ペルソナ4 41

腕をまっすぐに伸ばして、左手で上端部を、右手で柄の中央部もしくは中央部のハンドルを握り、刃が地面すれすれで地面を通り過ぎる。

リヒトはそれを回避した。

コトシロヌシは自分の胴を右にひねるように動いて溜めをつくる。続いて胴を左にひねりながら刃を大きく動かしてリヒトを薙ごうとした。

それもまたリヒトは回避した。

コトシロヌシとリヒトの攻防は一進一退のまま膠着状態に陥っていた。どこから現れたのか、巨大な剣を振りかざしたリヒトは大きな鎌を弾きかえす。コトシロヌシにきりかかるが、本体である神薙のシャドウがコトシロヌシにブーストをかけて支援してくる。リヒトは眉を寄せて距離をとった。

以上の動作は一定のリズムで続けられていた。

「どうしてグリムリーパーが大きな鎌の形をしているか知ってる?」

神薙のシャドウが不意に声をかけてきた。

「それはキリスト教における魂の収穫者としての死に由来するものだろう。同様の理由から大鎌を用いるとされたはずだ」

「さすが、よく知ってる。そうよ、死神が鎌を使うというイメージは、収穫者であることが由来と言われてる。農民が小麦等の実りを収穫するが如く、彼らも人の魂を収穫するから」

聞いてもいないのに神薙のシャドウが話し出す。

悪魔や怪物の類が鎌を持っていたりするのも、死神が鎌を持っているイメージの延長にあると言われている。

またそのおかげで後述の創作での大鎌は大抵ファンタジー的な死神属性による強化が為されており強い。

大抵の物は魔術触媒(魔法を使うためのアイテム)の属性を持ってるし、物によってはブーメランどころか誘導飛行する飛び道具の能力を持ってる事すらある。

コトシロヌシのもつグリムリーパーもまた似たような性質があるようで、リヒトを苦しめているのだ。

「収穫者という概念は死神の共通認識でもある。だから私は───────」

隙あらば神薙のシャドウがサバトマで敵を新たに召喚しようとするため、アティスが妨害にはいる。残念そうに神薙のシャドウはアティスの攻撃を振り払った。

「君は一体なにものなんだ。なぜ神薙晃くんの精神の一部を奪ったりなんかした」

「そんなもの、あちらの世界に干渉するつもりに決まってるでしょ。器がなければ精神体である存在はあちらの世界に干渉することが出来ないのはあなたがよく知ってるでしょうに」

「だからこそ聞いているんだ」

リヒトは問い返した。

「こちらの世界はカール・グスタフ・ユングが提唱した深層心理に繋がるものがある世界だと調べはついている。人間の無意識の奧底には個人を超え人類共通の素地「集合的無意識」(普遍的無意識)が存在するというやつだ。ここから君たちに干渉されたら、一般市民はひとたまりもない。なにが目的なんだ」

「全ての混沌には調和が、無秩序の中には秘められた秩序がある」

「なにがいいたい」

「私たちの目的はいつだってそう。あなたたちの一方的な理由で世界はわけられた。私たちは在りし日の世界を取り戻すために動いてるだけ」

「今回が初めてじゃなさそうだな......まさか50年ごとに深まる霧や怪奇事件は君たちの仕業か?」

神薙のシャドウは笑うだけだ。

「世界を創造するのは神ではなく、僕たちだ。僕たちがこの世を認識することによって、世界は客観的に存在することができる。君たちは僕達の世界に必要ない。それにあの世とこの世が繋がったことなんて1度も無いはずだ、適当なことをいうもんじゃない」

「ずいぶんと傲慢なことをいうのね」

「人間の叡智が結集して作られた装置を動かすために作られたグリムリーパーを勝手に使ってる君がいうのか」

神薙のシャドウは笑った。

「無意識の深淵に横たわる原始の情動、その上に時と共に降り積もった記憶の断片。それはすなわち、人の心の営みの全記録。それがこの本とツイとなる黒の書だ。無限に広がる人の精神の力を操るべく、擬似精神として、かつてシュバルツシステムというものが構築された。黒の書を無理やり起動させるためにだ。書はグリムリーパーを生み出した。シュバルツシステム構築の副産物だ。あの時はあまりにも起動がはやかった。だから失敗した。でも、今君たちがしようとしていることのために再利用されていい理由にはならない。シュバルツはどこだ」

「あなたに教えるわけがない」

「君はやはりペルソナコレクターだったんだな」

「かつてあなたがそうだったようにね」

「なんでそれを......ああ、みたのか」

「そうね、あなたの書から収集したペルソナを変換するときに見せてもらった。今はあのときより変換効率も予想値よりもはるかに高いし、支持体の電気泳動も強い。代謝経路が完全に構築されている以上、起動はより安定して成し遂げることができる。この街はペルソナ使いはいないけど、資質を持つ者がたくさんいるからね」

「それが目的か」

「そこまでは知らない、私たちはただのコレクターだから」

リヒトさんの目の色が変わった。

「他にもいるのか?」

「答える義務がある?」

「あるに決まってるだろう。なにが目的で君たちは自分で自分の首を絞めるような真似をするんだ?」

リヒトは親友からこの書の生まれについて聞かされていた。

はるか昔、人の文明が人の心を離れ、罪なき魂を苦しめ始めた世界大戦のころに遡る。未曾有の大戦を前にイゴールを作り出した主は黒の書と赤の書を作り出した。人は人でありながら尚人以上の物へと変わらなければならない時が近づいていた。主は彼が知り得る全てを記録した。

イゴールは驚いた。人はただでさえ己の浅はかな知恵に溺れているのに、これ以上膨大な力を与えてはいけない。人が人である限り、人は内なる力のとりこでしかない生き物だ。人が深い業を乗り越えることは叶わない。

人はその英智でもって己がなんたるかを知らなければならない。さもなくば遠からず勢いをます暗い力に滅ぼされる。

精神の完全なる解放も人を滅ぼすし、人が滅ぶようなことがあればその精神にすまうイゴールたちもしぬ。それでも主は人の可能性を信じていた。

「異形の人形、イゴールよ。おまえはその業深き人間になりたいのだろう?ならばその目見届けよう、己を解き放つのも封じ込むのも、人の強き意思であって欲しいと私は思っている。辛いいっぽだが、信じよう」

その書は人間世界に解き放たれ、様々な流れを経てリヒトの手にあるのだ。

「僕がここにいるのは、かつて書を無理やり起動させるために開発されたシュバルツがなにものかに奪われたからだ。書は僕たちの手にある。ならシュバルツはペルソナやシャドウを動力源としてなにかを開こうとしているに違いないと思ったからだ。一般市民まで巻き込む改悪が施されたシュバルツは今どこにあるんだ?」

「答える義務はないわね」

笑った神薙のシャドウはリヒトの攻撃を弾き返すと後ろに飛び退いた。

「どうしようかな。多勢に無勢と考えるか、一網打尽のチャンスと考えるべきか」

コトシロヌシの眼差しは月森たちにむいた。

「驚いた。あれだけレベル差があったのにイシュタムを撃破するなんて。少し甘く見すぎてたかな」

「月森くんたちがやってくれたみたいだな」

「うーん......この展開は想定外かな。ペルソナに目覚めたばかりの人間は動けないって聞いてたんだけど......」

リヒトはふたたび月森たちにシールドを展開する。

「時間切れ、かな」

「逃げるのか!」

吠える完二を気にもせず、神薙のシャドウはコトシロヌシに指示をだす。コトシロヌシはグリムリーパーで空間を引き裂いた。また時空の裂け目が生まれ、そこに神薙のシャドウが消えていく。

追いかけようとした月森たちをリヒトが制する。

「せっかく相手が撤退してくれたんだ。深追いして敵の本陣に侵入したら危ない」

時空の裂け目がとじられ、神薙のシャドウは消えてしまったのだった。


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