ペルソナ4 24
結果として、私たちはもっとクマのナビゲーションに耳を傾けるべきだった。ものすごく強いという言葉を警戒すべきだった。霊柩車を破壊したことで残すは運転席から這い出てきた腹の裂けた不気味なぬいぐるみだけだ。無意識のうちにこのままおしきれるのではないかと無意識のうちに見くびっていたのかもしれない。

空中浮遊しはじめたぬいぐるみは腹が裂けている。首は今にももげそうなほど不安定にしか繋がっておらず、プラプラと揺れていて、体が異常に傾き、胴体の裂け目から覗くなにかが本体だと嫌でもわかる。口から首から胴体からなにかが滴っている。それが真っ赤な血だと気づいた瞬間、私たちは鳥肌がたった。

霊柩車の中からはクマのぬいぐるみにしか見えなかったが、よく見るとそれはぬいぐるみではなかった。ぬいぐるみみたいに無数の茶色い毛が生えた人の姿をしている正体不明の化け物だったのである。

そんな私たちに気づいたのか、ぬいぐるみのようなクマの化け物は、まるで嘲笑するかのように不愉快に甲高い笑い声をあげた。

そして、鉄槌を鶏卵に打ちおろすような、むき出しの暴力が私に牙を向いた。

「晃ちゃんッ!」

「神薙ッ!」

シャドウが私に噛み付いてきたのだ。悲鳴をあげることすら許されなかった。魔法攻撃ばかりだったから予想外の攻撃になすすべ無く私は暴力に曝される。とっさに顔を庇ったために腕に容赦なく牙がつきたてられる。

なまあたたかくて、でろでろななにかがあふれてくる。そして無数の牙が腕に突き立てられる痛みに頭が真っ白になっていく。真っ赤な血がこちらの腕にまでしたたりおちてきたではないか。あまりの気持ち悪さに私は女みたいな悲鳴をあげた。

まるで犬にかまれたかのように噛まれた腕の部分が裂傷になっていく上に離してくれず、ぶん回そうとしてくる。このままでは腕ごと食いちぎられると本気で怖くなった私は必死で払おうとした。どんどん周囲が紫色に変色していく。

私は冷静さを失っていった。

「神薙を放せ、このッ!!」

モスマンにペルソナチェンジしていたからか、さっきより迅速に動いた月森がシャドウを横からふっとばした。完全なる不意打ちだったために、シャドウはもろに一撃くらってカエルが破裂したかのような声を出した。ようやく解放された私は放心状態のままふらふらと後ろに下がる。

「ナイス、月森!」

「よかった......大丈夫?神薙さん!」

「神薙、大丈夫か?」

月森が手をさしだしてくれるが、私はその意味を理解することができない。ぼーっとしたままその手を見つめていた。

「神薙......?どうした?どこか痛いのか?」

その目の奥に怯えが宿っていることに気づけるくらい月森が近づくには時間がたちすぎた。

敵味方の状態異常の付与率が上昇している今。魔法攻撃のダメージをうけただけで、確定で恐怖状態を植え付けてくる強敵が繰り出した強烈な一撃をもろに食らった私がまともでいられる訳がなかったのである。

それに真っ先に気づいたのはクマだった。私は生まれ持った性質からして幸運なようで、仲間たちの中では状態異常にかかりずらく、クリティカルを食らう回数が極端に少なかった。そんな私が示したいつもと違う反応はクマを慌てさせるには充分だったようだ。

「うわわわわあッ!?アキちゃんが大ピンチいいいッ!!体力が危険クマッ!誰か何とかしれー!しかも怯えてるクマっ!落ち着いてええ!」

「なっ!?」

「え、嘘ッ!?」

「晃が状態異常にかかっちゃった!?あの攻撃、さっきみたいに絶対変になっちゃうの?!」

「神薙、落ち着いてくれ!すぐに鎮静剤を!」

みんなが心配してくれている。大丈夫かと近づいとくる。シャドウが立ち上がったとクマがナビしたものだから、どうしようと花村たちが騒いでいるが私の耳はその意味を理解することなく右から左に流してしまう。みんなになにかまくし立てられているように勘違いしてしまう。ここにいたくないと思ってしまう。

いつもだったらまず感じることは無い感情に支配されてしまった私は、なんの躊躇もなく戦闘から離脱した。
自然と足は遺体安置所の奥に向いていたのだった。

意味のわからない恐怖は次第に私の中で肥大化していく。きっと今の私は色が抜け落ちたみたいに真っ青に違いない。歩みがゆっくり早くなり、小走りになり、やがては本気で走り始めていた。

追いつめられた獣のように自分の傷痕を庇いながら走るしかない。少しでも足を止めると、あの 化け物がまた追いかけてきそうだった。必要以上の安全な距離までも逃げて行って、そこで落付いてから、また今更のように恐怖の感情を眼の色に迸らせた。二度も三度も、うしろを振り顧りながら走った。月森たちの声が、だんだん遠くなっていく。

わざと廃病院のそこ抜けた床に飛び降り、暗闇の先に入って、......訂正、穴があいていることに全然気づかずナチュラルに落下して足が死にそうになり蹲る。

シャドウはいない区画だったようで薄暗い空間が広がっているだけだ。それでも正気を完全に失い、情緒不安定になっている私はすべてが怖かった。なにを自分に言い聞かせてもダメだった。思考が上手く回らない。自分で自分が制御できない。逃げなくては、という感情に支配されていた。

ここは決して一人になっては行けない、四方八方のどこから攻撃が飛んでくるやも知れない紛争地域並に危ない世界だとわかっているのにダメだった。私は今この上なく危険な状況にあると理解ができない。

ただただ、「設定値が過敏なセンサー」のように、何でもないことのために不安になっている。ここでは何もかも警戒する必要があるが、私はひたすらに無防備なまま走った。武器すらまともに構えないまま走った。自分で自分の感情についていけていなかった。

「神薙ッ!」

上の方から月森たちの声がした。足は自然と逃げよう逃げようと急かしてくる。

やがて私は突き当たりの空間に出た。

「誰?」

女性の声がした。前を見ると着物を着た女性が小学生くらいの男の子をつれて物陰にかくれているのがわかる。

「女の子......?」

私の見た目が女子高生だからか、警戒の色が薄くなっていく。

「あなた、大丈夫?ひどく怯えているようだけれど、なにかあったの?......って、どうしたの、その傷!まるで犬に噛まれてしまったみたいな!」

私は答えられない。

「余程怖い目にあったのね......可哀想に」

「お母さん......」

「大丈夫よ、完二。怖い犬がいるとわかってよかったわ、隠れられるから。あのお姉さんも一緒に行きましょう?いいわよね?」

「..................」

男の子は私をじいっと見つめた。金色の瞳が私を見上げてくる。女性がこちらにいらっしゃいと手招きする。強烈な恐怖に支配されている私は反応することが出来ない。女性が物陰からこちらにやってくる。男の子がその前に出て私の前にやってきた。そして私になにかをくれた。

それはなにかあたたかな光だった。

私の目に光がやどる。

「......あれ?」

ようやく我に返った私はあたりを見渡す。全然知らないところに1人たっていて、目の前には私の腕になにやら綺麗な布で応急処置をしてくれる10歳ほど若い巽屋の女将さんに小学生くらいの完二のシャドウがたっている。

「よかった、傷は見た目より浅いわ。血がとまったみたいね。あなたもこの病院に無理やり連れてこられて、閉じ込められてしまったのでしょう?大丈夫?」

「......え?あ、はい......」

私は前後の記憶があいまいなまま、月森たちが見つけてくれるまでぼんやりとうなずく機械になっていたのだった。


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