ペルソナ4 第6話
ペルソナ6

昨日の11時ごろ、こちらを気遣って基本はメールで済ませるはずの雪子が、10分ものコールを耐えてまで電話をかけてきた衝撃は、忘れようがない。寝ぼけ眼で布団にもぐったまま、携帯をとった千枝が、一気にまどろみが吹き飛んでしまったくらいだ。てっきりしょうもない下ネタで笑わせようと嫌がらせ電話をしてくる花村だと思っていただけに、衝撃はことさらだった。



携帯越しの雪子は、パニックにヒステリー状態が重なり、それはもう、平生の雪子からは考えられないほど、狼狽しきっていた。親友のあまりの状態に、かえっていつになく冷静になった千枝は、いつも雪子にやってもらっているように、丁寧に丁寧にはなしの論点をひろいあげ、つなげ、そして落ち着くようなるべくやわらかに慎重に対応した。ようやくまともに会話できるようになっていたころには、すでに丑三つ時がまわっていた。転送されたメールがすべての概要である。なだめてなだめて、朝になったら会おう、と連絡し、いつにない早起きで辰姫神社に向かったのだ。雪子の焦燥感ぶりに改めて事情を聞いた千枝は、ようやく口を開いた雪子の言葉により、ようやく仲良くなったばかりの友人に迫っているであろう異常事態に気づいたのだった。



「アタシ達で晃を探そうよ、雪子!」



消え入りそうな声で嗚咽を必死にこらえて、話をしていた雪子は、しばらくの沈黙ののち、え?とひどく狼狽した様子で返した。買えない捨てられた子犬を抱えて、ぐずりながら泣いていた、初めて出会ったころの雪子と重なり、思わず自覚するより先に口が動いていた。何よりも、どこか嬉しそうにおそろいのストラップを眺めていた晃が脳裏をかすめ、いてもたってもいられなくなったのである。4月11日。二人は高校生になって初めて、学校をさぼった。

まず向かったのは、晃の住んでいるという、祖父母の家である。バスに揺られて、到着した田んぼだらけの農道をぬけ、集落道の坂を上り、張り出されている民家の地図を見て、ようやくたどり着いた。突然の訪問客に驚いた晃の祖父母は、雪子を見て、そして千枝から代わりに伝えられる事情の説明で、快く迎え入れてくれた。右の足に違和感のある祖父は、ありがとう、と頭を下げる。朝一番で飛び出し、朝食もろくにとれていなかった二人を見かね、おにぎりを出してくれたことをここに記しておく。


案内された晃の部屋は、ものの見事にモノクロで統一された部屋だった。白黒の四角い柄のカーテンが開いていて、風に揺れてさらさらと靡いている。あるのはベッド(これまたカーテンと合わせたのだろうか、同じ柄だ)と小学生のころから使っているのであろう、学習用机、単体の色のじゅうたん、チューナーの付けられたブラウン管テレビ。わきにはゲーム機。本棚には、漫画が並んでいる。クローゼットの前には、制服が掛けられていた。



「最近物騒だから、夜は鍵をかけるよう言ってあるの。だからね、窓も、玄関も、鍵がかかったままだったのに。晃ちゃん、どこ行っちゃったのかしら」



ほう、とため息をついている祖母は、行方が分かるようなものは何もない、という。何も動かしていないというその部屋は、確かに不審な点は見当たらない。千枝と雪子は、失礼します、と言ってお邪魔した。きょろきょろ、とあたりを見渡すが、確かにその通りだ。


家出にしては、おかしい。あまりにもものがありすぎる。衣服の類や生活用品の類は置かれたままで、しかも学習机には宿題や今日の準備がしてあるカバンが置かれていて、財布や定期券なんかも入ったまま。しかも着替えた形跡すらない。衝動的に飛び出した?どうやって?財布の中に家の鍵が入ったままだから、外側から鍵をかける方法はないはずなのだ。なにかトリックをしたにしろ、そんな冷静さがあるなら、パジャマ姿のまま裸足で携帯だけもって飛び出していくはずがない。誘拐、という言葉がちらついて、千枝は首を振る。刑事ドラマの見すぎだ。実際にそんなことがあったとして、なんで晃がさらわれなきゃいけないのだ、と叱咤する。さらうだけなら、こんなに完璧犯罪なんてしなくていい。


ふと、テレビが傾いていることに気づいた千枝は、祖母に聞く。あらほんとね、と祖母はいう。よくよく見れば、なぜかブラウン管の前を払いのけるようにして、ゲーム機やコード、攻略本なんかが広がっている。散乱、というほどではない。座ってゲームをするなら、別におかしいことでもなんでもない。でも何となく気になった千枝は、祖母のためいきを聞いた。



「ありがとね、千枝ちゃん、雪ちゃん。あの子ったら、臆病な子だから、いろいろ気を使わせちゃってるんじゃないかしら?こんなに素敵なお友達がいるのに、ねえ。心配なんてかけちゃって。これからも仲良くしてくれるかしら?」


「そんなことないですよ、伸江さん。私、また晃ちゃんとあえて嬉しいから」


「アタシも、アタシも!探したいのは、当たり前です!」


「ふふ。でもねえ、学校をお休みするのは感心しないわ。今日一日、終わったら明日は絶対に学校にお行きなさい?大丈夫、あの子は強いもの。約束したもの。絶対に、何があっても、前を向いて歩くって。一人ですべてを投げうつことだけは、しないって、約束したもの。ええ、大丈夫」



ごめんなさいね、と袖で目頭を押さえる祖母に、心底晃のことを心配しているのだ、と実感して、ますます千枝は探さなきゃ、という衝動に駆られる。


「ほっとしてるの。こんなに素敵なお友達ができて。ほんとうに、よかった。よかったわ。あの子にはいつも無理させてばかりでね、今回もそう。もしかしたら、そのせいかもしれないわ」



二人の知らない晃がいる。雪子と千枝は顔を見合わせる。病気を患って大学病院に通うことになったとは知っているが、二人は詳細を一切知らない。



「あの、伸江さん、今回もって?」


「雪ちゃんは、知ってるとおもうけど、うちは八十神さんと園芸試験場さんに支援してもらって、直売所をやらせてもらってるのね。忙しい時には近所の人に手伝ってもらって、収穫や梱包、出荷を手伝ってもらってるの。うちの旦那、へんな歩き方してたでしょう?あんまりことを荒立てたくないから、あんまり言ってないんだけど、実はね、昔の喫煙と大酒のみだったのが原因で、背中の変な部分に腫瘍ができちゃったの。幸い良性で、がんにならずにはすんだんだけど、手術の後遺症で車の運転はできるけど、今まで二人でやってきた仕事がうまく回らなくなっちゃってね。親戚はみんなこの時期は忙しくて、予定が合わなくて困ってたら、晃ちゃんが今まで通ってた学校をやめて、こっちに戻ってきてくれるっていうの。さすがに学校をやめちゃ駄目って説き伏せて、八十神高校さんに入学してもらったの。晃ちゃんあんまり学校のこと話してくれないけど、最近はいろいろ話してくれるから何でかな、と思ったら、雪ちゃんたちのおかげだったのね」


二人は顔を見合わせた。ありがとうございました、と頭をさげる。そして、昨日晃が帰りによったと話していた、ジュネスや商店街を当たってみることにした。祖母が学校に行け、という以上、さぼるのも気が引けたが、もう我慢はできそうになかった。



唯一の手がかりらしき情報を手にした二人は、農道を帰る。


「晃こっちにきたの、去年からなんだ」


「私達、なんにも知らなかったね、晃ちゃんのこと。てっきり、一度もおんなじクラスにならなかっただけだって思ってたのに」


「ねえ、雪子。おかしくない?」


「え?」


「よく考えたらさ、入学式も一緒だったし、クラスが違うだけだったのに、なんで一度もアタシ達会わなかったのかな?普通だったら、絶対どっかで見かけたり、あったりするはずだよね?明日来る転校生みたいに、同じ学年だったら噂になったっておかしくないよね?」


「そういえば、そうだね。でも、伸江さん、入学したのはアタシ達と一緒だって。嘘ついてるようには思えなかったよ?」


「でも、やっぱりおかしいよ?なんで気付かなかったんだろ」


「……千枝、もしかして」


「うん。アタシもそう思う。5年ぶりに帰ってきたら、みんな変わっちゃうよね。アタシだったら、こわいよ、すっごく。一番仲良かった雪子だって、その、今はアタシもいるじゃない?雪子を気遣って、自分はすっごく不安なはずなのに、距離をどう取っていいか分からない、なんていうくらい、優しい晃だもん。居づらいんじゃないかな?」


「でも、初対面でも、普通にはなせてたよ?」


「そりゃ、4月はみんな初めて同じクラスになった人だっていっぱいいるもん。3学期はもうみんな顔覚えちゃってる。アタシだったら、4月がいいなあ」


学校のことあんまり話してくれない、という言葉が決定打だった。

「やっぱり、私、避けられてたんだ」

「そんなことないって、雪子!晃、言ってたでしょ?もうどこにもいかないって、ごめんねって!そんなこと言ったらダメだよ!」

「うん」

「やっぱりなにかあったんだよ。がんばって探そう?」

最後に立ち寄ったのがジュネスと商店街なら、何かあるかもしれない。はやる気持ちを抑えつつ、二人は帰路を急いだ。










携帯電話を切った千枝は、ため息を付いた。

失踪した日の晃の足取りは大体把握できたものの、居場所を特定出来そうな情報は収穫できずに終わった。部活が終わった晃は雪子の母親の見舞いのため家を開けた祖父母のメールに返信したとおり、ジュネスに寄って、棚のそばに置いてある期限間近の揚げ物とサラダを買っていた。財布に入っていたレシートにある時間帯を考えると随分とのんびり買い物をしていたようだが、流石に逐一で何を晃が考えていたのかは分からない。目撃証言などがあればいいのだが、なかなかである。

千枝と雪子は晃がいたのだろう場所をたどっていた。
もう学校は終わっているハズの時間帯だ。制服姿の雪子や千枝は目立はしないけれど、警察の真似事ができるほど簡単なものでもない。一応公園で夕方になるまで時間を潰した二人だ。なにせ、ただでさえ水面下ではアナウンサーの女性が行方不明であり、警官姿の人がちらほらと見かけられたので補導されるのはゴメンだった。その上中学校ではかわいいものだったが、高校ともなれば少しだけ商店街のおばちゃんや知り合いの人から伝わる社会というもの、世間というものも気になってくる年頃である。実際に歩いてみて分かったが、随分と晃は寄り道をして帰るのが好きだったようだ。商店街の惣菜大学や神社やシャッター街とかしている店店という代わり映えのしない街を、まるで初めてきたかのような物珍しさで歩きまわってきたようである。その日はともかく、二人が晃について聞いてみると、やはり特定時間になると必ず時間つぶしに現れる若い子は珍しいらしく2月ごろから時々現れていたようだ。学校には行きづらいから、祖父母には行く振りをしていたのだろうか。いや、流石に3ヶ月以上不登校ともなれば学校から連絡が行くはずであり、祖父母が把握していないのはおかしすぎる。おそらく、学校にいくのは4月からということなのだろう。

目撃証言はもう望めそうにない。肩をすくめた千枝は、雪子にそろそろ行こうと呼びかける。励ますように、いこいこ!と笑いかける千枝のジャージを弱い力ながら引っ張る手がある。次はジュネスだ。振り返れば、表情が曇っている雪子の姿があった。

「ねえ、千枝」

「ん?どしたの?雪子」

「晃ちゃん、大丈夫だよね?」

「アタシも不安だよ、正直さ」

ここは不安を払拭してしまうくらいきっぱりと断言してしまう方が楽だし、おそらく雪子も望んでいることは分かっているものの、千枝は目を逸らす。先程あった晃の祖父からの電話が、そうさせてはくれなかったのだ。

もともと嫌な予感はしていたが、雪子からの情報と晃の情報を比較すると、晃の失踪はあまりにもアナウンサーの失踪した時の状況下が似すぎているのである。窓も扉もすべてが鍵がかかっていて、外出した形跡もなし。外に出て行くにしてはモノがありすぎるし、靴すらないのはおかしい。何よりも目撃者はおろかモノ音すら聞いた人間がいないのはおかしい。ただの高校生とアナウンサーだ、全く共通点も距離的な意味での接点もないとはいえ、失踪した時間帯を考えると着目してしまうのも無理はない。しかも、直接的な接点が無いとはいえど、間接的に言えばアナウンサーは天城屋旅館に宿泊していた客人である。そして晃は雪子と親交があり、晃の母方の親戚が天城屋旅館に時々パートとして働いているということで、天城屋旅館を通してつながっている。その上、晃の祖母の話ではなんと晃は雪子が不在だったため知らなかったのだが、クラス分けをして雪子と千枝が同じクラスになり喜んでいた放課後、帰宅途中で天城屋旅館によっている。母屋でお手洗いに少しお邪魔したらしいが、もしかしたら何らかの形でアナウンサーを目撃した可能性がある。もちろんアリバイが確定している上、距離的な意味での問題から流石にアナウンサーの失踪に関係がある重要参考人という見解は見せていないようだが、何かを目撃したかもしれないと警察は思っているようだ。そうでなければ、高校生の不在をすぐに届け出た際に交友関係で遊びに行っている可能性があるという姿勢を一切見せず、いきなり警察が幾度も話を聞きにくるなんてありえないだろう。ふたりのことは黙っておいてくれたようだが、気を付けるようにと忠告してくれた晃の祖父母に気を使われ、迷惑をかけてしまったことが二人の気分を重くする。

でもさ!、と千枝は雪子の手を握り、二カッとわらった。ぱちぱちと瞬きする雪子に、千枝は自分に言い聞かせるように元気な声でいった。

「晃はもっと不安なんだよ、きっと。警察が見つけてくれるんなら、それでもいいっしょ?アタシたちが沈んじゃだめだよ。きっと」

「そう、だね。アリガト、千枝。そうだよね、私たちが頑張らないと」

商店会を抜けた先は、MOEL石油というガソリンスタンドが見えた。確か雨が降っているにも関わらず向かっていく晃を目撃した人がいた。何しに行ったのだろうか。少しでも情報が欲しくて、千枝達は駆け足になる。すれ違いざまに車が通り過ぎていく。子供連れのようだが、平日のこの時間帯には少々珍しい。なんとなく振り返った雪子だが、千枝に言われて慌ててあとを追った。ぽつりぽつり、とコンクリートに黒い点が広がってきていたからである。

「やばっ、雨降ってきた!ガソリンスタンドに避難させてももらお、雪子。やばいよー、どーしよ、折りたたみ傘どこだったかなー」

「たぶん通り雨だし、ちょっとだけ雨宿させてもらってもいいんじゃないかな?」

案の定、下校途中だと思ったらしい店員達は、特に咎めることなく奥の休憩室を勧めた
天気に加えて時間帯的に考えても集客が見込めず暇なのだろう。何人か自販機やタバコで暇を潰していた。居座る理由が欲しくてリボンシトロンを買った二人は、話が聞けそうな人を探してみる。外は本降りとなっている。天気予報どおり夕方頃から天気が崩れて明日からは本格的な雨だと告げていたとおりになりそうだと気分も萎える。やはりアルバイトあたり?と相談している時に、声をかけてきた人がいた。晃がガソリンスタンドで何をしたかったのか聞きたいのである。

すると、思わぬ幸運は自ら姿を表した。

原付で高校に登校しているならともかく、ガソリンスタンドに高校生が行く理由は殆ど皆無だろう。思いつきそうな理由はただ一つ。なかなかの重労働で接客も大変らしいが、アルバイトを募集していると教室で話していた男子の会話を思い出し、適当にでっち上げた千枝だが、そっか、と穏やかな性分らしい青年はごめんね、と肩をすくめて柔らかく笑った。

「君たち、高校生?残念だなあ、ついさっき来た子で採用が決まっちゃったからアルバイトは締め切っちゃったんだ。ごめんね。また今度来てくれるとありがたいね」

「あ、そうなんですか。だってー、雪子。残念だね。せっかく晃が言ってたのにさ」

「うん、そうだね」

「………へえ、お友達の紹介?」

青年はガソリンスタンドのロゴが入ったキャップを少しだけ下げると、ほんの少しだけトーンを落として聞いてくる。千枝と雪子は青年の態度を測りかねて顔を見合わせるが、素知らぬ顔で話を続けた。てっきりガソリンスタンドのアルバイトについて聞きにいったとばかり思っていた二人は思わぬ反応に動揺を隠せない。わざわざ珍しくもないガソリンスタンドを見に行ったのだろうか?確かにMOEL石油なんてネタ以外の何者でもないけれど。

「あれ?昨日、アタシたちみたいな制服きた子、きませんでした?」

「えっと、髪が黒くてこれくらい短い、身長はお兄さんくらいの子で、神薙晃ちゃんっていうんですけど」

「………神薙?昨日は知らないけど、その珍しい苗字の子なら覚えがあるね。数ヶ月前に、お祖母ちゃんと一緒に来てたな。君たち、お友達?」

「はい、友達です」

「あの、数ヶ月前ってことは、2月くらいですか?」

「2月の……そうだね、下旬くらいかな。春休みに入ってるのに制服来てるから珍しいからよく覚えてるよ。なんでもおばあちゃんの手伝いをするとかでね、外から来てるんじゃなかったかな?」

アルバイトで採用した子と同じで長旅でつかれてたのか、気分が悪そうだったけど大丈夫かな、と青年は心配そうに先程走り去っていった車の方を眺め見た。

「その子は、昨日来てたのかい?」

「行ったんだとばかり思ってたんですけど………」

何のためにガソリンスタンドによったのだろうかと首を傾げる二人に、青年は思い当たる節があったのか、もしかしたらと話してくれた。

「もしかしたら、マヨナカテレビのことを教えてくれるつもりだったのかもしれないね。いつも僕はこの時間帯にシフトを入れているから。昨日は……いなかったんだ」

「まよなか……?」

「テレビ?」

「うん。最近ちょっと流行ってるらしいんだ。ちょっと気分が悪そうだったから、気晴らしにって教えてあげたんだ。試してみたら、結果を教えてくれると言ってたしね」

青年は教えてくれた。マヨナカテレビとは、この街で数年前からすこしずつ流行り始めている都市伝説のことらしい。真夜中0:00にテレビを消して画面を眺めると、運命の相手が見える、というもので、それはどことなく学校の怪談でいう鏡関連の話を連想させた。条件は外に雨が降っていること。部屋を真っ暗にしておくこと。そしてひとりで見ること。君たちも試してみたらどうだい、と怖がらせたいのか、ぞっとするような笑顔で微笑む青年にどぎまぎしつつ、逃げるように二人はガソリンスタンドをあとにした。帽子でなかなか目元が見えづらく表情が読みにくかったが、顔立ちはなかなかだし身長もあるし、あまり見かけないようなタイプの美形だった。マヨナカテレビかあ、とつぶやく千枝だったが、あんまり関係なさそうだね、と反応の薄い雪子に大いにうなづく。マヨナカテレビの噂は気軽に試せそうでなかなか楽しいものがありそうだが、いかんせん晃が行動に出た時間差が大きすぎる。噂を聞いたのが2ヶ月くらい前ならすぐにでも報告を上げそうなものである。4月より2月の方が気候は安定しないし、雨の日も多かったと二人は記憶しているからだ。ちょうど狙ったように今日も雨だが、流石にそんな気分にはなれない。

小雨になった街路樹を行く。

「花村に電話して、一度きいてみよっか?」

「そうだね、お願い出来るかな、千枝」

「任せといて!さー、レッツゴー!」

雲をつかむように分からない、晃の足取りに浮かぶ不安を振り払うように、二人の足取りはどこまでもまっすぐだった。













4月12日火曜日 朝

「俺の運命の相手は、山野アナだーっ!」

先週の朝、登校早々この痛々しい発言を叫んでいた本人は、すっかり落ち込んでいた。雨の日の深夜0;00に電源を切ったテレビに映った相手が運命の人。マヨナカテレビという噂を実行してみた彼は、1度目はぼんやりとしか女の人の輪郭しか見えなかった。次の日試した2回目で、テレビで今話題になっている議員秘書と不倫関係にあったテレビ局のアナウンサーが見れたと興奮気味に友人に語ったのである。なぜ落ち込んでいるのかといえば、そもそも彼が再びマヨナカテレビの噂を話したときに信じていなかった友人たちに否定されるのが悔しくて、今度はみんなで見ようと提案したのである。その日から体調不良を理由に欠席している一人は置いといて、もう一人もマヨナカテレビを見ることができたと信じてくれはした。だが問題は、なんと彼の友人もまた山野アナを見たというのである。三角関係ってことか、どういうことだ。当然疑問はわきあがるわけで、一昨日もずっと休んでいる友人を待っているわけにもいかず、もともと3人組のうち一人だけ隣のクラスの人間だった彼は、隣の席のクラスメイトも巻き込んで昨日もう一度マヨナカテレビを見たのである。その結果がこの落ち込みようだった。3人とも山野アナを見たのである。ここでマヨナカテレビは、運命の人を映すわけではなさそうだということに気づいた彼は、すっかり落ち込んでしまったというわけだ。元気出せよと肩をたたきながら、友人は笑う。マヨナカテレビおもしろいからいいじゃん。まあ、たしかに、と彼はため息をついた。昨日はまるでメロドラマのように嫉妬に狂う山野アナが、無我夢中で演歌歌手の美鈴のポスターを破って絶叫するという度迫力の映像が見られたわけである。どういう原理で放送しているのかはわからないが、なかなか面白い。今度もまたみようよ、とクラスメイトがくくったところで、話題はなかなか登校してこない女子生徒に話題が移る。

「また休みなんだよな?神薙」

「あー、下駄箱見たけど靴なかったし、今日もたぶん休みじゃね?バス通ならもう遅刻確定だし」

「神薙って、そのずっと休んでる女子の?」

「そうそう。りせちーファンなんだってさ。まじでどうしたんだろうな。風邪?」

「さあ?でもさ、一昨日から何回もメールしてんだけど、全然返信ないんだよ。メールしたら速攻で返信してくんのにな。やっぱり携帯触れねえほどなんじゃね?インフルエンザ?」

「季節はずれにもほどがあるだろ。アイツ結構真面目なやつだからさ、連続遅刻記録を着々と8日に伸ばした誰かさんみたいにサボりはしないだろーし」

「うっせーよ。あーあ、せっかく俺が直々にりせちーの初回特典つきDVDセット持ってきてやってんのに。早くこねえかな、神薙。結構重いし、もろきんに見つかったら結構ピンチなんだけど、俺」

「気をつけたほうがいいよ、もろきんりせちーファンらしいし」

「げ、マジで?」

うっわ、引くわ、と彼らは笑った。遅刻魔と揶揄された彼は、がらがらがら、と戸の開く音がして視線を向ける。ちょうど里中と天城が入ってくるところだった。二人してそろって昨日欠席している。何があったのやら検索する気はないが、中学校が同じだったらしいクラスメイトがいうには、結構二人でサボって遊びに行くことがたまにあったらしい。案外真面目ちゃんじゃないのか、と意外に思いつつ、彼は席を立つ。もともと里中の席だ。わり、勝手に借りてる、といえば、いいよとあっさり許してくれた。不自然に増やされた席数で作られた座席表はくじにより里中の隣席が不自然に空いている形になっていた。よく彼の仲間内の席が近いため、よく勝手に使っているのだ。おはよう、と軽く挨拶を交わした彼は、立ったまま思い出したように里中に聞いた。

「なあ、そういえば里中と天城って神薙と仲いいよな?」

「え?あ、うん、まあね。よくどっか遊びに行ったりするけど、なに?」

「晃ちゃんが、どうかしたの?」

基本的に男子の対応は里中が受け持っている。珍しく天城が食いついてきて、よっぽど仲がいいんだなと思いつつ彼は続けた。

「神薙、今日も来てないじゃん?何でかしらねーかな、と思ってさ。DVDとCD貸す約束してたのになーって気になって。メール送ってんのに返信ねえし。病気らしいけど、何か知ってるか?」

「せっかくマヨナカテレビのこと一緒に笑おうと思ったのにな。こいつ、山野アナが運命の相手だとかいってえこと叫んでやんの!」

「なんで今?なんでこともあろうに今いうんだよ、こんの馬鹿!」

「あ、あれ、君だったんだ?ふーん、そっかー」

里中のにやりに彼はぎゃーっと叫んで、口を滑らせた友人を羽交い絞めにする。

「・・・・・・ごめんね、知らないの」

「そっか、ごめん。みんなでマヨナカテレビ見ようって約束した次の日から来なくなったからさ、ちょっと心配してるんだよ」

「そうそう、こいつが運命の人が見えたってうるさくてさ、みんなで見ようってことになったんだよ。もしかしてそのせいで体調崩したとかだったらどうするよ?寒かったしなあ」

「げ、マジで俺のせい?」

彼はぎょっとする。ようやく拘束から抜け出した友人が、責任取れよー、DVD一枚譲渡くらいの意気込みで、とはやす。ぐっ、た、確かにでもこれは観賞用しか確保できてない一品もの・・・・・!とどうでもいい漫才が始まる。あはは、と里中は笑ったが、天城がふと顔を上げてそれをさえぎる。いつにない真剣な声に、思わず男子生徒たちは固まった。

「マヨナカテレビっていったよね?それって、あの、雨の日の真夜中にテレビを見るっていう噂のこと?」

「え?あ、おう。まあな。へー意外だな、天城ってこういうの興味あるんだ?」

「もし見たいなら、画面触っちゃだめだぜ?消えちゃうから。なんかこう、波紋えがいてさ、消えちゃうんだよ」

「え?あ、えーっと・・・・・・うん。わかった」

助けの視線を汲み取った里中が、すかさず運命の人発言を穿り返し、彼らの話題を掻っ攫う。ひとしきり彼のいじりが終了したところで、噂好きのクラスメイトがいい加減話題に飽きてきたのか、今日来る転校生について口にしたので男子生徒たちの関心はすっかりそっちにうつってしまう。やがて登校してくる生徒の数も増えてきて、彼らは隅のほうによっていった。


男子生徒たちを見送った二人は顔を見合わせた。

「・・・・・・・千枝」

「うーん、まさかの振り出しかー。いいヒント得たと思ったんだけどなあ」

がっくしと千枝は肩をおとした。昨日、晃の行方を突き止めるべく彼女のたどった道のりを巡っていった二人は、最後の仕上げにと花村に電話して晃を見かけていないか聞いたのだ。ジュネスのアルバイトリーダーをしている花村である。よく学校で晃と出荷する野菜がどうこう、搬入がどうこう、と家業の仲介をよくしているのが見かけられる。学校が終われば部活もせずにアルバイトに精を出している花村ならば、従業員やパートを通じて晃がどこらへんを巡ったのかわかるかもしれないと思ったのである。まるで探偵のようなあら捜しにさすがに難色を示した花村だったが、二人が一日かけて得た晃の失踪事件について洗いざらい説明すると、あー、と思い出したかのようにつぶやいた。やはり警察がすでに捜査したあとだったらしい。父親の話を思い出しながら断片的に教えてくれた花村によれば、晃はレシートと同様のものを購入するついでに、なぜか家電売り場に足を運んだらしい。少し気になる点といえば、それくらいだ。晃の家はすでに地デジに対応したテレビしかおいていなかったことを思い出した二人は、少しでも取っ掛かりになるのでは、と思っていたのだが、どうも検討はずれだったらしい。

レシート通りの買い物をしたのなら、彼女の買い物経路は家電売り場を通るのだ。これは昨日確かめたからわかる。展示品のテレビにぺたぺた触っていたという不審行動も、マヨナカテレビを見るという約束を前提にすれば何のことはない。衝動的に試したくなっただけだろう。波紋を描いて消えてしまうというマヨナカテレビ。真夜中でなくても、もしそんな話を聞いた後なら、なんとなく試してみたい気がする。買い物途中で大きなテレビがあり、しかもあまり店員がおかれていない上、人も少ないとなれば、こっそりと。映像が写っているテレビではなく、電源の消えた展示用の商品ではない大型薄型テレビに手を伸ばしたのだから、マヨナカテレビが頭をよぎったのは間違いないだろう。

これで晃の行方をたどれそうなヒントは尽きてしまった。正直気分が重い。はあ、とため息をついた二人。千枝はうーん、とあごに手を当てる。ここ数日間ずっと頭を使っている気がする。知恵熱でも起こしてしまいそうだ。

「マヨナカテレビかあ、なんか手がかりなのかな?アタシ全然スルーしてたよ。雪子、やってみた?」

「ううん、やってない」

「ははっ、だよねえ、当然だし。でもさ、晃がマヨナカテレビを見てからどっかいっちゃったんなら、もしかしたら何かヒントあるかも。これ以上打つ手なしって落ち込むよりはさ、やってみない?今度」

「うん、わかった。なんか晃ちゃん見ちゃったのかもしれないし、雨降ったら見よう、千枝」

なんだか展開がホラーじみてきたぞと心の中で感じながら、二人はあたりを見渡す。まだ花村はきていない。もし来たのならば、家電売り場の詳細について聞かなければ。晃がなぞの行方不明になってから、すでに3日が経過している。無事であることを切に願いながら、心のどこかではまさかにおびえている。何もできない無力な自分を自覚したくなくて、雪子は小声でいう。

「・・・・・・・ねえ、千枝。今日はジュネスの家電売り場、いってみない?」

「そーだね、昨日はスルーしちゃってたし。終わったらそっこー帰ろ?」

二人はうなずいた。


時計ではまだHRまで時間がある。がらがらがら、と普通よりやけにスローな音に振り向いてみれば、死に掛けている花村が登校してきていた。別のグループが転校生についての話題で盛り上がっている。そういえば隣は空席だ。転校生が隣ならやっぱり面倒見なくちゃだめだよね、と千枝は思った。2年生からの転校生はなかなか珍しい。晃の家庭事情を思い出した千枝は、どことなくほうっておけない衝動に駆られる。ちら、と視線を向ければ、雪子もうなずいた。それはそれとして。挨拶を交わす余裕もないのか、そのまま慎重に慎重にいすに座った花村は、がっくしと死んでしまった。聞きたいことがあるのに、といらっとしつつ、何死んでるの、と発破をかければほっといたげてと悲痛な叫びが聞こえてくる。くすっとわらった二人だった。




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