ペルソナ4 40
神薙の雰囲気がガラッと変わった。

完二は神薙のことを今までのやり取りからどんな自体に直面しても落ち着いていて冷静な性格の先輩だと思っていた。ついでにいうなら普通なら赤面するようなことを平然と言ってのける図太い神経だと。

それはどうやら少し間違っていたらしいと悟るのだ。たしかに神薙は冷静だし、常に落ち着いていて状況把握がうまく、たち回るのが上手だ。自分のペースを守っている。

それは神薙にとってバランスの問題に過ぎないと思っていた。自分の抱える重みを支点の左右に、習慣的にうまく振り分けている。他人の目には涼しげに映るかもしれない。でもそれは決して簡単な作業ではない。見た目よりは手間がかかる。そして均衡がうまくとれているからといって、支点にかかる総重量が僅かでも軽くなるわけではないのだ。

それは神薙の身体を借りて降臨したヒルコがよく表していた。

「人の事ばっか真剣になりやがって。神薙晃の問題はほったらかしかよ、クソが」

ボヤいた言葉は寂しさに溢れていた。最初に否定の言葉を聞いたときの小学生の完二によく似ていた。

「ようするに他人事なんじゃねえか」

澄み渡った水の隣に、薄紙一重の界も置かず、たぎり返って渦うず巻き流れる水がある。神薙はその静かなほうの水に浮かびながら、滝川の中にもまれもまれて落ちて行く自分というものを他人事のようにながめやっているようなものだったのだ。

「あの女がわりーんだろ、気持ちはわかるけどあんま神薙先輩を責めんなよ」

「どーだかね。誠意がたんねーんだよ、誠意が。信用はできるけど信頼はできませんよってか?」

どうやらカードごしにずっと神薙のことを見ていたらしいヒルコは自分のすべきことがわかっているようだった。

「信用も信頼も同じじゃねーか」

「全然ちげえよ、バカ。信用はそれまでの行動から大丈夫って思うことで、信頼はこれからも大丈夫って信じることだ。信用は過去の実績や成果に基づくからどこまでも客観的で物質的。信頼は未来の行動を信じて期待することだから主観的で精神的なんだよ。過去から未来に繋がるとはいえ、信じてもらえなきゃどーしようもねえんだよシャドウは」

今の神薙は体に、抑えることの出来ない凶暴の血が焦けただれたように渦をまいている。芯に熱い鉄の棒みたいな意志を埋めている。それが受け入れてもらえない嘆きなのだと完二は思った。

「たしかにアイツは切って投げ出されれば、投げ出された部分だけの根を土におろして、結構生きて行けるんだろうよ。まるでサボテンみたいなやつだ。でも俺は認めない」

認めてもらえるまで頑張るのだと虚勢を張っているように完二には思えてならなかった。

「なに笑ってんだよ、後輩のくせに」

「あ、いや、すんません」

完二は頭をかいた。

「アンタ、やっぱ神薙先輩のシャドウっすよ」

「あ?」

「その意志の強さっつーかむちゃくちゃさっつーか、そういうとこが」

「はあ?」

なにいってんだこいつと言われた気がしたが、完二はそうとしかいえなかった。どちらも紛れもなく神薙だ。表に出てくるところが違うだけで、どちらもきっと神薙なのだと完二は思った。

「なんて呼べばいいんすか?」

「別に好きに呼べよ。俺とアイツは同時に存在できねーから、アイツと同じように呼ぶやつもいるし、違う呼び方してわけてるやつもいる」

「じゃあ神薙先輩で」

「おう」

「どうすりゃいいっすか?」

「本気で戦う気かよ、武器もねえくせに。ペルソナに覚醒したばっかのくせにまともに動けるとかどういう生活したらそうなるんだ」

「身体だけは頑丈なんで。つーか武器ならあるっすよ、ほら」

「コトシロヌシに曲げられてんじゃねえか。まあ、無いよりはマシだけどよ。まあペルソナに聞いてみろ、もうひとりの自分だ。懇切丁寧に教えてくれるだろうさ。どうやって発動させるのかはまあ、見てろ」

神薙のシャドウはそういって槍を構えたのだった。





神薙のシャドウが槍を構え、イシュタムを見据える。その瞬間、中心に魔法陣が形成される。音もなく、光もなく、ただ淀んだ静けさだけがそこにあった。完二は幽霊もみえないし、今回初めて怪異に遭遇した人間だが、神薙のシャドウが魔法陣を形成する前とあとでは明らかに空間全体の雰囲気が変わった気がした。

「これは戦闘態勢に入ったら自動的に発動するスキルだ。どういう効果があるかはペルソナが教えてくれるだろうよ」

「なるほど」

「ほんとにわかってんのかよ......」

神薙のシャドウはジト目で完二を見上げる。本人はいたって真面目にうなずいた。いくかと勇む完二を神薙のシャドウはとめた。まあみてろと月森たちとイシュタムの戦いの様子をうかがう。月森たちがこちらをちらちら見ているあたり、神薙のシャドウがなにかしたのには気づいているようだったが、イシュタムの動きに変化がないあたり、またしても追加効果の恩恵を受けることは出来なかったようだ。イシュタムの攻撃をすべて回避、もしくは最小限に押さえ込み、雪子がみんなを回復し、また時間が過ぎ去っていった。

「......で、結局神薙先輩はさっき何したんすか?」

「あ?知りたいか?」

「知りたいっす」

「見てりゃわかる。俺のスキルは月森たちの攻撃が終わった瞬間に発動するんだ。それとはまた別に状態異常にする確率が上がって、月森たちが物理攻撃を回避する確率も上がってるんだけどな」

「え?」

そのときだ。

イシュタムが突然苦しみ始めたのである。ただでさえ腐敗している体の一部が紫色に変色し始め、みるからに状態異常にかかっているのがわかる。よほど苦しいのかイシュタムの呻き声は悲痛なまでに歪んでいた。

「よし、毒状態になった。これからイシュタムはなにか行動する度にダメージがある。ついでに月森たちに与えるダメージも半減するはずだ。これでさっきよりうまく立ち回れるはずだぜ。いくか」

「了解っす」

「イシュタムは魔法攻撃しても回復しちまうらしいから、間違ってもジオ系で攻撃すんなよ。物理だ、物理で攻撃しろ」

「わかってますよ、そんくらい。神薙先輩がなんかしてくれたら、ぶちかましたらいいんすよね」

「そういうことだ」

神薙のシャドウはにやりと笑うと槍を構えた。そして月森たちにわってはいり、イシュタムに攻撃をしかけたのである。完全に意識外からの攻撃だった。

神薙のシャドウが跳んだ。直立して長く高く、天を刺し貫こうとする槍が上から下に綺麗な放物線を描いて飛んでくる。先が銀色の穂のように輝いた。研ぎ澄まされた先が、すすきの原のように白光に噴いたのだ。

神薙のシャドウはイシュタムの脳天目掛けて威嚇的に二、三回、敵に向って槍を延ばし、貫く。

槍が背の方からへ突き通っているのをイシュタムは思考の失せかけている頭の中で感じたのか後ろを向こうとしたが、シャドウにも痛覚は存在しているのか悲鳴があがる。

「ポイズンクロップ」

イシュタムは田楽刺しのまま、相手を見据えようとしたがそれがかなうことはない。槍の穂先の鋭さが胸許を深く突き刺しているのだ。

「毒が通るならこっちのもんだ、倍のダメージをくらいやがれ」

神薙のシャドウは嘲笑したのち、槍を引き抜いて飛び退いた。

「さっきのお返しだ、ごらァっ!!」

その直後、タケミカヅチの強烈な一撃が炸裂する。ようやく新たな敵の襲来を認識したイシュタムは完二と神薙のシャドウに標的を変更しようとした。その刹那。

「ぎゃああああああああっ!」

イシュタムを蝕んでいた猛毒が一気に身体中に侵食していく。動いたせいで一気に毒が回ってしまったらしい。ただでさえ腐っていた肉体がむごたらしく内側から溶けていき、原型を失い、イシュタムは消えてしまったのだった。

「やったクマー!!一体撃破ー!!いけいけどんどーん!」

「ヒルコ、ありがとう。完二も助かった」

「自分があぶねーってのに助けてもらっちまったな、ありがとう」

完二は嬉しそうに笑う。

「晃ちゃん、ありがとう。これからは私たちが晃ちゃんを守る番だね、後ろにいて」

「よーし、リヒトさんに加勢しよう、みんな!」

神薙のシャドウは言葉少なにうなずいて、雪子たちの後ろに下がったのだった。


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