ペルソナ4 23
お父さんを燃やさないでという完二のシャドウの言葉のとおり、普通霊柩車に載せられた棺桶は火葬場に送られてそのまま遺体とともに焼却されることになる。

焼却炉が出てくるのかと思っていたが、どうやら完二にとっては霊柩車そのものが遺体の焼却、つまり父親との永久の別れの印象と強く結びついているらしかった。なぜそんなことがいえるかというと霊柩車が火を吹いたからだ。

ライトのあたりから口が現れた。ボディが裂けた。ギョッとする私たちを前に霊柩車は無数の牙が剥き出しになり、獰猛な真っ赤な口を開き、火を放ったのだ。

薄青い炎が舐めるように床を壁を這う。やがてそれは火柱のような燃え盛る真っ赤な炎となる。その黒いけむりはつめたそうな遺体安置所をも焦こがしそうだった。

「千枝、危ないッ!」

近くにいた雪が千枝を庇ってくれたおかげでダウン状態からの形勢不利はさけられた。私はさいわい月森から渡された新しいペルソナが炎攻撃が主体のためか吸収があり事なきをえた。えたはいいのだが......。

「うわああー!ダメージをうけたみんな恐怖状態になってるクマあああ!大惨事いい!!」

「魔法攻撃のくせに恐怖状態強制付与とかなんだそれ!?」

「晃ちゃんッ!アムリタソーダまだある?」

私と同じくコノハナサクヤの加護により炎攻撃を吸収できた雪子が叫ぶ。

「最後の1個ッ!」

「鎮静剤はッ!?」

「鎮静剤ならまだあるけどまた食らったら回復間に合わなくなるッ!」

「アイテム貸して!私が回復に回るから晃ちゃんは攻撃に回って!」

「了解!」

私は最後のアムリタソーダを雪に投げ渡した。

「炎攻撃ってことはブフが弱点か!?前の戦闘でアイテム尽きてるよ!ああもう!来い、オルトロスッ!」

私の呼び掛けにギリシア神話に登場する怪物である。双頭のゲーリュオーンの牛の番犬が咆哮した。

《アオーンッ!!オレサマ イイキブン!ニンゲン タスケテヤルカラ アトカラムダ話キケ!ケモノダイスキムダバナシ!オレサマだいすきムダバナシッ!!》

その名は速い、真っ直ぐなを意味する。

ゼウスを打倒するために生みだされた怪物テューポーンがエキドナとの間にもうけた子で、ケルベロス、ヒュドラー、キマイラ、ネメアーの獅子、不死の百頭竜(ラードーン)、プロメーテウスの肝臓を喰らう不死のワシ、パイア(クロミュオーンの猪)といった怪物たちを兄弟に持つ。また、母であるエキドナとの間にネメアーの獅子、スピンクスをもうけたとされる。

姿は黒い双頭の犬で、たてがみ一本一本と尻尾が蛇になっている。性格は落ち着きが無く、せっかちである。クレータ島またはエリュテイア(現在のイベリア半島)でゲーリュオーンの雄牛を守っていたが、牛を求めてやって来たヘーラクレースを発見して跳びかかり、棍棒で殴り殺された。さらにオルトロスを助け駆けつけた牛飼エウリュティオーンも倒されたという。

「オルトロス、頼んだよ」

《オレ様ニマカセローッ!!》

オルトロスは月森がベルベットルームでペルソナ合体を繰り返したために速さに補正がかかるスキルがついている。だから誰よりも私は先に動けるのだ。霊柩車に乗っている茶色いぬいぐるみはオルトロスのステータスの加護を受けた私より遅いようだ。私はアイテムから有利と思われるアイテムを探す。

ブフ以外に弱点がないか探さなくては。あのシャドウは見たことがないが、状態異常付与率を上げて、なんらかの効果がある技をしかけてくるということはヒルコとよく似た編成のはずだ。つまり状態異常に耐性がある可能性が高い。

物理技だけならいいがヒルコのように魔法攻撃ができる時点で厄介極まりない。なのにクマがこいつの強さが私たちより上だと叫んでいるため下手に待ちの体制は危険を伴うだろう。

私は必死で考える。

霊柩車からイメージされるのは強烈な死のイメージだ、なぜぬいぐるみが乗っているのかはわからない。でも、小学生の完二ならぬいぐるみに関する記憶があったはずだ。たしかクラスメイトが大事にしていたぬいぐるみを縫って直してあげたら、意地の悪いクラスメイトが男のくせにとからかって晒し者にされた。

助けてあげた女の子は恥ずかしくなったのかなにもいえずに俯いてしまった。なんだか悪者になってしまった、みたいな苦い思い出があったはず。あのぬいぐるみの腹が裂けている理由はわからないが、ぬいぐるみに関する悪意に晒された記憶がシャドウになっているとするなら、あのぬいぐるみ中にあるのは完二に対する好奇の眼差しのはず。

やはり負の感情の塊だ。完二がトラウマとしているものがシャドウになっていると考えて間違いないだろう。なら。

「これでどうだッ!」

私はせがき米を投げつけた。 敵1体に光属性の即死効果を中確率で与えるアイテムだ。霊柩車の周りに光があふれる。いけるか!?

霊柩車のぬいぐるみが悲鳴をあげる。即死とはいかなかったようだが、霊柩車のガラスというガラスにヒビが入っていく。どうやらぬいぐるみにダメージを与えるには霊柩車を破壊しなければならないようだ。急に止まってしまった霊柩車。どうやらダウンに持ち込めたようだ。

「アキちゃんナイスクマー!敵一体ダウン!イケイケゴーゴー!!」

「さすがだね、晃ちゃん!」

「ありがとう、雪。どうする?私が回復しようか?」

「ううん、晃ちゃんはもう1回攻撃して。そっちの方が隙が産まれると思うし。霊柩車防御力高そうだから、月森くんたち回復してから魔法攻撃した方がいいと思う」

「了解ッ!」

私はふたたびせがき米を投げる。今度こそ霊柩車はその暴走運転を完全に停止する。その隙を狙って雪がアムリタソーダを全員につかった。みんな恐怖状態から脱して戦線離脱の危機は免れた。霊柩車はまだ動く気配はない。形勢を立て直すべく、月森は花村たちに指示をだしていった。

「うげげっ、敵が立ち直ったクマー!」

「させるか!来てくれ、モスマン。ハマだ!」

アムリタソーダがもう無いという私と雪の会話が聞こえていたのだろう。月森はすぐにペルソナを切り替え、貴重な序盤ハマ要員であるモスマンですかさずダウンさせてくれた。少しでもターンを回さずに霊柩車を破壊して不気味なクマのぬいぐるみをはかいしなければならない。

「あーもうあったまきたッ!トモエ、ブフーラッ!」

ブースタをまだ取得前のためダメージは望めないが気絶させるには充分である。千枝が追撃してさらなるダメージと気絶を誘発してくれた。この隙をついて花村がガルーラをしかける。弱点ではないが耐性もないようで、とうとう霊柩車の上部分が吹き飛んだ。

「あーくそ、あと少しで壊せそうだってのに!」

「クリティカル狙いの物理攻撃よりダメージは与えられたみたいだから気にするなよ」

「さんきゅ、月森」

「ありがとう、花ちゃん!あとは私が!」

小西先輩が前に出た。

「お願い、ナーイアスッ!」

小西先輩のペルソナが発動した。

イゴールによるとナーイアスは、ギリシア神話などに登場する下級女神で山や川、森や谷に宿り、これらを守っているらしい。一般に歌と踊りを好む若くて美しい女性の姿をしており、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。

完全な不老不死ではないが、非常に長命であり、守護している樹木が枯れると自身も共に死ぬという。

庭園や牧場に花を咲かせ、家畜を見張り、狩りの獲物を提供し、守護する泉の水を飲む者に予言の力を授けたり、病を治すなど、恩寵を与える者として崇拝の対象となり、ニュンペーのいるとされる泉などには、しばしば供物が捧げられたという。

ペルソナとしてはガル系とブフ系のスキル、支援系のスキルを中心に覚えていくサポートよりのペルソナだ。

「ブフーラッ!」

霊柩車が一瞬で凍りつき、砕け散る。とうとう腹が裂けているクマのぬいぐるみが姿を表した。


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