ペルソナ4 25
「犯人の野郎、いつでも来やがれ。相手になってやる」

完二は巽屋の裏手にある民家側の玄関の前にある階段にどかりと腰を下ろし、じっと玄関先を睨みつけていた。ドスの効いた声を聞いたら、訪問者はきっとヤクザの家に来てしまったと驚いて帰ってしまうに違いない。

「せっかく月森先輩たちから教えてもらったんだ、ぜってー逃がさねえぞ。来るなら来い。いつでもこっちは準備出来てんだからなァ......ぜってーおふくろは守る」

最後の言葉だけはちょっと恥ずかしくなってきたのか小声になってしまった。ちらちらあたりを見渡す。うっかり母親に聞かれでもしたらとんでもない羞恥ぷれいである。さいわい母親はまだ店の方に出ているだけのようだった。

春から母親を不安がらせている山野アナの殺人犯が、幼なじみの小西先輩と天城先輩、さらに巽家が贔屓にしている神薙農園の孫である神薙先輩まで誘拐した犯人だと知った完二は俄然やる気に満ちていた。

警察すら犯人が見つけられない今、犯人を捕まえてやるんだと追いかけている月森先輩たちはとても信用できる人達だと思ったのだ。

聞けば神薙先輩が最初に誘拐されたとき、月森先輩が見つけ出して保護したというではないか。そして、それを知った花村先輩と里中先輩が誘拐された小西先輩や天城先輩を助けるために月森先輩に協力して、見事救出に成功した。

みんな玄関先で訪問者を迎え入れたときに誘拐されたのに、肝心の犯人の顔が思い出せないという。神薙先輩たちはみんな誰にも見つからない、危ないところ(完二は勝手にヤクザとかの事務所を想像した)に閉じ込められ、霧が出る日に殺されると聞かされた。つまり、誘拐事件が誘拐事件ですんでいるのは月森先輩たちが閉じ込められた神薙先輩たちを見つけ出したからにほかならない。月森先輩たちがいなかったら、連続誘拐殺人事件になっていたというのだ。

姉が誘拐され、保護されるまでどれだけ幼なじみの尚紀が不安な日々をすごし、どれだけ自分を責めていたか知っている完二は、その尚紀から月森先輩に協力してくれといわれたとき嬉しかったのだ。

この人が、この人たちが尚紀の姉ちゃんを救ってくれた。

しかも、次に狙われるのは巽屋のどちらかだから気をつけろとまでいってくれた。女性の母親はともかく完二まで心配してくれたのは月森先輩たちが初めてだった。

その日の夜にはさっそく大丈夫かとメールや電話があったし、昼休みや放課後などの合間合間に確認の電話があった。そのあとには巽屋に顔まで出してくれたのだ。

月森先輩たちが本気で次の犠牲者を出さないために犯人を捕まえようとしているのだと実感した完二は感激した。ここまでほぼ初対面である完二たちのために頑張ってくれる先輩たちに会うのはこれが初めてだったのである。

だから、完二はなおのこと母親を守るために頑張ろうと思ったのだ。父親がまだ生きていた頃によく遊んだ野球のバットを押し入れからだし、傍らにおいた。神薙先輩は女子高生ながら花村先輩くらいの身長があったのだ。あの人を誘拐できたとなれば、相手は相当な力持ちだと思ったのだ。

「いきなりどうしたの、完二。誰かがお礼参りにでもくるの?」

「ば、ばっか!こねーよ!こないだの奴らはみんな警察署だッ!」

「じゃあどうしてバットなんか......?」

学校にはしばらくいかないと宣言してもはいはいですませる母親も、さすがにバットを階段に立てかけてずっと一日座っていた息子はおかしくみえるらしい。

「なんでもねーよッ!今日から俺が玄関でっから居間でお茶でものんでろ」

「はいはい。でも宅急便屋さんが驚くからさすがに傘立てにおいといてね、完二」

「......わかったよ」

しぶしぶバットを傘立てにおいた完二は、その日ずーっと玄関前の階段に陣取っていた。

今日来たのは近所のオバサンが野菜をお裾分けにきたのと、新聞の配達と郵便、そして宅急便くらいである。月森先輩たちにはずっと一日玄関の前で犯人を待っていたという、あんまり頭がよろしくない完二なりに考えた対策は驚かれた。

それでも無事なことを喜ばれたし、この調子で頑張れと励まされた。だからなおのことがんばろうと思った矢先、事件は起きたのである。


それは夕飯を食べて直ぐに起こった。

「完二は食べててね、お母さん出るから」

「あっ、おい!だから俺が出るって!」

「お皿洗ってるじゃないの」

笑いながら母親が玄関に行ってしまったのだ。完二はあわてて残りの食器を洗ってから水に流し、いつもの乾燥機の中にいれておく。水が入ったトレーを流し、スイッチをおした。キッチンの電気を消し、部屋を出る。

「おふくろ、終わっ......」

完二が玄関にいった瞬間、廊下に横たわる足が見えた。

「おふくろ......?」

母親が愛用している着物の裾がみえた。

「おふくろッ!!」

完二は頭が真っ白になった。あわてて駆け寄り呼びかけてみるが反応がない。手を取る。脈はある。口に手を当てた。息はある。意識を失っているだけのようだ。救急車を呼ばなくてはならない。そこまで考えて近くの電話をとろうとした完二は、玄関の扉が音を立てたことに気づいた。

「誰だッ!?」

影がみえたのだ。誰かいた。呼び鈴がなったから母親が出た。その母親が玄関に倒れているのになにもせず帰ろうとしている。それだけで引き戸を壊れんばかりの勢いであけるのは当然の流れだ。外傷はないが、扉の向こうにいる誰かが母親になにかした可能性もあるのである。全開になった扉の先で完二は誰かが母親を抱き抱えているのを目撃することになる。

「お、お袋が2人ッ......!?」

完二は混乱した。たしかに玄関前の廊下で倒れているのは母親だ、でも拉致されようとしているのもまた母親だ。見慣れた着物は亡き父親が母親のために仕立てた形見であり、母親のお気に入りの着物で、この世にこの柄はひとつしかないのだ。よく似た誰かとは考えずらく、母親じゃないとしても誰かが誘拐されようとしているところを無視するほど完二は冷淡ではなかった。

「お袋を返しやがれッ!!」

完二の叫びに犯人は振り向きもしない。

「おッ、おい待てッ!待てっていってんだろーがァッ!!」

完二は靴をはきかえる暇もなく、傘立てからバットを持ってサンダルに履き替え、そのまめ玄関先に出た。犯人は止まらない。そして犯人の背中を追いかけて懸命に走り出す。

「このッ!」

完二はバットを振り回すが届かない。

「んにゃろッ!待てよッ!!」

完二の言葉に犯人は振り向きもしない。追いかけるのに必死だった完二は裏通りから辰姫神社に向かう影を見た。

「逃がさねえからなァッ!」

境内に入る細くて狭い道を走った先で完二は犯人が母親をなにかに押し込めているのを目撃する。テレビだった。わけがわからなかったが犯人は母親と一緒に消えてしまう。完二は無我夢中だったからテレビの中に行こうとしたがやはりいけない。

「ふっざけんなァ!おふくろを返しやがれ!!」

バットを振りかざし、何度もぶん殴るがテレビの中には入れない。完二は無我夢中だった。

「!?」

画面のヒビが入りかけたその時、手が伸びてきたのだ。そして、完二はマヨナカテレビの中に引きずり込まれてしまったのである。

「ってえ......どこだ、ここ?」

完二の記憶が正しければ辰姫神社のはずなのだが、どこをどう見ても真っ暗な建物の中だ。しかもベッドやカーテンの雰囲気からして完二の大嫌いな市立病院の病院の一室だったのである。


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