ペルソナ4 28
神薙のシャドウがサバトマで召喚したのは、見たことも無い不気味な女神だった。

「あれはイシュタム、マヤ神話において、自殺を司る女神として、死者を楽園に導く役割を担っていたんだ」

リヒトさんは一度交戦したことがあるからか、詳細を教えてくれた。リヒトさんのような強いペルソナ使いすら苦戦するような相手だ、情報があるにこしたことはない。

マヤ文明において楽園に行くことができるのは、聖職者、生贄、戦死者、お産で死んだ女性、そして首を吊って死んだ者、つまり自殺者だ。マヤ文明を築いていたユカテク族の社会では自殺、とくに首吊り自殺は名誉な死に方と考えられていたようである。

イシュタムはこの魂たちを楽園へと導き、そこでは死者はすべての欲望から開放され、極上の食べ物と飲み物を賞玩し、マヤの宇宙樹ヤシュチェの木陰に永遠の安息を享受すると考えられていた。

イシュタムはドレスデン絵文書には首を吊った女性の姿で描かれている。そして日食、月食を扱う項に出てくるため、月食を象徴していた可能性が指摘されている。

加えてマヤでは月食は胎児に奇形を発現させ、死に至らしめると考えられていたため、イシュタムは女性、特に妊婦の悲劇を象徴したとも考えられている。ドレスデン絵文書に見られる姿以外に図像は存在していない。

「選ばれた人間の魂を天の楽園に連れていく自殺の女神......」

「だから首にロープを巻き付けてぶら下がる、首吊り死体みたいな姿なのか。不気味だな」

たしかに召喚されたイシュタムは首吊り死体そのものだ。肌は青白く、その両眼は閉じられ、顔は腐り始めている。

「イシュタムは君たちを天の楽園に連れていくに相応しい人間として、選ぶだろう。人々はあらゆる苦しみから解放されて暮らすという。彼女からすれば当然の働きなわけだが、そうされては困る。だからイシュタムの能力を話しておくよ。イシュタムは死亡時に敵を1体即死させる効果がある」

その言葉に私たちは凍りついた。

「ポケモンのみちづれ?」

「いやあれは瀕死になるだけで死にはしないし......」

「いきなりゲームの話すんなっての!」

「いやだってわかりやすいじゃん」

「そーだけどさ、空気読んでよ花村!」

「もりあがってるとこ悪いが、コトシロヌシも神薙くんのシャドウもリカームを持っている」

「リカームって体力少し回復して復活できるスキルですよね?!」

「そう、君たちが思い浮かべた通りの戦術をとってくるんだ、厄介なことにね。しかもイシュタムの能力自体は万能属性だ。食いしばり効果が無効になる。成功率が高い。イシュタム自身も魔のステータスが高く、氷結と呪殺属性のスキルを多く所持するペルソナだ。弱点はハマ系、物理技で攻めるといい」

リヒトさんの言葉に月森はようやくペルソナの強化を行っていたら横からアドバイスをくれたのかと納得した。

リヒトさん曰く、イシュタムは、呪殺貫通スキルがないため、呪殺に無効以上の耐性を持つペルソナで対策が可能。呪殺無効等で対策できれば、相手の行動パターンを制限できる上にできることを減らせる。その分隙が生まれる。安定した戦いができるだろうとのこと。

リヒトさんがいなかったら、どんだけジリびんになっていたか容易に想像出来てしまう。今持っている蘇生アイテムは限られている。

今の私たちはパーティー全員のペルソナが復活スキルを持っている。これは相手の即死より自陣の復活が上回る形にするためだろう。貫通以外全ての魔法を防ぎ物理はとにかく躱す編成が有効らしい。

今の私たちだとリヒトさんのように相手の即死速度を上回る攻撃力で即時に敵を殲滅。力こそ正義戦法はあまりにも敷居が高い。

「あの時とは違って僕は一人ではないし、君たちもこれで初見の敵ではなくなった。君たちはイシュタムに集中してくれ。僕は神薙くんのシャドウがこれ以上サバトマを使わないようになんとかするよ」







月森たちがイシュタムと戦うのを見守っていると完二がようやく目を覚ました。

「巽、大丈夫?」

私は完二を覗きこむ。

「大丈夫っす、こんくらい」

「嘘ついちゃダメだよ、完二。今、すごく疲れてるでしょ?」

「う、うっせえな!よけーなお世話......って神薙先輩、なんでこのガキまで連れてきちゃってんすか!?せっかくおふくろと一緒に逃がしたのに!」

「気持ちはわかるけど落ち着いて、巽。巽屋の女将さんは小西先輩が病院に連れて行ったよ」

「え、あ、そ、そうなんすか?よかった......おふくろが2人になるし、テレビん中入れるし、でなにがなんだか」

「巽屋の女将さんはね、幽霊状態だったんだ。あのままこの世界にいたらそのまま死ぬところだった。巽はここにきて正解だよ、通報は近所の人がしてくれてるから先に病院に体がいってる。大丈夫、間に合う」

「ま、マジっすか?!あんにゃろ、やっぱやべぇことしやがって!」

吠える完二がこれ以上先に行かないよう槍で牽制する。さすがに私が物騒すぎる武器を振りかざしたからか、驚いた完二は止まってくれた。

目の前で渡しによく似た黒ローブの女が不気味な女を召喚したり、月森たちが似たようなモンスターを召喚したり、武器で攻撃したりしている。異能バトルという非日常と廃病院という異常な空間に足を踏み入れていた幻日をようやく理解したらしい完二は困ったように私をみた。

「あの......神薙先輩......」

「なに?」

「なんなんすか、あいつら」

「あいつらは、この街で連続誘拐事件を起こしてるやつらの一味らしい。みんな、この世界に突き落とされてるんだ」

「なっ!?じゃあ、神薙先輩も?」

「うん、そのとおり。雪も小西先輩も完二みたいにこの世界に拉致されたんだ」

「月森先輩がいってたやべーとこってここのことっすか......たしかに絶対警察に見つからないやばい場所っすね」

「でしょ?ここは放り込まれた人間のトラウマをもとに、ダンジョンを勝手につくっちゃう世界なんだ。巽が病院のダンジョンをつくったように、私たちもみんなそう。才能がある人はそのダンジョンの核であるトラウマと向き合って、ああいう不思議な力に目覚める。そうすれば戦えるし、目覚めなければ山野アナみたいにこの世界に殺される。どうも霧の日になるとこの世界と現実世界がつながっちゃうみたいでね、あの化け物が凶暴化するんだよ」

「......えーっと、あー......すんません、なんかよくわかんねえ」

「あー、ごめん、一気に話しすぎたね。簡単にいうと、この世界ではトラウマに向き合うと不思議な力が使えるようになるんだよ」

「......不思議な力?」

私はペルソナを発動し、完二の怪我を治してやった。おおお?とよくわからないなりに凄いことが起こったことくらいはわかるようで、完二は目を丸くしている。

「トラウマ......トラウマってあれっすよね、嫌なことっつーか、なんつーか」

「そうそう、そういうの。ピーマンが嫌いとか、そういうのよりもっと嫌なこと」

「嫌なこと......」

「逃げ出したくなるくらい、嫌なこと」

完二は辺りを見渡した。ぺたぺた床を触っている。ら

「えーっと、この世界にくると、その逃げ出したくなるくらい嫌なことが、こんなふうになっちまうってことっすか?」

「そうだよ」

「病院......か......」

「なにも知らないでこの世界にきたら最悪だよな、逃げ出したくなるくらい嫌なことが目の前に現れて逃げられないんだから。しかも霧の日になったらそいつが凶暴化して殺しにくるんだから」

「..................」

「巽?」

じっと考えていた完二だったが、ずっと傍らにいる自分のシャドウをみていた。

「ここが俺がこの世界に入ったから出来たってんなら、俺が逃げ出したくなるくらい嫌だったのは、俺自身の弱さだ」

「完二......」

完二のシャドウは悲しそうな顔をしている。

「救急車も呼べねえ、心臓マッサージもできねえ、泣き叫んでお父さんって呼ぶこともできねーで、ぼーっとしてんだ。んなの、おふくろだって病院に連れていかねえに決まってるよな、俺が、男の俺がおふくろについててやらなきゃなんなかったのに。なさけねー自分がホントに嫌いだった」

「......」

「でも、だ」

「......?」

「お前、あんときの俺だな?」

こくり、と完二のシャドウはうなずく。

「いや、違うな。あんときの俺とは違って、ちゃんと月森先輩たちを呼んできてくれたし、おふくろを助けてくれた。あん時の俺とは大違いだ」

ぶんぶん完二のシャドウは首を振った。

「それはね、完二。僕が君だからだよ。君は君が思っている以上に成長しているんだよ。だから僕は僕を信じられたから、お母さんと一緒に逃げられたんだ」

「へっ、そーかよ」

照れくさそうに完二は笑った。

「ったく、情けねえぜ、こんなんが俺ん中にいるかと思うとよ。なにも出来なかった自分が怖くて、ビビってよ、1人になりゃそんなこと二度と起こらないだろって自分から嫌われようとしてるチキン野郎だ。あやうくまた家族を失うとこだったぜ、ありがとよ。お前のおかげでおふくろを助けられた」

「うん」

「今度は月森先輩たちを助ける番だ、違うかよ?」

「うん!」

完二は立ち上がる。

「神薙先輩、俺こーいうの初めてなんでわかんねーんすけど、あの気味わりいやつをぶっ飛ばせばいいんすよね?」

「大丈夫?無理するなよ?」

「心配いらねーっすよ、これ以上先輩がたに迷惑はかけらんねーし、力になりたいんで!」

私はうなずいたのだった。


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