「かつての仲間に日野 成井(ひの なるい)という女性がいるんだが、木場......いつか話した黒の書を管理している僕の親友に彼女から連絡が入ったのが始まりだ」
リヒトはそうきりだした。
「そう、いつか話したネンフィア・スキャンダルの首謀者である日野 精一郎(ひの せいいちろう)の実の妹だ。全てが終わった後、後遺症から今なお植物状態になっている兄の介護をしながら暮らしているんだが、彼女からあの時の戦いで封じたはずのある機械が何者かに奪われたと連絡が入ったんだ」
「それがさっきいってたシュバルツってやつですか」
「ああ、赤の書と黒の書を巡る争いの中で中心的な役割を果たしていたのが
黒(シュバルツ)のシステムだ。本来2つ揃えて、なおかつ4つある剣、そのうちの1本がこれなんだが、これを使って初めて起動する書のうち、先駆けて黒の書を手にしてしまった日野が書を完全に起動させるために作り出したいわば鍵の代替システムだ。グリム・リーパーで刈り取ったペルソナの無念を集積して書にぶつけ、書の力を解放する。日野が鍵の存在を知っていたのかどうか、なぜ黒の書だけを入手してしまったのかは植物状態になってしまった今となっては謎のままなんだが、あのとき4つの鍵と2つの書を揃えて僕達はすべてを封印した」
「そんな危ないものが盗まれたんですか」
「ああ......僕も初めて聞いた時は耳を疑ったよ。ネンフィアのすべてをつぎ込んで日野たち研究者が作り上げ、今はペルソナに理解があるとある会社がネンフィア日本支社ごと買収して保管していたはずのシュバルツシステムごと一夜にして姿を消したというんだからな」
物憂げな顔のままリヒトは続ける。
「初めこそまた書を巡る戦いが幕を開けたのかと警戒していたんだが、一向に気配がない。行方不明のシュバルツシステムの行方を憂いていたら、グリムリーパーを使う存在があらわれたとイゴールから聞かされたというわけさ」
「そうだったんですか......」
「今回、ようやくこの街で起きている連続誘拐事件の犯人たちがシュバルツシステムを奪っていることがわかった。しかもペルソナになるまえのシャドウですらエネルギーに変換してしまうえげつない改悪を施しているとわかった。大きな収穫だ、月森くんたちには感謝するよ。ようやく日野たちに報告することができるからな。これは本格的に50年の周期で起こるという霧と頻発する怪奇現象の繋がりを検証する必要が出てきたな」
「そうですね......神薙のシャドウがマヨナカテレビの世界に亀裂を入れていることがわかったし、これ以上《魔人》を出現させる訳にはいかない」
マヨナカテレビから帰還することができた私たちは、ジュネスで現地解散した。怒涛の連戦で疲労困憊のため、いくら精神と時の部屋であるベルベットルームがあるとはいえ、はやく帰ってご飯を食べてお風呂に入ってふとんに入って眠りたいという至極真っ当な欲求には勝てなかったのである。
ジュネスから商店街を通り、ガソリンスタンドに向かう私は月森と完二と帰っていた。私はそのまま帰るが、月森はそのまま完二と一緒に稲羽市立病院にいくという。巽屋の女将さんが目を覚ましたと小西先輩からメールは来ていたが、ペルソナに目覚めたばかりの後輩がそのまま一人でいくのは心配らしい。
さすがに完二は高校生にもなって恥ずかしいから勘弁してくれと困っていたのだが、なにかあったら連絡もなくつっこんで行く前科者のいうことを素直に受け入れるほど月森は優しくはなかった。
なにはともあれ、無事に完二を仲間にする事が出来て良かった。神薙晃のシャドウを逃がしてしまったのは残念だが、宣戦布告された以上ふたたび私たちの前に立ち塞がることは間違いない。だから焦っても仕方ない。今はただ無事に帰ることができた幸運を喜ぶべきだと月森はいう。
私はうなずいた。
目的地は反対方向のバス停だが途中までは同じだからと私はシャドウに意識を乗っ取られている間にあったことを月森たちから聞いているのだった。
「そういや神薙先輩」
「なに?巽」
「思ったんすけど、神薙先輩のシャドウってすげえ男っぽいっすよね。かっこよかったッスよ」
「男っぽいというか、男だけどね」
「え?あー、たしかに神薙先輩と全然違いましたけど、男なんスかシャドウ?まあ俺のシャドウも小学生ンときの俺だったし、似たようなもん......?ん?なんかちげーような......?」
さすがに違和感を覚えたのか完二に疑問符が飛んでいく。せっかく事情を知らない仲間が出来たのにわざわざ明かすのかと月森から視線が飛んでくるが私は構わないとうなずいた。
「あ、もしかして神薙先輩がペルソナにできねーのはシャドウが男だからとか?俺も女のシャドウが俺はお前だって言われたらすんなり受け入れられた自信ねーっすけど」
「それは違うよ、巽。リヒトさんがいってただろ、私がシャドウをペルソナに出来ないのは、偽者が私のシャドウを半分奪って好き勝手してるからだ」
「あれ、そうでしたっけ?」
「そうだよ。うーん、そうだな......巽は生物の勉強は得意?」
「いんやー、勉強は全然ッスね、補習じゃなかった日は一日もねーっつーか」
「そっか、ならわかりやすく説明するよ。それでもわかんなかったら月森に聞いてくれ、学年トップクラスの学力持ってるから我らがリーダーは」
「マジっすか!さすが先輩!」
「完二、これから仲間になりたいなら今年だけは補習の常連はガチでやばいから回避してくれ。もし新しい被害者が出たとき、完二が出て来れないとかシャレにならないからな」
「うっ......言われてみりゃそうっすね......わかりました。めんどくせえけど月森先輩たちに恩を返すためだ、頑張ってみます」
とはいうものの、ものすごく不安そうな完二に、月森は勉強に付き合うから、と励ましていた。完二は感動している。
「ただでさえ先輩方と実力差が開いちまってますもんね、マヨナカテレビに行くには補習回避しなきゃ話になんねーか」
「まあ、学校来るのは女将さんが退院してからでいいよ、巽。無理してくる必要はないからな?」
「了解っす、神薙先輩」
私は笑った。
「私がお母さんのお腹にいたときの話なんだけど」
「なんかすげえまえの話っすね」
「まあね。でさ、お腹にいる時の赤ちゃんて体が出来てから頭の中、つまり脳ができるらしいんだよ。体が男か女かが決まってから、頭ができて、男か女か決まるんだ」
「へえー」
「じゃあ、女の体が出来てるのに、頭を作る時に間違えて男にしちゃったらどうなる?たとえば交通事故で死にかけるとか、お母さんの体が危険な状態になったために、強いストレスに晒されたりしてさ」
「うわ、大変じゃないっすかそれ」
「そう、大変なんだよ、私」
完二が固まった。
「..................え、神薙先輩がそれなんすか?」
「うん、そうだよ。だからシャドウは男だし、私は女の体だけど男だと思ってるし、女の子が好きになる」
「えええっ!?つまり、神薙先輩ってあれっすか?レズ?」
「うーん、レズは女だけど女が好きってやつだから違う。私は女の体が出来てから頭の中の性別が間違って男になったパターン」
「あー、そっか、すんません。そういう人に会ったことねーからつい」
「私もこんなことがなかったらカミングアウトなんかしなかったさ。マヨナカテレビは視聴者がいるからな、最悪の形でバレた。他の人から面白半分に教えてもらうより先に教えとこうと思って」
「マジっすか、そんな大事なことがマヨナカテレビでバレ、ばれ......ん?」
完二はふと我に返る。
「月森先輩、今何時っすか!?」
「今?夜の7時回ってるけど」
「俺がマヨナカテレビにいったの昼間だし、マヨナカテレビって雨降ってる深夜12時に真っ暗なテレビみたら見えるヤツッスよね、たしか!?俺のシャドウ、誰にも見られてないっすよね!?!」
「あはは、大丈夫だよ巽ッ!巽がマヨナカテレビにいったのも救出したのも今日じゃないか!マヨナカテレビに映りようがないって!」
「そうそう、落ち着け完二。俺たち以外は誰も見てないよ、安心してくれ」
「えっ、あ、あ、そっか、そーッスよね!言われてみりゃそうだった!あはは、よかった......。マジで助けてくれてありがとうございます、月森先輩。神薙先輩もシャドウをペルソナにする手伝いしてくれて助かりました。マジでありがとうございます」
私と月森は顔を見合わせて笑ったのだった。
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