またマヨナカテレビの中にある八十稲羽市が広がった。
商店街を中心に広がっていたマヨナカテレビは、稲羽市立病院のダンジョンが出現したことで一気に空間的に広がりを見せたのだ。
殺風景な部屋に続く空間が独身向けの高めのマンションのひとつとなり、その先に稲羽市立病院と思われる廃病院が出現したのである。
完二について事前に下調べを終えてクマに話していたからだろうか。クマは完二がマヨナカテレビに入ったことにすでに気づいていた。そして、私たちが来るなり待ってましたとばかりに道案内してくれた。
見るからに不気味な廃病院だ。あかりは付いておらず、真っ暗で、蔦がたくさん生い茂っている。そのまま自然に飲み込まれてしまいそうな独特の雰囲気があった。だが、それが廃病院ではないとわかる。入口がどす黒い赤と黒のストライプに塗りつぶされ、先が望めないのである。
新しいダンジョンを前に事前に商店街で装備を一新し、装備も新しくなった私たちはペルソナも新調した。扱いになれるまで他のダンジョンで何度かバトルをしたのち、いよいよそのストライプの空間に飛び込んだのである。
あちこち崩落していて、行けそうでいけない階段や広場が目立つ。注射針が沢山落ちていたり、薬品棚がひっくり返っていたり、床にどす黒いなにかの液体が広がっていたりとホラー映画を思わせる不気味なダンジョンだ。崩落して折り重なるガラス戸が不気味な雰囲気を醸し出している。
なにがあるかわからないから気をつけていこう、と気を張っていたおかげで、ひび割れた窓からシャドウが飛び出してきてもすぐ対応する事ができた。
やがて入院するためのフロアに入ったようで、明らかにベッドが多くなった。椅子の上に置かれた兎の人形だったり、花が置かれたベッドだったり、なにやら意味深な暗示が増えていく。
やがて私たちは今までより広い場所に出た。個室のようだ。
カーテンはもう揺れない。棚の本はもう読まれることはない。この空間の主はすでになく、ベッドは朽ちてしまっている。医療機器があちこちに落ちていて、尚更不気味だ。
ようやくシャドウが現れない場所に出られたようだ。私たちはしばし休憩することにした。
「なんかここのシャドウ、すんごい攻撃的だなおい!」
私から回復アイテムを受けとった花村がぼやく。
「たしかに満月でもないのに先制取られることが多いな」
先頭をひた走っていた月森はお疲れ気味だ。
「たぶんー、カンジのシャドウがものすごーく強力だからー、シャドウたちも影響を受けまくってるクマ。近づいて欲しくないクマね」
「誰にも見られたくない一面か......」
「あー......なんかいかにもトラウマから根ざしてる感じのシャドウ多いもんな、完二の影響受けたシャドウが多いのか?初めて見るシャドウばっかだもんな」
「たぶんそうクマね」
「なるほど。たしかに、いきなり撃ってくるしね、お巡りさんぽいシャドウとか」
「完二にとっては暴走族と一緒くたにされるのが嫌だったのかもしれないな」
「完二くん......」
「ホラー映画でもゾンビがよく撃ってくるもんね、そんな感じかしら?」
「いやあ、それはちょっと違う気が......」
「あははっ、小西先輩それっぽい!」
「えっ、ここ笑うとこなの、天城さん......?ねえ、花ちゃん、天城さんてこんな感じなの?」」
「うーん、俺たちも仲間になるまでお目にかかったことなかったから未だに天城の大爆笑のスイッチがわかんねーです。つーわけでそこんとこどうよ、里中さん」
「最近あたしもわかんなくなってきたよ、花村。最近の雪子ずっと真面目モードだったからさあ......」
「あー......まあ気持ちはわからなくもねーけど。元気になったんならいいんじゃね?」
「そうだね、雪子もしばらくは考えないようにするつもりみたい。晃はシャドウと話せっていうけど、シャドウはカードにこもったまま出てこないもん。晃のペルソナがシャドウになっちゃった原因を突き止めて、取り戻せばきっと晃も記憶戻るもん。そしたらまた進めるよ、2人とも」
「そーだな」
そんな会話が行われているとはつゆ知らず、私は月森と相談していた
「明らかに異常な発色してるシャドウが白衣きてたり、緑の服を着てるシャドウなのは病院の人がモデルなのかもな」
「やっぱりそう思うか、神薙」
「たぶんな。実は昨日、おばあちゃんから聞いたんだ。お父さんが倒れたとき、最初に見つけたのはまだ小学生だった完二らしい」
「えっ、そうなのか?」
「うん、小学生が通報とか人工マッサージとか出来るわけないだろ?女将さんを呼ぶのに精一杯で、救急車には女将さんが乗って、完二は一人で留守番したらしいんだ。でも、お父さんは不幸にもそのまま帰らぬ人になった。完二がお父さんと会えたのは、そのあと。だから、完二にとって、病院は人が死ぬ場所なんだ。今回はそのトラウマを刺激するような出来事があったんじゃないか?」
私の言葉に月森は眉を寄せる。
「玄関に出たらお母さんが倒れてる。今の完二なら通報できる。いや、しようとするよな、たった一人の家族になにも出来ないまま助けを呼ぶことしかできないのは絶対に嫌なはずだ。それをしなかったのは......」
「完二はなにかをみたんだろうな、女将さんから犯人がなにかしたところを。そして、精神を戻さないと元に戻らないとわかるような状況で目撃したんだ。だから迷う事なく犯人を追いかけてマヨナカテレビに飛び込んだ」
「テレビにか......どさくさに紛れて玄関先覗いたときにはなにもなかったよな?」
「そうだな、なにもなかったよ」
「うーん......玄関先にテレビおいておかないと完二たち入れられないはずなんだけどな......」
「犯人がマヨナカテレビに逃げたならテレビは残ってるはずなのに」
「やっぱり犯人は複数か......?」
「ペルソナ使いが複数?じゃあ、リヒトさんのいう事件のときみたいに誰かがなにかの目的のためにペルソナ使いを増やそうとしてる?」
「完二のシャドウがいるってことは、完二はペルソナ使いに覚醒できる可能性があるってことだし、ありえるかもしれない」
「もしかして、魔界と人間世界をまた繋げようとしてるんじゃ?ペルソナ使いに覚醒する人ばかりが誘拐されてるわけだし。マヨナカテレビはペルソナ使いの才能を秘めた人を予告してる?」
「わからない......わからないけど無関係じゃないはずだ。現に1番最初にマヨナカテレビに入った神薙のダンジョンからヒビが入ってるもんな......魔人が現れるくらい侵食してるみたいだし......」
「なあ、クマ」
「なあに、アキちゃん。クマになにかようクマ?」
「誰かがテレビに入る前、もしかして月はなかったんじゃないか?」
「おろ、よくわかったクマね、そうクマよ。あんな気味の悪い赤い空じゃなかったしー、月なんてないしー、もっと静かでー、きれーでー、きらきらしてるところだったクマ」
「やっぱりそうだ」
「なんでわかったんだ?神薙」
「だってそうだろ?シャドウが暴れない静かな世界だったなら、やっぱり暴れる原因である月がおかしいに決まってる」
「言われてみればそうだな。そうなのか......あれが」
月森はひび割れた窓から見える欠け始めた月を見上げた。
「晃ちゃん、月森くんッ!新しいシャドウが現れたわッ!気をつけて!!」
「敵襲クマー!!」
私は槍を構え、月森は模造刀を手にした。
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