりの月森に気を使わせてしまったことを、いたく後悔しているようでもあった。微塵もマヨナカテレビについては信じていなかったが、話の成り行きでマヨナカテレビを実行することになったのである。下校途中に堂島さん達が検証していた現場の傍らで聞いた野次馬によれば、山野アナウンサーの死体が上がったのだという。しかも、逆さづりで民家のテレビのアンテナに引っかかった状態で。明らかに異様な殺人事件、もしくは事故だが、彼女たちの戦慄はますます高まったように思う。なんでも山野アナウンサーとその神薙はほとんど失踪状況と時期が同じなのだという。それはまずいと焦燥感にかられるのも無理はない。マヨナカテレビをみたらしい夜から出奔している神薙。これはますますマヨナカテレビを確認しなければという焦燥感が伝わってきていた。これは自分も協力するというのが筋であろうと思われたわけである。










雨のふる深夜0;00丁度に電源を切り、真っ暗なテレビを一人で眺めると、運命の相手が見えるという噂。マヨナカテレビをみたクラスメイトによると複数の人間が山野アナウンサーを見たことから、少々噂とは齟齬が生じているようだが、同じ内容の番組が何故か見ることが出来るらしい。怪奇現象に代わりはない。実際に見た人がいるのなら、やはり気になるのは仕方のないことだった。月森にとっての最大にして最悪の大誤算は、自分用として割り当てられた部屋にテレビが無かったため、菜々子が寝静まったことを確認してから、こっそりとリビングにある薄型テレビを見なければならなかったということだ。流石に母親のことを聞く勇気はないため知らないが、小学一年生の娘を抱えた父子家庭の家にテレビが2台もあるのはおかしい。贅沢をいえるわけがなかった。


天気予報によれば、明日の朝には上がるらしいがしばらく霧は続くとのことである。いつもならば蛙の声がうるさくて驚いたものだが、今はざあざあと降り注ぐ雨音しか聞こえない。静かな夜だと月森は改めて思う。電気をつけてしまうと菜々子が起きてしまうかもしれないため、足音を忍ばせながら階段を降りた月森は、携帯のディスプレイを確認しながらリビングに向かう。そして、テレビの前に座り込む。遠くで雷轟が聞こえる。カーテン越しに光るものがあって窓を見ると遅れて大きな雷の音が聞こえた。瞼の裏側が白い。しばらく瞬きを繰り返した。もしかしたら、すぐ近くで雷が落ちたのかもしれない。携帯を見ればあと数秒でマヨナカテレビの時間だ。すぐさまテレビに目を向けた月森は、携帯のディスプレイから映るヒカリを頼りに目を凝らした。そして、息を飲む。電源を入れていないにもかかわらず、じじじじじ、という砂嵐にしては随分と高い音域のノイズが走り、勝手についたテレビ画面に砂嵐が映る。写りの悪いテレビのように、絵コンテが速いスピードで流れて行くような白黒が映し出されて行く。少しずつすこしずつ鮮明になっていく光景。

「……これは」

写りやがった。まじかよ。うそだろ、かんべんしてくれ、なんのフラグだよ。月森は目の前で展開される怪奇現象に呆然としているしかない。一瞬テレビが明るくなる。映し出された映像はひどく朧気である。背景もろくにわからないが、明るい日差しが見える。外の映像だろうか。隅の方には赤いものをかけた塊が両脇に鎮座している。もしかして神社の狛犬だろうか、と思った所、少しだけ映像がクリアになった。続いていく階段。必死で逃げる人影。背後から襲いかかってくる何かからその人影は逃げていた。見覚えのある構図に月森は困惑する。デジャブだ。なんでよりによってこんな時に欲求不満の塊だと片付けた映像がマヨナカテレビに映るのだ。脳裏によぎっていく夢で見た趣味の悪すぎる夢。あれは山野アナとよく似た年上の女性だったが、今回はあれだ。よく似た造形の男に羽交い締めにされていた女の子が……。

「!!」

一気にクリアになる映像。思わず凍りついた月森は、後ずさりする。なんだこれ。ワケが分からず混乱するしかない月森に、さらに非現実の現象がたたみかける。

『我は汝』

悪寒が走った。がつん、と頭に響くどこかで聞き覚えがありながら、何故か違和感のある声が響き、月森はあたりを見渡したがだれもいない。

『汝は我』

頭の中で響く声が頭痛を引き起こし、めまいを覚える。くらりときた月森は頭を抑えた。がんがんと頭の中で何かが暴れている。それは例えば電話で話したときに受話器越しに話している時の声であったり、あるいは部活の代表者会議でやらされた新入生向けの部活紹介の司会で持たされたマイク越しの声だったり。ふざけて旧友たちと携帯の録音機能でとった時のいつも聞き慣れているのとは違う、どこか気持ち悪い声だったり。月森は目を開けた。そうだ、これは、まさか。びっしょりとかいた汗が現実を知らせる。いつの間にか肩で呼吸していることに気づいた月森は、前を見た。大型テレビでは女の子が怯えた目で何かから逃れようとしている。まさか、神薙という女子生徒だろうか。そう思ったわりに、随分と月森は自分が確信を持っているのではないかと思えるほど、その口から出た言葉は断言に近かった。もしこれが夢と程近い状況ならば。月森孝介はぞっとした。
山野アナウンサーはなにからにげていた?その先になにがあった?そうだ、わっかだ。スカーフの輪っかだ。あれにつり下げられて。しかも翌日アナウンサーはどうなった?民家の屋根に逆さづりである。ひっかかったっていってなかったか?あの主婦の人たち。こともあろうに付近には山野アナウンサーの住んでいた高級マンションがあった。そこから突き落とされた、としか思えない。月森孝介は確信した。神薙は間違いなく殺される。助けなくては、と月森は思った。テレビに映った映像であることも忘れて、月森は手を伸ばした。

『双眸を見開き、汝、今こそ発せよ』

テレビ画面に触れると、波紋を描いて消えていく映像。ふと、マヨナカテレビに触れると映像が消えてしまうらしいと里中から聞いたことを思い出し、慌てて離れようとした月森は、テレビの向こうに人影を見た。見たこともない装束に身を包んだ、しかも武器を持っている物々しい雰囲気の姿。だが、これまたどこかで見たことがあるような姿形である。しかしこればかりは何故か靄がかかったかのように思い出すことができない。何故か不思議と懐かしい感じがして、思いのほか恐怖は感じない。まさかとは思うがこれが俺の運命の相手?と見当はずれの思考をめぐるあたり月森らしい現実逃避の仕方である。手が伸びてくる。ぐいっと凄まじい力で引き込まれた月森は、絶叫を上げる暇すらなく、テレビの中に引きずり込まれた。


テレビは波紋を描き、やがて真っ暗になってしまう。


「……?」

すごい音がして目が覚めてしまった菜々子が扉を開けてリビングを見るが、だれもいない。。目をこすり、あくびをした菜々子は、きっと雷が煩いから起きてしまったのだろうと思い直して、再びフスマを閉めた。













「ぐっ……!」

どごっという鈍い音が響く。落下した月森は、地面にたたき落とされた。全身を強く打ち、凄まじい激痛に体が悲鳴をあげる。呼吸すら忘れた月森は悶絶をしてうずくまるが、容赦なく降り続く雨が月森を濡らしていく。まさか外に放り出されたのだろうかとあたりを見渡すが、見たことのない場所にいるようだ。狛犬の傍らに落ちたらしい。ここは神社?だとしたらマヨナカテレビに写っていた場所?何故こんなところに入れてしまったのか全く状況把握ができずに混乱する月森は、一時的ではあるが痛みを忘れた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

女の絶叫が耳をつんざいたのである。聞いたこともない声だったが、はっと我に返るには、十分過ぎるほどの衝撃だった。あわてて立ち上がった月森は、自分がパジャマ姿であることも忘れて、全速力で走る。もしここがマヨナカテレビの世界ならば、神薙という女子生徒が誰かに襲われているはずなのだ。助けなくては。それだけが月森をつき動かしていた。脳裏をよぎるあまりにも生々しい女性の最後。目前で行われているのだとすれば、助けなくては。理性も平常の冷静さも置き去りしして、月森は、その金切り声目指して走った。

『汝、今こそ発せよ』

月森の衝動的な行動と呼応するように、頭の中の声がより大きくなっていく。そしてはっきりと自覚した。これは、俺の声だと。体の中で響いている声だと。ワケの分からない状況下になると、人間はそのワケの分からない状況下でしか使えない冷製で常識的で良心的な判断を下そうとする。それはその状況下においてのみ、正常である。たとえ、平常時では幻聴でしかない精神状況の異常からの症状だとしても、このときの月森にとっては誰よりも代え難い味方を手にいれたような、そんな気がしたのだ。走り抜ける月森の視線の先に、禍々しいオーラを放つ金色の目をした男が女の子めがけて何かを放つ所だった。月森に気づいたらしい彼女は絶句している。月森はさらに加速した。

『我はペルソナ』

「ぺ、る、そ、な?」

体の中から声が聞こえる。

『我はイザナギ。汝、今こそ発せよ!』

「い、ざ、な、ぎっ!!」

とたんに聞こえた自身の声につられて口にした瞬間、月森の中でワケの分からない感情が爆発する。それは歓喜なのか、絶望なのか分からないが、何故か胸に込み上げてくるものがある。力任せに爪が食い込むほど利き手を握り締めれば、ヒカリが生まれる。青白い光がまるで炎のように揺らめく。やがてヒカリが収束し、一枚のカードが手の中に有った。月森は口元が釣り上がるのを感じた。その衝動に任せて月森はありったけの声を張り上げる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

月森の背後から、ワイルドカードに属するペルソナ、イザナギが発現した瞬間だった。

アナライズ
LV.3
アルカナ:愚者
ペルソナ:イザナギ
初期スキル:ジオ(電撃。SP4 敵単体に小ダメージ )
スラッシュ(物理攻撃 HP消費5% 敵単体に小ダメージ )
ラクカジャ(味方単体の物理・魔法防御力を上昇)
習得スキル:レベル3の時、ラクンダ(敵全体の防御力を下げる)

電撃に耐性、闇無効。弱点、疾風。

日本神話において神世七代の最後にイザナミとともに生まれた。国産み・神産みにおいてイザナミとの間に日本国土を形づくる多数の子を儲ける。イザナミが、火の神であるヒノカグツチを産んだために陰部に火傷を負って亡くなると、そのカグツチを殺し(その血や死体からも神が生まれる)、出雲と伯伎(伯耆)の国境の比婆山に埋葬した。

しかし、イザナミに逢いたい気持ちを捨てきれず、黄泉国まで逢いに行くが、そこで決して覗いてはいけないというイザナミとの約束を破って見てしまったのは、腐敗してウジにたかられ、雷に囲まれたイザナミの姿であった。その姿を恐れてイザナギは逃げ出してしまう。追いかけるイザナミ、雷、黄泉醜女らに、髪飾りから生まれた葡萄、櫛から生まれた筍、黄泉の境に生えていた桃の実を投げて難を振り切る。

黄泉国と地上との境である黄泉比良坂地上側出口を大岩で塞ぎ、イザナミと完全に離縁した。その時に岩を挟んで二人が会話するのだが、イザナミが「お前の国の人間を1日1000人殺してやる」というと、「それならば私は、1日1500の産屋を建てよう」とイザナギは言い返している。

その後、イザナギが黄泉国のケガレを落とすために「筑紫の日向の小戸の橘の檍原」で禊を行うと様々な神が生まれ、最後に天照大神(あまてらす)・月夜見尊(月読命・つくよみ)・素戔嗚尊(建速須佐之男命・すさのを)の三貴子が生まれた。イザナギは三貴子にそれぞれ高天原・夜・海原の統治を委任した。


『ちっ、面倒な奴が来やがって。なんでお前がもうここに居るんだよ。随分と速いお出ましじゃないか』

男は舌打ちをする。むしろ初対面なのに何故月森のことを知っているのか、とか、なんでここに来ることを予期していたかのような意味深な発言をいきなりかますのかとか、いろいろ突っ込みたいことはあるが月森は一切を無視した。呆然としている女の子の元へ走った月森は、かばうように立ちふさがった。

「大丈夫?」

「───だ、い、じょ、……げほっ」

心配するなと伸ばされた手。それが嘘だとすぐに分かった月森は見咎めの視線を送る。それとなく避けると、月森はゆっくりと男と自分の前に降り立つイザナギの背中を見据えた。すでにぼろぼろのパジャマと血色の悪い顔色、しかもところどころに暴行の後。おそらくこの男にされたのだろうことは明白だ。裸足で、しかも雨に打たれている彼女はびしょ濡れである。取り繕おうとするが、声はすでに死にかけている。ろくに言葉も話せないのか、激しく咳き込んでいる。衰弱しきっている彼女は、疾走していた神薙晃で間違いないだろう。

「俺は月森孝介。君は、神薙晃さん?」

目を見開いた彼女は頷いた。

『邪魔するなよ。これはこいつと俺の問題だ。お前は引っ込んでろよ』

「断る」

『じゃあシネ。俺はこいつじゃないし、こいつは俺じゃない。だから、こいつは邪魔でしか無いんだよ。──まだ俺は、死ぬわけにはいかないんだ。まだ……やらなきゃいけないことがあるんだよ。そこをどけ!』

「できるか」

『お前に何が分かる。俺は俺なんだ、なんだってどうでもいいことに囚われて、言いたいこともろくに言えないまま消えていかなきゃいけないんだ!俺の気持ちがお前に解ってたまるか!俺は、俺はっ……!途中から男になったわけじゃない!初めから男なんだ!女になった覚えはない!なのになんだってこいつは俺のくせに何も失ってないんだよ!在るが儘の自分を受け入れてくれるような人がいるんだよ!なんで俺だけこんなに苦しまなきゃいけないんだよ、ふざけるな!』

支離滅裂な言葉の羅列。ヒートアップして行く男の激情は、やがて咆哮に変る。禍々しいオーラがぐるぐるぐると取り巻いて行く。いつしか雨は上がり、そのかわりに血のような真っ赤な空が広がっていた。月森は男の言動をどうにか理解しようと務めたが、どうにもこの男の姿をした化物と神薙晃という少女の接点が見つけられず、困惑を極める。男は、真っ赤な血の色に変色して行く。ばきばきばきという音と共におどろおどろしい形相へと変化を遂げ、大きな角が生えて行く。どこから繰り出したのか、巨大な鉄の棒を振り回し、雄叫びを上げた。

人は嫉妬に駆られると、鬼に変質するという民話がある。羞恥に駆られると鬼に変わるという民話がある。しかし、鬼というにはあまりにも猛々しい。そしてどす黒いものがある。何よりも、その姿を覆い隠す黒い黒いものは、まるで女の身体の造形にあてはめられたように、苦しそうながっちがちの拘束具ある。まるで女子生徒の制服みたいな、そんな歪な造形である。

これが月森孝介の前に現れた、最初の敵、シャドウである。


アナライズ
神薙晃の影
LV.3
アルカナ:愚者
名称:暗黒天
本来電撃耐性なのだが、彼がこの感情を抱くに至った雨の日、
雷鳴がなっていたことにより、雷使いでありながら、雷を弱点とする矛盾を持っている。
元人間であったため、アトラスの伝統により、光に対しては耐性がある。
スキル
淀んだ空気(敵味方全員の状態異常付着率が上昇する)
マズルシュート(物理攻撃。HPの9%消費。敵単体に小ダメージ(魔封)
ジオ(sp4 敵単体に小ダメージ )


吉祥天の妹。また閻魔王の三后(妃)の1人ともされる。
中夜を司り、不吉・災いをもたらす女神。
黒闇女、黒夜天、暗夜天、黒夜神、あるいは別名“黒耳”(不幸・災難の意)などとも呼ばれ、その原語は、元来“世界終末の夜”を意味する。

つねに姉の吉祥天と行動を共にするが、彼女の容姿は醜悪で性格は姉と正反対で、災いや不幸をもたらす神とされる。
『涅槃経』12には「姉を功徳天と云い人に福を授け、妹を黒闇女と云い人に禍を授く。此二人、常に同行して離れず」とある。
吉祥天という女神が七福神の中に入れない理由は、この姉と妹は表裏一体であり、常にいなければいけない運命にあるため。
ヒンドゥー教では、別名である原語の“黒耳”が擬人化され、シヴァ神の妃であるドゥルガーと同一視され、またヤマ(閻魔)神の妹とされた。
ただし、『大日経疏』10に「次黒夜神真言。此即閻羅侍后也」などとあることから、密教では中夜を司り閻魔王の妃とする。
彼女の図画は胎蔵界曼荼羅の外金剛部院に確認できる。その姿は肉色で、左手に人の顔を描いた杖を持っている。










手をつかまれて振り返ると、神薙が必死で首を降っていた。にげろ、にげて、はやく、と口の形だけが先行し、声はこぼれこぼれにしか聞こえない。月森は首をふった。

「あれ、は、このせ……の、わた、の、ごほっごほっ」

「しゃべらないほうがいい。ここは俺に任せて」

神薙は絶望しきった顔で首を振る。はやく逃げてくれと懇願する手を振り払い、月森はいつの間にか手元にあったカードを握りつぶす。ぱりん、という音が聞こえた気がした。





「こい、イザナギ!」

『死ね!』




豪快に振り下ろされた金棒から衝撃波が飛ぶ。呼び出されたイザナギがすかさず身を翻して、月森達の前に現れた。何故か来ない衝撃。まるでイザナギを避けるかのように衝撃波は二分し、背後の木々を豪快になぎ倒す。あっという間に藻屑とかした木々が揺れる。神薙は絶句していた。月森はほっと息をはくと、頭の中に浮かんだワードの中からふさわしい言葉を選びとる。

「ジオ!」

古来より雷は神々の力の象徴である。放たれた雷撃。吹っ飛ばされた鬼は、どうやら弱点だったらしく動きを封じられた。月森はすかさず頭の中でイザナギが使える技を見比べて、この敵を倒すための戦術を重ねる。

「ラクンダ!」

防御力をさげるイザナギ。いらついたように叫んだ大男は鬼へと完全に姿を変え、大きく金棒を振り上げるとイザナギに襲いかかった。だが、イザナギの方が速かった。軽い身のこなしで避けたかと思うと、翻弄するように背後につく。イザナギが発現するのはほんの一瞬で、もしあの一撃をくらいでもしたら月森も神薙も待ち受けるのは死というのは明白だ。まるで宿主を守るために少しでも遠ざけようとしているのか、誘導するイザナギ。怒り狂った鬼が振りろした一撃は空ぶった。

「ラクンダ!」

だが、これでは終わらない。流石にイザナギの出現するタイミングを把握したのか、実体化した瞬間を捉えた鬼の豪快な一撃がイザナギに炸裂する。全身に走る痛みに月森は絶叫した。突然苦しみ始めた月森に慌てた様子で神薙が背中をさする。心配そうに覗き込む神薙に、大丈夫だとやせ我慢で笑った月森は、もう一発食らえば死ぬだろうと自覚した。イザナギは汝は我といった。どうやらダメージはこちらにそのまま還元されてしまうようだ。一撃で、仕留めなければ。しびれの走る拳を振り上げ、月森は叫んだ。

「駆けろ、イザナギ!スラッシュ!」




prev next

bkm
[MAIN]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -